第302話 帰り道は一人増えて

◇帰り道は一人増えて◇


「軽いな。…荷物の方が随分重たいぐらいだ」


 五人となった俺らは逆さ世界樹を上へと向って昇り始める。背嚢の中には丁寧に布に包んだリーガングロックの遺体と、彼が最後まで身に着けていたサイドバックを納めてある。


 そのサイドバックを白骨死体の下から見つけ出したときは、皆と共にどうするかを話し合った。なぜならその鞄の中には彼の冒険の成果が収められていたからだ。もちろん懐に入れるという選択肢は無い。他人の成果を掠め取るような行為をしたくは無かったし、なにより逆さ世界樹には金儲けをしにきた訳じゃないからだ。


 問題はその成果が火種となる可能性があるからだ。依頼者全員がリーガングロックを弔う気持ちしかないのなら問題が無いのだが、物が物だけに荒れる可能性もあるのだ。


 だからこそ、見なかったことにして置いて帰ることも考えたのだが、結局はそれも持ち帰ることにしたのだ。もし、それを隠し通せば俺らがどこかに隠したと怪しむものが出てくる可能性があるからだ。


「ここを上だな。こっから抜け穴に入るための道に入るから、痕跡には気をつけてくれ」


「来るときに通ったはずなんだけど、こうやって逆方向から見ると随分上手く隠れているよね。やっぱり知ってなきゃ道があるとは分からないよ」


 リーガングロックの抜け道は他人に知られないようにするためか、様々な擬装が施されている。昇るためのルートなのに一旦あえて下ったり、小動物の巣穴にしか見えない壁面の穴を匍匐前進で進んだり…。まるでゲームの中にある隠しエリアに向うための隠し通路。そんな道を俺らはひっそりと進んでいった。


「こんな道ですのに、意外と早く着くのですのね」


「確かに道は凄いですが…、どんどん上に登っているようですね…」


 それこそ迷宮ダンジョンというよりは登山道のような過酷な道を愚痴を言いながら登っていく。来る際は降りだったためさほど意識はしなかったが、その道を登っていくとなると周囲の魔物に注意するというより、道を踏み外す事無く昇ることに注意することとなる。


 魔物の存在よりも道の方が危険性が大きいのだ。むしろ、魔物は殆ど出現しないと言っていいだろう。たまに出現する魔物も、人を襲う類の魔物ではないため、無視して進むことができるのだ。リーガングロックがどのような狩人かは聞いていなかったが、恐らくは武勇に優れた狩人というよりは、戦闘をなるべく避けひっそりと着実に仕事を成すタイプの狩人であったのだろう。


 当初の予定していた時間よりも早く昇り詰めた俺らは、早々に光の原の近くにある最初の抜け道まで帰還し、そのまま浅層へと向けて進んで行く。


「…ここは今のところ人目はないが…、こっから先はそこそこの人数がいるみたいだな」


「逆にかえって安全じゃないかな?鶴嘴の音が聞こえてるし、浅層で掘っている人たちでしょ?」


 光苔の群生地帯まで戻ってきた俺らは、岩壁の上に腹這いになり、ここからの帰路の様子を確認する。ここまでの大半は他の狩人が使用していないリーガングロックの見つけ出した秘密の道であったが、ここから先の坑道は地図も存在する場所だ。そして、追跡していた者達が俺らを見失った場所でもあるため、待ち伏せされている可能性もある。


 幸いして、暗闇洞窟の前後は人の姿が無いため、俺らは壁面を流れ落ちる水と共に壁面を滑り落ちる。そして、今まで内緒の秘密の道を通って来たことを誤魔化すように、足早にその場所から遠ざかるように歩き始める。


 そして浅層の坑道に入り、淡々と逆さ世界樹の出口に向って足を動かす。ここは人影が多く、視線の通る位置で壁を掘る他の狩人の姿もある。いつも以上に警戒しながら、俺らは坑道を進んで行く。


