第306話 気になるあの子と待ち合わせ
◇気になるあの子と待ち合わせ◇
「あのぉ…、お客様。下の食堂にお客様に御用のある方がお越しになってるのですが…」
狩人ギルドにリーガングロックの遺体を受け渡した翌日。俺らが宿屋の部屋で装備の点検をしていると、宿の女将が俺らの部屋に顔を出した。知り合いの殆どいないネムラの街では、わざわざ宿に来てまで俺らに会いに来る者などいるはず無いので、俺らの中に警戒心が湧き上がる。
そんな俺らの怪訝な雰囲気が伝わったのだろう。宿の女将は暢気な顔で微笑みながら俺らに続けて語りかける。
「あぁ、狩人ギルドの方ですよ。お客さん達も狩人でしょう?何か急な用件じゃないかしらねぇ」
「なんだ、ギルド員の方ですか。例の指名依頼に関してでしょうか…」
それを早く言えと言い返したくはなるが、のんびりとした女将の雰囲気に、どうにも毒気が抜かれてしまう。俺らは荷物を軽く纏めると、女将の後に続くように食堂に向って移動する。
宿屋の二階から階段で一階に降りると、食堂のテーブルで俺らを待っていたギルド員の女性が椅子から勢いよく立ち上がった。名前までは知らないが、狩人ギルドの中で見たことがある顔だ。向こうもどうやら俺らの顔は知っているらしい。
「妖精の首飾りの皆様ですね。すいません、押しかけてしまって」
「いえ、何か問題がありましたか?」
「それが…、皆様がリーガングロックさんの遺体を回収した事で、ぜひ直接会って御礼をしたいと御領主様が…」
ギルド員の女性は申し訳無さそうに頭を掻きながら、ここまで来た用件を俺らに伝える。…狩人ギルドを挟んでの交渉はあるかと思いきや、向こうの方から直接会いたいと打診があるとは思っていなかったため、俺は少しその発言に目を瞬かした。
「あら、領主様がわざわざですか?そこまでリーガングロックさんは愛されていたのですね。…ちなみにお礼がしたいとのことですが、他に何か用件もあるのでしょうか?」
「ええと、恐らく例の宝石の価格についての話もあるかと思います。なにぶん、遺体の回収のための依頼料だけで済ますにはちょっと破格の代物ですので…」
…結局はそれが本命なのだろうか。もしかしたら、依頼人が連名であったため、宝石の行き先が自分になるように請負人の俺らから明言が欲しいのかもしれない。その辺は依頼金の割合による分配方式になるのが常道であるが、ある意味では全ての依頼者に深海の星天石を手に入れる権利があると捉えることもできる。
「ちなみに、狩人ギルドは例の宝石の扱いに関する方針についてはどうお考えで?」
「私たちとしては想定外超過事項による追徴金に該当すると考えております。しかし、ケースとしても価格的に大変珍しいので、まずは関係者による話し合いの機会を持ちましょうと…」
質問されることを予期していたのか、ギルド員の女性は俺の質問に澱みなく答える。…彼女の言う追徴金とは、例えば畑を荒らす魔物の討伐でいざ踏み入れたら想定の倍の数の魔物がいたとか、行商の護衛で想定以上の野盗が出現したとか、そういう場合に発生する追加の金銭だ。
もちらん、大抵はそういった予想以上の状況に陥った場合の金銭も予め話し合っておくものだが、その予想以上の想定にも限度は存在する。畑を荒らす魔物討伐や行商の護衛任務でも、魔王や竜種が出現する状況は加味されていないのだ。
と言っても、優先されるのは契約内容であるため、満額そのままに追徴金が発生するわけではない。だからこそ間に狩人ギルドが入って価格の摩り合わせを行うのだ。…もしかして領主は間に交渉慣れした狩人ギルドが入るのを嫌って、俺らに直接交渉をしたくて礼が言いたいと言っている可能性もある。
「ただ、その辺は狩人ギルドとしても難しい所でして…。なにぶん今回の依頼は御領主様が代表とはいえ、連名で発注がなされているため関係者がすこぶる多いのです。まぁ、皆様は単にお礼だけ受け取ってください。追徴金に関しましてはギルドの方で詰めて行きますので、希望だけ言っていただければそれになるべく添うように進めますよ」
ギルド員の女性も暗に俺らに直接価格に関して領主に明言するなと釘を刺してくる。もし領主が買い叩くつもりがあるのならば、連名による依頼という事実はマイナスに働くだろう。回収した深海の星天石に関して追徴金が発生するのであれば、それを入手する権利を放棄する依頼者も出てくるだろうが、逆に価格が異様に安いのであれば、依頼したもの大半が所有権を主張するはずだからだ。
「分かりました。とりあえず領主様との面会は致します。場所と日時の方はどうなっていますか?」
「場所は狩人ギルドになります。都合が付くのであれば日時は明日の正午過ぎになります。もし時間が厳しいようでしたら、私たちの方から新たな日時を御領主様に打診いたしますよ」
仔細こちらがアシストすると言いたげに、ギルド員の女性はそう言い切った。幸か不幸か探索を終えた後なので、明日の予定はずらす事もできる。後々の面倒ごとを減らすためにも、ここは素直に領主と面会を済ましておくべきだろう。
俺は了承を取るためにナナとメルル、タルテに視線で尋ねかける。特にナナとメルルは貴族関係で何かしらの問題がある可能性があるため、俺だけでは判断をすることができない。
「ハルト様。大丈夫ですわ。ここらで一度領主の顔を見ておきましょう」
「確か…、ミネラサール伯爵だっけ?私とは会ったことは無いから特に問題は無いはずだよ」
聞き様によっては不遜にも聞こえるメルルとナナの台詞に、ギルド員の受付嬢は少しばかり戸惑うが、直ぐに平静を取り戻す。もしかしたら二人が貴族子女ということに感付いたのかもしれない。武勇を尊ぶ貴族は多いため、貴族家に籍を置く狩人や傭兵はそこそこの数がいるから気が付いてもおかしくは無い。
「…それでは明日の正午過ぎ、狩人ギルドでお待ちしております。…馬車の手配は必要ですか?もちろん、服装は狩人の装束でかまいません」
「いや、特に馬車は必要ないよ。そこまで気を回してもらわなくて問題ない」
貴族子女と判断したからか、正装で参加する可能性を疑われ馬車の手配を提案される。しかし、俺はそれを断った。向こうに知られていないのならわざわざ貴族関係者と教える必要も無いだろう。なにより、最近は少しばかり身の回りが騒がしいため、念のため武装はしておきたい。
俺らは下手に戻ると、装備の点検を続けながら、車座に座って伯爵への対応について話し合った。
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