第307話 予定にない来客

◇予定にない来客◇


「あ、態々ご足労すいません。まだ時間まで大分ありますが、応接室に向いますか?」


 俺らが狩人ギルドに向うと、受付嬢の一人が率先して話しかけてくる。しかし、それ以外にもギルドの中にいた狩人達から俺らへと視線が集まる。あれだけ他の狩人の巻き込んで例の宝石をギルドまで運んだのだ。俺らが何を逆さ世界樹から持ち帰ったのか周知の事実になってしまったからだろう。


 他の狩人から向けられる視線は妬みを感じるものが多い。困難な道を切り開いて下層から実力で手に入れたのならともかく、リーガングロックが隠し持っていた遺品を拾うという運の要素が強い内容であるため、妬んでしまう気持ちが先に出るのだろう。何人かは好意的な視線を送ってはくれているが、嫉妬の視線のほうが大分多い状況だ。


「お昼をギルドで取ろうと思いまして。先に付いてればなにぶん気も楽ですし」


 俺は応接室に案内をしようとしてくれる受付嬢を先んじて手で制する。ここまで居心地の悪い視線が注がれるとは思っていなかったが、待ち合わせに遅れるわけにもいかないので、俺らは視線を無視するかのように併設されているテーブルへと向った。


「少し注目されているみたいだね。道中でも視線を感じたよ」


「仕方ありませんわ。深海の星天石をどうするか決まれば、多少は落ち着くでしょう」


 ナナの辟易とした愚痴に、メルルが髪を指先で払うように掻き上げながら答えた。彼女の銀色の髪が室内だと言うのに風に乗って煌き、嫉妬とはまた別の視線が注がれることとなる。


「ええと…、何食べますか…?このギルドはお肉が安くていいですよね…!」


 タルテは視線には無頓着なようで、メニューを片手に微笑んでいる。彼女からすればご飯こそが現在の最優先事項なのだろう。


 ナナとメルルもその考えには賛同しているのか、タルテからメニューを受け取るとすぐさま注文をする。そして、時間と共に周囲からの視線も次第に収まり、狩人ギルドは普段の装いを取り戻していった。


 時間帯のせいか、周囲でも狩人やギルド員が食事を取り始める物が増え、だんだんと賑やかになって行く。昼の時間帯は狩人よりもギルド員の姿が多いため、まるで社員食堂のような光景だ。ところが、俺らが食事を終えると食堂の賑やかさと対抗するかのように、狩人ギルドの入り口の方が騒がしくなる。


「んん?もう来たのか?時間はまだだよな?」


「そのはずですわ。ギルドで待ち合わせなので先触れと言うわけでもないでしょうし…」


 怪訝な顔をして入り口に顔を向けると、貴族の私兵らしき格好の者達が存在感を主張するように足甲で床板を打ち鳴らしながギルドの中に踏み入ってくる。そして、その後ろに続いて二人の男が姿を現した。…片方は見たことのある顔だ。買取所で俺らが煮え湯を飲ませた髭面の男が、そこに立ってギルドの中で何かを探すかのようにしきりに顔を動かしている。


「いました!あいつ!あいつらです!」


 髭面の男は俺らを見つけると、その顔は歓喜に染まり指を差しながら隣の男に話しかける。隣の男は服装からして貴族のようだが、俺が事前に聞いていたミネラサール伯爵とは少々特長が異なっている。ミネラサール伯爵は洞穴人ドワーフの血が入っているそうで背が低く骨太な姿と聞いていたが、その男はどちらかといえば中肉中背といった背格好だ。


「…ハルト様。あの方は…セレビジア子爵ですわね。たしか領府に勤めている方だったかと…」


 メルルがこっそりと俺に耳打ちをする。…ネルカトル領は一つの貴族家にて運営されているが、領地貴族の下に幾つかの法衣貴族が集って、複数の貴族家で運営されている領地も少なくは無い。つまり、目の前にいるセレビジア子爵もミネラサール伯爵の傘下となって働いている貴族の一人なのだろう。


