第304話 全ての道はどこに繋がる

◇全ての道はどこに繋がる◇


「どうする?襲われたことを報告するか?」


 土葬された者達にタルテが祈りを捧げている間、俺らは小声でどうするべきか話し合う。正直にこちらの非が無いことを打ち明け事件を明るみにしても良いし、この惨状であれば崩落事故が起こったことにもできる。


 こちらは襲われたから返り討ちにしただけなのだが、もし打ち明ければしばらくは拘束されることとなるだろう。…狩人ギルドがどこまでこいつらの内情を把握しているかが問題だな。


「向こうの出方しだいといったところでしょうか。この方々はお仲間も多いようなので…」


「狩人ギルドには一応報告はしておこうよ。その仲間から変な告発でもされたらかえって面倒だよ。それに…、もしかしたらこんな人達でも待ってる人は居るかもしれないし…」


 ナナは哀れむような視線を目の前の崩壊跡地に向ける。確かにこの地じゃ新参者の俺らと違って、長く居る彼らであれば街の方にも知り合いの一人や二人は居ることだろう。


「まぁ、目下の問題は俺らにも待ってる人達が居る訳なんだがな。どうやって地上に戻ろうかな…」


「…そうですわね。彼らの動きからして待ち伏せがいることは明白でしょうね」


 この坑道から地上に戻る過程で何処かには敵対する者がいるはずだ。報告するも何もまずはそいつらの待ち伏せを通過する必要がある。…こちらには挟み撃ちの片方を既に存在しないという情報アドバンテージもあるが、やはりこんな狭い坑道では待ち伏せ側が圧倒的に有利だ。それこそ、タルテが発動した崩落の魔法を人力にて再現している可能性だってあるのだ。


 俺はより広範囲の索敵ができるように、風の捜査に集中する。先ほどまでは崩落の音が煩いほどに響いていたが、今は打って変わって静寂に包まれている。戦闘前には遠くの方で響いていた鶴嘴の音も、今では完全に鳴り止んでいる。


 これだけの轟音なのだ。恐らく崩落の音は他の狩人の下にも届いたのだろう。連鎖する可能性もあるため、みな崩落の音には敏感だ。今頃、耳を済ませて他に崩落の危険性が無いか耳を澄ませているはずだ。


 しかし、俺の風に不意に足音が届く。非常に小さく弱々しい足音だが、周囲が静かなお陰でいやに存在感を示している。ハンドサインで三人に何者かの接近を知らせれば、一気に厳しい表情へと変化する。


 崩落の音を聞いて何者かが様子を見に来たのだろうか?しかし、崩落現場にこんな不用意に近付くというのも不自然に思える。


 俺らは坑道脇の僅かな岩陰に身を潜めながら、その足音のする方向へと注意を向ける。そして、少しばかりの時間を置いた後、その足音の主が坑道の奥から姿を表した。


「…子供?」


 粗雑なランタンを片手に俺らの前に現れたのは、薄汚れた衣を纏った目付きの厳しい少年であった。


「確か…、ガイシャと一緒に居た子供だな」


 その鋭い目付きには覚えがあった。前回の探索の折に、クズ宝石を大量に渡した孤児の少年だ。いつかの経験を生かそうと、性別を判断するため細やかに観察したからよく覚えている。あの尻のラインは間違いなく男だ。今回は間違えない。


「あんたたち、無事か?」


「無事だが、何故ここにいる?ここいらは浅層とはいえ魔物が出る深度だぞ」


 口数の少ない少年に、俺は多少の警戒と無謀を責める気持ちを含めて答えた。少年は俺の言葉に表情を変えることは無く、淡々とした動作で俺らの後ろの崩落現場を照らして眺めている。


「…崩落じゃなくて、襲われてないか見に来たんだ。嫌な奴らがあんたらに付き纏ってた」


 表情の読みにくい少年がだ、その視線は俺らの状態を確認するように動いている。顔色を窺うというよりは、それこそ怪我をしていないか確かめるような視線だ。


「あの…、それを知っててどうして…?危ないですか来ちゃだめですよ…?」


「この前の礼だ。奴らも知らない道を知っている。…案内する」


 少年はぶっきらぼうにそう言い切ると、踵を返して先に進み始める。俺らは互いに目線を合わせてどうするか逡巡するが、タルテが俺らを促がすように軽く頷いて見せた。


 確かにこの少年には大量のクズ宝石を振舞った。しかし、言ってしまえばそれだけだ。わざわざ命の危険を冒してまで助けられるような間柄ではない。どからこそこの少年の導く先が死地となる可能性もあるのだが、俺らはその少年の後をついていった。


 それは単にあんな安易な追跡をしてきた者達が孤児を利用するような手の込んだことをするわけが無いという考えもあるし、悪意に晒されたからこそこんな少年の善意を信頼したいという気持ちがあったのかもしれない。


「…ここは地図に無いな。これが奴らも知らない道って訳か」


「俺らが通る道の一つ。危ないから狩人は使わない」


 少年が案内したのは、逆さ世界樹の大穴の壁面に張り付いて昇っていくような過酷な道だ。道と言っても逆さ世界樹の壁面にできた取っ掛かりを登って行くようなもので、少年は道と言ったがこれが道であるならば獣道の方がまだまだ上等な部類だろう。


「ここを登れば逆さ世界樹の外に出るのか?」


「一番上まで行けばそう。正しい入り口を通りたいなら、あの窓。あそこから中に入れば直ぐ」


 坑道から逆さ世界樹の大穴に身を乗り出して、少年は情報に開いた壁面の穴を指差す。風を使って確認してみれば、その横穴は逆さ世界樹の出入り口に近い大窓だ。確かにそこに入れば直ぐに逆さ世界樹から出ることができるだろう。潜っている狩人が一挙に集中する地点でもあるため、何者かが待ち伏せしている可能性も無いだろう。


「タルテ。頼めるか?」


「勿論です…!少しは通りやすくしますね…!」


 タルテが土魔法を行使し、少しでも上りやすいように岩肌を再構築する。風化したり度重なる使用で磨り減っていた足場は、今しがたくり貫いたかのように角の立った足場へと変わっていく。


「凄いね。これって魔法?」


「えへへ…。土属性の魔法ですよ」


 少年がタルテの作り出した突起に指を這わせて、その感触を確かめている。初めて魔法をみたのだろうか、彼の瞳は歳相応に輝いていた。


「…ねぇ、ハルト」


「ああ、分かってるよ。…ここを登ってる最中じゃ渡せないだろうかな。先に渡しておく。今回の駄賃だ」


 ナナに急かされて、俺は背嚢から皮袋を取り出した。中身はクズ宝石ではなく小金貨だ。もし、狩場で他の狩人に助けられた際に渡すためのチップだが、この少年にはそれを受け取る権利がある。


「…いいの?」


「それは狩人が救助された際に支払うチップだよ。不文律みたいなもんだが気にせず受け取ってくれ」


 今後、チップ目当てで無茶をする可能性が少し心配だがここはこの小金貨を渡しておくべきだろう。少年は俺からその小金貨を懐に入れると、照れながら壁面の突起に指を掛けた。それに続くように俺らも壁面を登り始める。頭上ではだいぶ近くなった逆さ世界樹の入り口から、風に乗って街の喧騒が届いていた。


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