第298話 地元じゃ有名人

◇地元じゃ有名人◇


「はい。納品の確認を致しました。…そして続いてへの納品確認です。こちらにサインをお願いしますね」


 狩人ギルドの受付にて宝石を取り出すと、その成果の量と質に受付嬢が目を見張っていたが、すぐさま普段の調子を取り戻すと、にこやかに笑いながらそのまま俺に宝石を差し出した。この受付嬢は俺が依頼の発注と受注の両方を請け負っていることを知っている。それどころか、その自己依頼が買取所を潜り抜けるための方便ということ把握しているだろう。


「この依頼を発注する際にも申しましたが、身の回りに気を付けて下さいね。…特にここまでの宝石を持ち込んだとなると、彼らも決して無視できないはずですので…」


 やはりここまでの宝石はネムラの街でも珍しいようで、重ねて忠告するように受付嬢が俺らに言葉を投げかける。彫金師として原石を買うこともあるため知っているが、このサイズの代物は買おうと思っても中々買えないような代物だ。それを逃したのなれば買取所の人間が執着する可能性も無視できない。…反応を見る限り、どちらかというと面子を潰されたことにいきり立っていたようにも見えたがな…。


「どうします?宝石の原石は無理ですが、金の買取であれば狩人ギルドでも請け負ってますよ?」


「半分だけ売却で。…一応、方便だけじゃなく彫金師としてこいつらを使うつもりなんでね」


 俺はそう言いながら宝石の原石を仕舞いこんで行く。受付嬢は砂金を取り分けると、カウンターの端に持って行って鑑定を開始する。


 そこには試金石や試薬、判別用魔道具、天秤秤に鑑定用ルーペなど鉱石鑑定のための道具が一通り並んでおり、狩人ギルドではまず見ない道具の数々にここが逆さ世界樹によって栄えている街だと改めて認識する。


 受付嬢といっても少々年嵩のいった彼女は、馴れたものなのか本職の人間かのように手早く砂金を鑑定していった。


「砂金だけあって純度も高く…おや、金貨の純度を越えましたね。お支払いは小金貨で?」


「小金貨で。端数は小銀貨でお願いします」


 流通に耐えうるよう小金貨は合金のため金の純度は高くないのだが、金貨は大口の取引で用いられる代物なので純度は高い。その金貨の純度を越すとなるとこの砂金はかなり当たりの部類だろう。


 俺は倍以上の重量となった小金貨を受け取りながら、続いての用事のために懐からもう一つの収集物を取り出した。錆びのついたそれは最後まで狩人であった者の微かな名残だ。


「それと、かの地までに狩りに出向いた者を見つけた。…そこそこ古いものだが、まだ判別はできる」


「ああ…。それはわざわざありがとうございます。狩人のひと時の安寧を祈りましょう」


 タニファの縄張りで逃げ込んだ小洞窟。その奥にて旅立っていた狩人のギルド証。死の証ともなるそのギルド証を、受付嬢は複雑な顔をしながら手に取った。


 狩人である限り、死は常について回ることだ。そして、全てではないが狩人は死ぬことに対して意外にもサッパリとしている。よくあることだから慣れているというよりは、散々他の命を奪ってきたのだから、いつかは自分も何者かに狩られて死ぬと考えているのだ。


 そんな狩人を相手する受付嬢の彼女も、人死にの知らせなど慣れたものなのだろうが、それでも彼女の表情には僅かな悲しみの色が見て取れる。そして、そんな色を紛らわすかのように錆びに塗れた名前を確認する。


「リー…ガン…、リーガングロック…!?」


 ところがその名前を目に下途端、彼女の目は驚愕に見開かれた。一瞬、彼女の昔馴染みかとも思ったのだが、その名前は他の者にも衝撃があったようだ。


 そのうちの一人が、買取所から着いてきていたガイシャだ。今まで静かに手続きを見守ってい方彼は、その名前を聞いた途端、身を乗り出すようにしてそのギルド証を確認しようとした。