「ふうん…。こいつらがそうか。わざわざ手間を掛けさせおって…」


 セレビジア子爵は俺らの前に立つと、俺らを品定めするように見下ろした。俺達の横には囲い込むように私兵が並び、俺らが移動することを妨害している。…買取所の男に案内されている時点で分かってはいたことだが、どうやら俺らと仲良くするつもりはないらしい。


 剣呑とした雰囲気に更にギルド内が騒がしくなる。ギルドの奥ではギルド員が突然の状況に慌てており、一応は俺らに何かがあれば直ぐに対応できるよう、身構えている者もいる。


「コイツにお前らのことは聞いている。さっさと盗んだ宝石を返すんだな。…そうだな。罰としてそこの女共を連れてくか。なに、一月もしたら返してやる」


 セレビジア子爵は生理的嫌悪感を沸き立たせるような脂っこい笑みを浮かべる。視線を向けていた時点でそのような下心があるのは予想していたが、まさか堂々と言い切ってくるとは思っていなかったため、少し言葉を失ってしまう。ナナ達も気持ち悪さのせいか怯えるように身を引いた。


「…なんの権限があってそのようなことを?見たところ衛兵ではないですよね?」


「それで済ましてやろうという慈悲に感謝するがいい。…おい、連れてけ」


 …思いのほか話が通じなかった。というか俺と会話をするつもりが無いらしい。セレビシア子爵は一方的に言いつけると、両脇に立った私兵に指示を出す。それを聞いた私兵は淡々とした表情で無遠慮にメルルへと手を伸ばした。


「おい。うちはお触り禁止なんだよ。そういうサービスはしてねぇんだ」


 俺は伸ばされた手を横合いから掴み取る。私兵で囲んだ状況で抵抗されるとは思っていなかったのか、セレビシア子爵が理解できないものを見るような目をして眉を顰めた。そして俺に腕をつかまれた私兵も目を白黒させながら掴まれた腕を振りほどこうと焦っている。


「ぐっ…何だ…コイツッ…!」


「何やってんだ!切っちまえよ!普段あんなに威張り散らしてるのになさけねぇな!」


 私兵の手甲がギチギチと悲鳴を上げる。俺が本気を出して握り締めたその腕はいくら抵抗しようとも動きはしない。彼の後ろでは買取所の男が囃し立てるように声を荒げている。


「男はどうでも良い。女には傷を付けるなよ」


 そう言いながらセレビシア子爵は私兵の後ろへと退避する。…斬れと明言しない辺りが服装以外に初めてコイツに感じた貴族らしさかもしれない。


 手を掴む俺を腕ごと切り落とそうと、私兵たちが剣を抜く。それが合図となったかのように何人かの狩人が色めき立った。その狩人達は俺らが狩人ギルドに来たときにも好意的な視線を送ってくれていた者達だ。推測だが、俺らにリーガングロックの遺体回収を依頼してくれた者達だろうか。


 彼らが色めき立ったのは私兵が抜刀をしたからだ。貴族の私兵といえば聞こえが良いが、その権限は一般市民と何も変わらない。つまりこんな所で抜刀した時点でいくらでも大義名分が成り立つのだ。もちろん、貴族の後ろ盾により私兵側が正当化されることが多々あるが、これだけ証人がいる状況ではそんな無理も中々通すことはできやしない。


「駄目ですよ…!?こんな狭いところで剣は危ないです…!」


 既にやる気満々だったタルテが手前にいた私兵の剣を手甲を付けた手で掴み取る。そしてそのまま剣を飴細工の如く握り締めて拉げさせてみせた。俺が私兵の腕を掴んでいることもあり、彼らはもしタルテに腕を掴まれたらどうなるか想像したのだろうか、躊躇うようにして後退りをした。


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