第308話 悪漢どもの取り押え
◇悪漢どもの取り押え◇
「貴様ら…!?この私に楯突くつもりかっ!?」
俺らの抵抗にセレビジア子爵が目を見開いて抗議する。しかし、俺らはそれを無視するかのように席から次々と立ち上がり剣を抜いた私兵達と向かい合う。周囲でも介入する機会を窺っている狩人達が取り囲むかのように展開し始めるが、その状況の変化に彼らは気付きもしない。
「つまり、配下の者が抜刀したのは自分の思い示すことだと認めたわけだな?」
「黙れ!小僧!自分が何をしているか分かっておるのか!?」
初めてセレビジア子爵が俺の顔を見て会話をしてくれた。しかし、残念ながら俺の印象は悪いらしい。それとも無関心から気に食わない奴へとランクアップできたと捉えるべきか…。
私兵達はタルテの握撃に怯んだものの、すぐさま俺らを制圧しようとその剣を振りかぶる。ここまできても女性陣は傷つけるなという指示を守るつもりなのか、その剣の行き先は全て俺に向いている。俺はその剣の隙間を縫うようにして体を敵の懐に忍び込ませた。
「コイツ…ッ!?離れろよ!」
「なんだよ、つれないじゃないか。もっと近くに寄れよ」
懐に入ると同時に俺らか距離を取ろうとした男の足の甲を踏みつける。そのせいで男はよろめくだけで俺から距離を取る事ができないでいる。そしてその男が俺の傍らにいるお陰で、他の仲間の私兵も同士討ちを恐れて剣で攻め切ることができていない。
「へへへ…。くたばりやがれぇ!!」
唯一、同士討ちを恐れずに俺に向かって突進してきたのが、買取所の男だ。私兵とは単なる仕事仲間に過ぎないのか、遠慮なく短剣を腰元に構えて体ごと突っ込んでくる。
「ハルト、少しじっとしていてね。失礼するよ!」
俺の後ろから、鞘を付けたままの
だからこそ、正確に穿ってみせれば俺と私兵の間に開いた僅かな隙間を突き通すことができる。彼女の
男は馬にでも蹴り飛ばされたように反対方向に突き飛ばされる。そして突きを放ったナナは踏み込んだ勢いのまま俺を抱きとめてきたので、俺はナナに体を預けるようにして飛び上がると、傍らの私兵を追撃といわんばかりに突き飛ばされた男目掛けて両足で蹴り飛ばした。
「この野郎…!もうかまわねぇ…!」
「駄目です駄目です…!通しませんよ…!」
今度はお構い無しに、まるで社交ダンスのようなポーズをとっている俺とナナに目掛けて剣が振られるが、それは的確にタルテが防いでくれる。
一呼吸の内に繰り出された複数回の貫き手は火花を伴って瞬き、彼らの剣を手から弾き落とす。そして宙を舞った剣は、追撃のように繰り出した震脚による衝撃波で、ガラスのように砕け散る。魔力の通っていない数打ちの剣なぞ、崩壊の魔法が込められたタルテの拳にはガラス細工にも等しいのだ。
「ぁああ?」
一瞬のうちに行われた物理的武装解除の魔法により、私兵たちは間抜け面を晒す。そして、俺とナナ、タルテはその隙を逃す事無く、気の抜けた私兵達を手際よく制圧していった。床に転がされた私兵は、近場に待機していた狩人がお手伝いをするかのように縛り上げてくれている。逆さ世界樹を潜る狩人だけあって、捕縛するのに適した縄は標準装備らしい。
「なぁっ…!?何をやっているお前ら…!?」
瞬く間に行動不能になった私兵達を、セレビジア子爵が口を開閉しながら見詰める。そしてそのままギルド内を見渡し、自身の置かれた状況が理解できたようだ。セレビジア子爵には狩人達が静かに睨みを聞かせており、カウンターからはギルド員が出張って来ている。彼はその圧に押されるようにギルドの出口に向けて足を動かした。
「あらあら、どこにいかれるのでしょうか。責任者は居てくれませんと」
メルルはいつの間にか飲料用の水が貯められた大樽の傍らに移動しており、その栓を抜くと流れ出る水に自分の血を混ぜてみせた。彼女の血により僅かに色付いた水は、まるで生物かのように蠢くと、逃亡を図ろうとしていたセレビジア子爵に向って触手を伸ばし、腰に絡み付いて宙に持ち上げてみせた。
セレビジア子爵を捉えるだけにしては、結構な量の血を消費する魔法だ。ここまでの魔法を行使したのは、俺らの力量を他に示すためにちょうど良いと判断したのだろう。
「貴様ら…!私が誰だかわかっているのか!お前らなぞどうとでもできるのだぞ!」
「さぁ?結局自己紹介されませんでしたからね。あなたはどこのどなたなのでしょうか?」
水の触手で捕縛されて騒ぐセレビジア子爵に対し、メルルが頬に指を当てて惚けてみせる。そして彼が自分の名前を言おうとした瞬間、手早く彼の口を拘束する。口を水で覆われたセレビシア子爵がもがき苦しむが、メルルが程よく加減して窒息しないようにコントロールしている。
セレビシア子爵のことはメルルに任せて、俺らは残りの私兵へと向き直る。仲間の大半が捕らえられ、武器である剣を破壊され、更には上司も捕縛されたため、彼らは完全に戦意を失っている。
「ま、待ってくれ…!こっちも子爵の命令だったんだ…!仕方が無いだろう!?」
「その子爵の命令を聞く立場に成ったのはお前の選択だろ?こっちも天から誅せよとのお告げがあったと言えば納得するか?」
仲間はずれは寂しいだろうから、俺とナナで残った私兵を一纏めにするように蹴り飛ばした。全ての者を一掃した狩人ギルドの中では、他の狩人から囃し立てるように甲高い指笛が響いた。
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