「お、おい。本物なのか…!?それ…!?」


「…なんかあったのかその人と?」


 俺は眉をひそめながら、忠告を含めてガイシャに声を掛けたが、彼はお構い無しに俺に興奮した視線を向けている。それこそ、買取所の時よりも興奮しているのではないだろうか。


「そっか…、そうだよな。外から来たんじゃ知らないよな。リーガンさん…リーガングロックって言ったら、逆さ世界樹の最深度を更新し続けたこの街の伝説的な狩人だよ…!」


 ガイシャは俺に詰め寄り、唾を飛ばしながらそう言い切った。そして、その名前が耳に入ったのだろうか、ギルド内に居た他の狩人の間でも、リーガングロックの名前が幾重にも囁かれていた。



「ふうううぅっ。凝り固まった体が解れていきますわぁ」


 ちゃぷちゃぷと湯船に張られたお湯の音を背景に、気持ち良さそうなメルルの声が響く。頭上に開いた格子窓からは湯気が空に向って零れ、霧散するように消えていっている。


 土と砂に汚れるものが多いこの街では、公衆浴場がいくつも建てられている。水の加熱には精錬場の廃熱が利用されているため、価格自体も高くは無く広く庶民に愛されている文化だ。そして、逆さ世界樹の最上層の崖の半ばに建てられた建物の幾つかも、そんな廃熱を利用した湯屋が多く、それは一般にも開放されている。


「ハルト、大丈夫?外で待たせちゃうけど寒くない?」


「お湯の配管をベンチにしてるからな。大して寒くは無い」


 格子窓越しにナナの声が届く。一緒に出ようと言ってはいないが、あったかい座椅子のお陰で俺の髪は芯まで冷えていない。というか、俺はまだ湯船に入れていない。


 俺らが利用しているのは小屋を丸々貸しきるタイプの風呂屋だ。家族風呂のようなもので、男女の区別が無いため、今は先に女性陣に風呂に入ってもらい、俺は女性陣の入浴を見張っている。もちろん見張るのは湯船の方ではなく、小屋の周囲のことだ。買取所の奴らが何か行動を起こす可能性があるため、全員が入浴をするという状況を避けたわけだ。


「ハルトさん…。見張り…ありがとうございます…。何かあったら言ってくださいね…!すぐに出ますんで…!」


「気にせずゆっくり入ってくれ。タルテなんか髪が長いから洗うのも一苦労だろ。…そもそも、流石に今夜あたりは問題ないだろ。見張りは念のためにやってるだけだ」


「確かに今夜はさほど気をつけなくても問題は無いでしょうが…、明日からは少々騒がしくなりそうですわね」


 メルルが思案気にそう呟いた。…騒がしくなるのは何も買取所に関する事だけではない。例のリーガングロックに纏わる騒動も関係してきそうなのだ。


 ガイシャが懇切丁寧に早口で説明してくれたのだが、彼が消息不明となってからもう十年近くの時間が経っているそうだ。もちろん今では誰もが逆さ世界樹の中で命を落としたと思ってるらしいが、その偉業のお陰で未だに探窟を続けているとも揶揄して噂されるような人間だ。中には彼が逆さ世界樹の中に隠した財宝伝説なんてのもあるらしい。


 そのため未だに彼のファンは数多く存在する。受付嬢の方やガイシャにも彼の死体があった位置を詳しく話すようにねだられたのだ。…残念ながら、タニファを討伐したことをこちらの事情…最短ルートの開拓を伏せておきたいため、説明しづらい場所と濁して話している。


 望む者が出るなら残りの遺体も回収するとは伝えてはいるが、変な行動に移す者が居ないとは限らない。…それに、ギルド証を提出したときの騒動のせいで失念してしまったが、彼の残した手帳が俺の荷物の中に納まっている。


 ネムラの逆さ世界樹の最深部まで潜った狩人の残した手帳。そこには一体何が書かれているのだろうか。


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