「…今の奴ら。俺らを振り返って見ていたな。少し注意が必要だ」


「危ない人達ですかね…?…鶴嘴を振るう手を止めているようですけど…」


 人手が多いせいで、周囲の音が敵か無関係の者かの判別が今一つかない。それでも、警戒することには越したことが無いので、俺らは速度を緩める事無く先へと急ぐ。


 だが、次第に俺の疑念がだんだんと確信に変わっていく。背後を移動する者達の足音が一人二人と増えていくのだ。夕暮れに近い時間帯のはずだが、たまたま帰宅ラッシュに巻き込まれたとは思えない。


「少し逸れよう。行きもそうだったが、遠回りとなる道にまで付いてくれば俺らが目的だと判明する」


「分かりましたわ。念のために武器は抜いておきましょうか」


 俺らはあえて別の道へと足を逸らす。もし帰るタイミングが偶然にも重なっただけならば、これで後ろの奴らの目的が判明するはずだ。


 そして俺らは脇道を進み、背後の奴らが先ほどの分岐路へと差し掛かったが、案の定最短距離の道ではなく、俺らの進む道へと進み始めた。俺は後ろにいる者達が敵勢存在であることを三人に伝えた。


「ハルト…。このままじゃ挟み撃ちにならないかな?私だったら逃げ道にも人を配置するよ」


「…そうだな。もし背中のコレが目当てなら、向こうにとってはこの浅層が最後のチャンスだ。多少手荒なことはしそうだよな」


 そう言いながら俺は背中に納まるリーガングロックを意識する。…いつまでもしつこく付き纏われるのも性に合わない。ここいらでこっちが攻め手となるのも良いだろう。俺らは坑道を進み、広さのある十字路に辿り着くと、示し合わせたかのように足を止め、荷物を肩から降ろした。


「…一応、少しは問答をしようか。ただ、十中八九戦闘になるだろうから覚悟しててくれ」


「分かりました…!ここは他の坑道から距離もありますので…思う存分土魔法が使えます…!」


「じゃあ、明かりはタルテちゃんじゃなくて私が担当するよ。ここでは火魔法はちょっと危ないかも知れないしね」


 タルテが地面に手を当てて、上下左右の坑道の構造を把握する。彼女が言うには、思う存分周囲の土や岩を使えるらしい。


 そうやって戦いの準備を整えていると、俺らの通ってきた道から六人の男達が姿を現す。…暗い坑道ではあるが、タルテの魔法で照らされたその顔は、間違いなく逆さ世界樹の降る際にも俺らを付けて来ていた者達だ。


 未だに俺らがここに居ることが予想外であったのか、一瞬驚いた顔をしたがすぐさま取り繕うように表情を元に戻す。…俺が風を操って匂いが漏れ出さぬように操っていたのだ。地面に残った匂いまでは消せないが、空間を漂う匂いの強さが減ったため、まだまだ距離があると誤認したのだろう。


「…おい。さっさと先に進みな。ここじゃ他の狩人と距離を詰めるのはご法度なんだよ。お前らが進まないと俺らも先に行けないだろ」


 薄汚い男が俺らに声をかける。…俺らが他者を襲うために待ち伏せをしていると考えない辺り、狩る側であるという認識が油断に繋がっているのだろう。ついでに、俺らを先へ促がすあたり、帰り道のどこかで奴らの仲間が待ち伏せしている可能性が高くなった。大方何処かで俺らを挟み撃ちにするつもりなのだろう。


「…そりゃ、悪かったな。少し足を痛めてな。俺らは脇の道に避けるから、先に進んでくれ。どっちの道に進むつもりなんだ?」


 俺は追ってきた者達にそう答えた。十字路であるため、行き先は三つもある。別の道に避けるとなれば断ることはできないだろう。…送り狼パッドフッドに対する対抗手段であるが、どうやら奴らにも効果があったようで、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて俺の顔を睨みつけてきた。


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