第303話 人間は人間にとって狼だ

◇人間は人間にとって狼だ◇


「なんでてめぇに行き先を教えなきゃならねぇんだよ。いいから先に進みな」


 俺らが警戒していることには気付いているのだろうが、たまたま行き先が被った狩人というていを崩さず、俺らに顎で道の先を示して先に進むことを促がす。


 男達が顎で示した道は地上に帰るための道であり、俺らが帰路についていると分かっているような振る舞いだ。


「ふぅん。こっちに進むつもりなのか。なら、俺らはこっちに進もうか」


 挑発するように笑いながら、俺らは奴らが顎で指し示した道とは別の道に入る。こちらの道は昔の採掘に使われていた道で、地上に戻るにしても下層に向かうにしても遠回りとなる坑道だ。他に有用な場所が数多く開拓されたため、採掘をする者も居なくなった今では殆ど使われていないような道だ。しかし、案の定付いてきた男達は俺らと同じ道へと進み始める。


「おい、なんでこっちに来てるんだ?お前らの進行方向はこっちじゃないだろ?」


 既に後を付けていることが俺らにばれているため、男達は距離を開けずに俺らに追従している。その顔はニタニタとした不愉快なもので、彼らも既に武器へと手が伸びている。


「なに、やっぱりこっちの道に進みたくなってな。たまには回り道もいいもんだな」


「…それ以上、近づけば敵対すると判断するぞ」


「おお、ソイツは怖えぇなぁ…」


 そう言いながらも男達は足を止めることは無い。今更取り繕ったところで既に互いに本心は筒抜けだ。言葉を必要としない獣のような所業ゆえか、こちらとむこうは言葉も無く通じ合える数奇な間柄だ。


 汚い髭を蓄えた男が、手を挙げて後ろの仲間に指示を飛ばす。そして返答代わりにすぐさま後方の男から俺らに向かって何かが投げ込まれる。そして、その何かからは黄色く色付いた煙が湧き上がり、俺らの周囲に充満した。


「タルテ。これが何か分かるか?」


「ええと…多分…乾燥した辛子苔チレモスですね…。美味しそうな匂いです…」


 風壁の魔法で煙が俺らの元に流入すること防ぎ、その上で一部を手繰り寄せるように切り取りタルテの目に前に漂わせて、彼女に煙の正体を判別してしてもらった。その間にも煙幕の向こう側からは数本の矢が俺らに向けて飛んでくるが、風壁に逸らされ俺らに当たる事はない。


 狭い坑道内で催涙効果のある煙を焚き、更には煙幕を利用して間髪を入れない弓矢による攻撃。俺らは凌げているものの、あまりにも手馴れている。


「空気が悪いから換気をするぞ…!」


 風魔法を使い、充満する煙を奴らに向って押し返す。しかし、思いのほか咳き込む声が少ない。視界が遮られる事の方が問題が大きいと判断し、そのまま奥まで煙を押し流したが、そこから現れた男達はゴーグルを付け口元もマスクで覆っていた。毒を使う者が解毒薬を手配するように、奴らも自分たちが煙に塗れた際の準備は怠らなかったらしい。


「おい、手加減するな。無傷で女を捕らえようとするなよ。どうせ下に持ち込めば腱は切るんだ。無傷である必要は無い」


「んだよ。歩けるようにしとかにゃきゃ面倒だろ。お前が背負って運ぶつもりか?」


「それで失敗すりゃお前が次の穴掘り奴隷だ。最悪三人は殺しちまっても問題ないんだから、さっさと仕留めろ」


 マスクの下から聞き取りづらい声が漏れるが、俺の耳は確りとその声を拾う。…腱が切られれば逆さ世界樹を昇ることは物理的に不可能だ。どうやらこいつらはそうやって人員の確保をしているらしい。


 一人焦って見えるのは前にも見た薄汚れた髭の男だ。俺らを二度ほど逃がしたからか、今回はなんとしても捕らえると言いたげな気迫を感じ取ることができる。また、煙が不自然に晴れたことに警戒心を抱いているのも奴ぐらいのようだ。他の者達はいまだに狩る側の余裕を持ち合わせており、煙が晴れたことも偶然の類と思っているようだ。


「お前ら何が目的だ?他人に恨まれるような生活はしてないつもりなんだがな」


「知ってんだよ。リーガングロックの遺産を出しな。…そうだな。素直に出せばお前だけは逃がしてやるよ」


 俺が尋ねると、比較的若い男が笑みを浮かべながら答える。そして得意気に片手剣を振って俺の喉元に切っ先を向けてみせた。…やはり俺の背嚢の中身が目的か…。更に言えば女性陣も副次的な目標であるらしい。


「こんな所で物乞いかよ。ついでに助かるのは俺だけか?」


「女は地下じゃ常に不足してんだよ。心配しなくても丁寧に飼ってやるぜ?なんせ立つのがやっとの状態じゃ穴掘りには使えないからな」


 煙の匂いに苛まれている犬らしき獣人と、焦りを浮かべる髭の男以外は女性陣を品定めするように視線で嘗め回している。ナナ達は居心地の悪いその視線を振り切るように、その身を屈めて一歩後ろに下がった。


「…タルテ。埋めてしまいなさい。加減するような上等な奴らではありませんわ」


 メルルが冷たい眼差しで軽蔑するように彼らを見据える。その意見は一致しているようで、タルテは手甲ガントレットの拳をすり合わせると、そのまま直ぐ脇の岩壁を強かに殴りつける。


「一つの終末には三百の崩落が隠れ潜む…。愛が不滅なれば…愛無きものは滅ぼせるヘイリィハート…!」


 タルテの拳を起点とし、坑道内に一瞬にして皹が走る。その不穏な軋む音に舌舐めずりをしていた男達の表情が一気に凍りつく。地下に生きる男達だけあって、その音が何を指し示すか直ぐに感知したのだろう。


「クソ…!どんな馬鹿力だ!?心中するつもりか!?」


 タルテが拳の力で坑道を打ち砕いたと思ったのだろうか、男達はタルテの拳を驚愕と共に見据えている。そして、すぐさま飛び退こうと踵を返すが、それはメルルが許さない。


「…逃がしませんわ。…あなたを掴み、決して離さない。霰混じりの心アモル・オムニア・ウィンキト


 メルルが手を振ると、地面を這うように進んだ水の蛇が彼らの足首に食らいつき、瞬時にそのまま凍りついた。単なる水と闇の複合魔法ではなく、過冷却水を用いた敵の体表で凍りつく氷の魔法。…魔法使いからしてみれば、相手の近くでは魔法を発動できないというセオリーを無視したようにみえる異常な魔法なのだが、彼らには魔法の知識が無いらしく、単に足元が凍りついたことに驚いている。


 だが、それも致しか無いだろう。足元は氷の蛇にて拘束され、頭上の坑道には皹が走っている。たとえ魔法の知識があったとしても、数秒後の自分の運命の方に意識が割かれ、まともな魔法の評価などできないだろう。


「…お、おま…」


 髭の男が呆けたような顔をして俺らを振り返る。しかし、その視線も頭上から降り注ぎ始めた岩々により直ぐ遮られることとなった。


 少し前までは余裕に溢れていた他の者達も、何が起きたか理解できないようで大声で騒ぎながら暴れている。しかし、声を荒げようとも岩の雨は無常に降り注いでいった。


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