第299話 連判依頼状

◇連判依頼状◇


「次は…、紐の買い足しだね。あと、鉄釘ハーケンも。同じ店に置いてあるといいけど」


 空気は澄み寒さを感じるものの、日の光が惜しみなく降り注ぎ、日向は温もりを蓄えているような陽気の中、俺らは消耗品の補充のため市場にまで出向いていた。往来には人々の活気で溢れており、冬に備えるために売り手も買い手も盛んに商売に勤しんでいる。


 ナナは片手に持った買出し品のメモを見ながら、俺らを次の店へと誘導する。人通りは多いものの溢れかえるほどではないため、俺らは肩を並べるようにして先へと進んで行く。


「ハルト様。…どうやら、随分注目を集めているようですわ」


 不意にメルルが表情を変えずに俺へと小さく声を掛けた。…索敵は俺の役目なのだが、風での索敵は物理的な状況を把握することしかできないため、人の注意がどこに向いているだとか、現在のように人が多い状況での索敵はメルルに負けてしまう。


 メルルのその能力は魔法に依存しているものではないため、俺にも習得できるはずなのだが中々習得ができずにいる。彼女が言うにはなまじ風の索敵が優秀であるため、そういった視線などを感じる能力が育ちづらいと思われるらしいが、真偽の程は定かではない。


「…付いてきている感じか?」


「どうでしょうか…。動きまでは分かりかねます。…単に私達の美貌に目を奪われている可能性もありますが」


 メルルはそう嘯いてみせるが、なまじ三人は一目を引く容姿をしているため、彼女の言うこともありえないとは言い切れない。


 俺は風で後方の人の動きを感じ取り、後を着いてくる者がいないか確かめる。他の一般人というノイズが溢れているため、中々に集中力を必要とする作業だ。俺が風の感覚に集中すると分かったのか、ナナがそれとなく俺の袖を引いて歩く方向を誘導してくれる。


「…居るな。二人ほど後ろをついてきてる。買取所の奴らか?」


「…なんか最近…。後をつけられることが多いですね…」


 タルテが苦笑いしながらそう呟いた。確かに逆さ世界樹の中でも付けられたし、地上でも付けられている。タルテのその言葉で気がついたが、今付いてきている奴らは逆さ世界樹で付いてきた奴らの可能性もある。話を盗み聴きした限りでは、法の及ばぬ逆さ世界樹でおいたをしたい様だったので、地上で仕掛けてくる可能性は低いだろうが…。


「そうだな。ナナ、次の行き先を変更しないか?狩人ギルドに行ってみよう」


「なるほどね。中に入ってくるかどうかで選別をするつもり?」


 もし付いてきている者達が狩人であるのならば、狩人ギルドにも堂々と入ってくるだろう。しかし、買取所の人間であれば目立ちすぎるため、ギルドの中には入ってこれないはずだ。買取所の人間は狩人達に嫌われているため、俺らの追跡に狩人を雇っているとも考えづらい。


 俺らはそのまま市場を抜けて、狩人ギルドの方向へと足を進める。その間にも後ろの二人は一定の距離を取ったまま、俺らの後ろをしつこく付いてきていた。


「…ちょうど良いし、ここでこのままお昼ごはんにしちゃおうか」


 狩人ギルドの入り口を潜ると、軋む木の床を鳴らしながら、俺らはそのまま併設されている飲食スペースへと足を進める。そして入り口の方を観察できる位置取りのテーブルまでやってくると、椅子を引いて座り込んだ。


 俺ら以外にも昼から呑んだくれている狩人や訓練や情報の仕入れに来ている狩人がおり、そこそこ賑わっている。そこに紛れるつもりがあるのならば、付けていた者もそ知らぬ顔で入ってきても不自然ではないのだが、しばらく観察していても中に入ってくる気配は無い。


「戻って…、向かいの通りの三軒目に入ったな…。何の店だったっけ?」


「確か、モツの炭焼き屋じゃなかったけ?近場で張り込むのなら良い選択じゃない?」


 張り込みに適した店というと、長時間居座れる喫茶店などだが、生憎狩人ギルドの周囲にそんな洒落た店は無い。近場の店ではモツの炭焼き屋は一番マシな店なのだろう。


 …恐らくは付けてきた者は一般人。買取所の人間が仕掛けてきた可能性が高いだろう。もちろん確定ではないが、確かめる術はいくつもある。幸いに狩人ギルドには搬入口やら裏口など、見つからずに抜け出る場所が複数箇所存在する。


「…逆尾行をしかけようか。いつまで付けるつもりかは分からんが、そのうち塒に帰るだろう」


「それじゃ…、持ち帰りできるものを頼みますか…?」


「三人はこのまま食べてゆっくりしていてくれ。俺だけが奴らの後ろに付く」


 尾行は基本的に複数人で行うものだが、顔が知られている場合、より潜める少人数の方が良い。俺はロールサンドを頼むと、それを受け取って席から腰を上げる。しかし、俺がテーブルを離れようとすると俺ら目掛けて声が掛けられた。


「あ、ちょうど良いところに!妖精の首飾りの皆さんに依頼が来ております!」


 声を掛けて来たのは狩人ギルドの受付嬢だ。彼女は俺らの元にやってくると、一枚の依頼書を突きつけてきた。依頼に関してはナナ達に頼んで俺は逆尾行に行こうとしたが、その依頼書に書かれた内容に目が引かれて俺は足を止めてしまった。


「…指名依頼?」


「はい。例のリーガンロックさんの遺体の回収依頼です!」


 要求があれば遺体を回収するとは言ったが、まさか本当に依頼が来るとは思わなかった。なぜならリーガンロックは天涯孤独の身であり、遺族が存在しないと聞いていたからだ。一体誰が遺体の回収を依頼したのかと思って依頼者を確認してみたが、そこに並ぶ名前の量に目を見張った。


 まるで連判状のように複数名の名前が並んだ依頼書。特にその一番上に書かれたやたら達筆のサインは、ナナやメルルから聞いた記憶がある。


「…領主からの指名依頼ですか。…他の方々は?」


「憧れる狩人の方々やリーガンロックさんと交流のあった人達です。ギルド長もサインしておりますよ」


 領主にギルド長を筆頭にした複数名からの指名依頼。これまた名誉のある依頼だ。…流石にこの依頼は断る訳にはいかない。俺は受付嬢からペンを受け取ると、そのまま受注欄にサインを記入した。


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