第300話 ストーカーの多い街
◇ストーカーの多い街◇
「相変わらず後ろを付けられるんだな。…ネムラはストーカーが多いのか?」
俺らは辟易とした顔で、逆さ世界樹の坑道を淡々と歩む。リーガングロックの遺体を求めて、逆さ世界樹の中に入ってみれば、俺らの後を付ける者の気配を感じ取ったのだ。まさかこの街にそんな名産品があるとは思ってはいなかった。
中層に向うまでは道筋がほぼ固定されているため、同じ方向に進んでいるだけかと思われたが、故意に遠回りをしてみれば、追跡者の同じ道のりを通っているため、十中八九、俺らの後を付けていると判断できる。
「逆さ世界樹に入ってくるってことは狩人だよね?この前付けてたのは別口かな?」
この遺体の回収依頼を受注した後、俺は狩人ギルドをこっそりと抜け出て、急ぎでモツの炭焼き屋に向ったのだが、俺らを付けていた者達は暢気にそこで食事を続けていた。
彼らの見た目は狩人や傭兵と言うには少々体の作りは貧弱で、それでも一般人と言うには身の振る舞いが荒々しい。言ってしまえばチンピラやヤクザ者のような風貌の男達であった。
そしてその二人を逆追跡してみれば、案の定買取所の事務所へと最終的には帰っていったのだ。俺らの情報を仕入れるためか、あわよくば宝石を奪おうと画策したのだろう。残念ながらこの前の宝石の類は狩人ギルドの貸し倉庫に納めてあるため、たとえ俺らの宿に忍び込んでも、宝石を入手することはできない。
「どうしましょうか。このまま進むのは危険ですわよね。特にあの虫の巣…暗闇洞穴でしたっけ?あそこで攻められると厄介ですわ」
暗闇洞穴は光苔の群生地から中層の光の原に繋がる細い一本道の洞穴だ。逃げ場が少なく、俺らがそこに住まう洞窟ムカデにそうしたように煙責めなどの手法をとられれば、一気に戦況が悪くなる。
それを危惧しているのか、ナナやメルルは少し不安げに後ろを気にしている。痕跡の残りにくい坑道の追跡だというのに、追跡者は確りと俺らの後を付いてきている。…俺と同じ風魔法使いの魔力は感じないため、恐らくは臭いによる追跡。地面に残った俺らの残り香を、犬獣人や狼獣人が付けてきているのだろう。
「大丈夫。この前見せた手帳があるだろ?アレに解決策が書いてあった。まずは光苔の群生地に向おう」
そう言って俺は懐からリーガングロックの手帳を取り出すと、手に翳して振って見せた。
リーガングロックの手帳は、彼の残した冒険の記録が記されていた。と言っても丁寧に逆さ世界樹の地図が絵が描かれていたり、日記形式で分かりやすく記述されている訳ではない。大半は本人にしか分からないような箇条書きのメモの集合体。もしかしたら書いた本人でさえ何を指して書いたのか分からない可能性もあるような代物だ。
俺はその手帳の解読に努めたのだが、幾つかは利用できそうな記述を見つけることができたのだ。その一つは現在置かれたような状況にてリーガングロックも利用していたものであるため、解決策の一つとして用いることができる筈だ。
俺たちはそのまま浅層を降りていき、光苔の群生地にたどり着いた。ホールのように広がった天井の高い洞窟に、天井近くから湧き出した水が壁を濡らすようにして滴っている。
「俺はちょっと調べることがあるから、虫用の薬草の焚き上げは三人にお願いできるか?」
「構わないよ。その調べることが、ハルトの言っていた例の解決策って奴かな?」
女性陣に一時的に離れることを告げると、俺は風で水の湧き出してる地点を探っていく。すると、そこには確かに風の流れが存在する。通過するだけでは気にするような位置ではないということと、見上げるような位置であるため、岩に上手いように隠れているため気がつかなかったが、そこには暗闇洞穴とは別に、人一人が通れるほどの横穴が開いているのだ。
「…見つけた。あそこがリーガングロックの利用していた抜け穴だ」
小さな突起に指を引っ掛け、俺はそこまで登っていく。壁登りが得意な俺でも水が流れている壁面を登るのは中々に困難なもので、ゆっくりと一つ一つ確かめるように手足を運んでいった。
「まだ生きてるな。十分な風が流れている…」
その抜け穴の淵まで昇りきり、その穴を風で精査してみれば、そこを流れる風の新鮮さが未だにその抜け穴が使えることを俺に教えてくれた。
『三人とも、煙は焚いたか?終わったのなら俺の方に来て欲しい』
俺は声送りの魔法で女性陣に声を飛ばすと、三人が昇るために穴の淵の岩に楔を打ち込み、そこからロープを下に向って垂らした。
この暗闇洞穴は中層に向う唯一の道であるため、誰かに何かを仕掛けたり事前に仕込んだり、待ち伏せするにはうってつけの場所だ。そしてそれはリーガングロックにとっても同じことで、多数の人より慕われていた彼は同時に複数の者より妬まれており、狩人の皮を被った賊に辟易としていたらしいのだ。
そのため、彼がひっそりと掘り進めた秘密の抜け道がこの穴だ。今の俺らと同じように暗闇洞穴で襲われることを防ぐために作り出したこの抜け穴を使って、俺らは中層に抜け出るというわけだ。
「ハルト様?ここを昇るのでしょうか?」
「どうします…?必要なら段差を作りますけど…」
垂らした縄の下にやってきたナナ達が、岩の上にいる俺へと声を掛ける。確かに昇るのを躊躇するような箇所だが、だからこそ隠匿されているためタルテに段差を作ってもらうわけにはいかない。
「悪いがなるべく痕跡を残さず昇ってきてくれ。最悪、俺が引き上げるから縄に体を固定してくれ」
リーガンロックの手帳には、ここに抜け穴を作製した自身への賞賛の声と共になぜここに穴を掘ったのか理由も書かれていた。あると知らなければ気付かれない位置に加え、ここには追跡を誤魔化すギミックが備わっているのだ。
まずは、暗闇洞穴を抜けるためにどのパーティーもここで声掛けをしてから薬草を焚くこととなる。そのため、追跡者たちはここの手前でかなり距離を開けるのだ。たとえ距離を開けていたとしても、対象者がわざわざ声を出して現在の状況を教えてくれるため、問題は無い。ついでに言えば広いホールのような造りのため視線が通りやすいという条件も距離をとる要因となる。
だからこそ、ここで抜け穴にひっそりと移動してもばれることは無い。そして、何より今の俺らのように臭いを辿られている場合でも紛らわすことができるのだ。
「…なるほど。この水があるからこそ、ハルト様はわざわざ私たちに薬草を焚かせたのですね」
岩壁を登りきったメルルが抜け穴を見詰めながらそう呟いた。…俺らが昇ってきた壁は滲むように湧き出す水により常に現れ続けている。そのため登攀した壁には俺らの臭いは残っておらず、偽の進行方向である暗闇洞窟は薬草で燻されるため、そちらに俺らの臭いが残っていなくても不自然ではないのだ。
「伝説の狩人が作った抜け道ね。…ハルト、ちょっと古いみたいだけど大丈夫?」
「風は通ってるから行き止まりにはなって無い筈だ。それにもし問題があったとしても引き返せば良い。その間に追跡者を先に行かせることができるだろ」
俺はそう言うと三人を抜け穴へと誘う。追ってくる者たちが顔を出すまでにはこの光苔の群生地を抜け出したいため、少々急ぐように俺らは長らく使用者のいなかったその道に体を滑り込ませた。
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