第297話 売り言葉に買い言葉

◇売り言葉に買い言葉◇


「…念のために言っておくが、背嚢の底かなんかに隠すのは止めといたほうが良いぜ?鉱石類に反応する魔道具が準備されている」


 買取所に並ぶ俺にこっそりとガイシャが耳打ちをする。ガイシャの言う魔道具の存在は認識している。前回の買取で見せてもいないのにペンダントの類をつけているか問われたのだ。流石にカッティングされたペンダントの類を取り上げられることは無かったが、そのことで何かしらの探知方法があると推測することができた。


 そのため、逆さ世界樹の中で原石を装飾品に加工して身に着けて外に出るという策は見送った。流石に狩人が夜会の貴婦人の如く宝飾品を身に着けていたら、何かしらの工作を行ったと勘ぐられてしまうことだろう。それに、いくら俺でもまともな工具なしに加工は遠慮したい。


「次…!ここに取ったもん出しな」


 買取所のカウンターで髭を蓄えた初老の男が荒々しく木製のトレイを俺の前に突き出す。俺は背嚢の中から、今回の戦利品を取り出し、そのトレイの上にぶちまけた。


 砂金が詰まった皮袋にタニファの腹から取り出した大粒の原石達。大量の砂金はもちろんのこと、宝石の原石も一段と希少で高価になる大きさの代物だ。やはりこの成果は珍しいようで、カウンターの向こうの男の目が見開かれた。そしてそのまま文字通り品定めをするやらしい視線を宝石たちに向けた。


「マジかよ…。お前らどこまで潜ってたんだ?こりゃ下層じゃなきゃ取れないだろ?」


 背後でも驚愕したガイシャの声が届く。下層までは行っていないのだが、ここまでの成果は中層では珍しいらしい。タニファの腹の中で研磨されることで厳選された宝石たちだから、中層では他で見ないレベルの代物なのだろう。


「ほおん…。大漁じゃねえか。ご苦労なこったな」


 舌なめずりをしながら髭男がトレイに手を伸ばすが、俺はその手を避けるように、トレイを自分の手元に引き寄せた。


「…何のつもりだ?」


「ここに出したのは取った物の報告のためだ。別に鑑定は必要ない」


「何ほざいてやがる。無償で差し出すつもりか?教会の生臭牧師にも見習って欲しいもんだな。ま、こんだけありゃ神様だって飛びつくだろうがよ」


 口では軽口を叩くものの、髭男の目は笑ってはいない。俺はその目によく入るように、懐から取り出した依頼書を目の前に掲げて見せた。


「この宝石類は、依頼のための採集品だ。その場合、買取免除の事項に該当するはずだよな?」


 俺が提示したのは狩人ギルドから発行された依頼書だ。そこには複数種類の宝石の納品依頼が書かれている。納品依頼であるため、もちろんその納品先は買取所ではなく依頼者だ。


 もともとこの買取所は狩人ギルドの自由納品を乗っ取った形だ。買い取り先がこの買取所に変わっただけであるため、そこまで問題がなかったのだが、問題となったのは依頼で宝石を要求していた者達の存在だ。多少割高になっても良いから優先的に目当ての宝石を手に入れたいといった者達のために、依頼による宝石の仕入れ口は未だに残っているのだ。


 この依頼による買取口を残したのは彫金ギルドの圧力に寄るものだ。狩人ギルドとは違い、この宝石が多数産出する町では彫金ギルドの発言力は強い。その彫金ギルドが、街に住む彫金師が納品依頼をだす権利を認めさせたというわけだ。


 ギルド自体が権力者側への折衝が存在理由の一つではあるため、買取所が立ち上がった際にはだいぶ揉めたらしい。そして、領地の外とも繋がりのあるギルドの要望を領主といえども無視することができなかったのだ。


「書類の偽造とは随分肝が太いな。そして馬鹿だ。この街にゃ依頼を出す彫金師なんていやしねぇんだよ」


 髭男は買取所の奥で作業していた者達を手振りで呼び出す。…あまり堅気の人間とは思えない者たちだ。本当にここは領主直営の買取所なのだろうか。


「偽造だと思うんならお前の目が節穴だな。どおりでまともな鑑定がされていないわけだ。鑑定人の目が節穴だったとはな」


 俺はつい煽るような言葉を放つが、この髭男の言いたいことも納得はできる。この買取所と彫金ギルドは権力合戦を繰り広げているが、彫金ギルドの構成員である彫金師一人一人の権力はそこまで高くない。狩人ギルドに宝石の納品依頼を出して買取所の者達と揉めるのを誰もが嫌がるのだ。下手をすれば買取所から回される宝石を絞られる可能性もあるため、それも仕方が無いことなのだが…。


「本物って言うなら、今すぐその依頼を撤回させてやるよ。依頼者はどいつだ?…バルハルト?こんな奴いたか?」


 その名前に覚えが無いのか、髭男は先ほど呼び出した背後に立つ男達に目線で問いかけるが、その男達も聞き覚えが内容で首をかしげている。…知らないのも無理は無い。依頼者はこの俺なのだから。


 つまりこの依頼は俺が発注して俺達が受けた依頼なのだ。なにもこういった自己依頼は有り得ないものではなく、時折、自分の私事にパーティーメンバーを付き合わせるために取り交わされるので、規則に則った正式なものだ。


「俺だよ俺。ほら、身分証。こうみえて彫金ギルドの一員でもあるんだな」


 俺は懐からギルド証を取り出す。普段使いの狩人ギルドのものではなく、彫金ギルドのギルド証だ。


「はぁ?お前が彫金師?…来たばかりか?…この街のルールを知らねぇようだな。…おめぇもうお終いだよ。この街でまともな仕事ができるとは思わねぇことだな」


「勘違いしないでくれ。メインは狩人だ。彫金師として稼ぐつもりは無い。だが、狩人ギルド証と彫金ギルド証が合わさればどうなるか知ってるか?」


 男はこの町に俺が彫金師として移住してきたと思っているようだが、それは間違いだ。宝石の納品依頼はこの街に市民権を得ている彫金師しか依頼できないため、俺が市民権を移したのだと思ったのだろうが、残念ながら俺の市民権は狩人ギルド証に付随している。


 狩人達は街の防衛などの際には強制的に討伐依頼に繰出されるが、そういった責任を負わせるが故に簡単に市民権を得ることができるのだ。俺もネムラの街の狩人ギルドに転移届けを出した時点で、半市民権を獲得していることとなる。そのため、彫金師としてもこの街在住の彫金師という扱いになるため、狩人ギルドに納品依頼を出すことができたのだ。


 俺はそのことを、懇切丁寧に髭男に伝えてやる。狩人兼彫金師である俺にしかできない方法だが、その全てが規則に則ったことであり、違法行為はどこにもない。それを理解したのか、髭男の顔がだんだんと赤く染まっていく。


「初めっからこの買取所を抜けるために仕組んだようだな…。後悔するぞ、クソガキが…」


「…随分な言いようだな?俺は何も違法行為はしていないぜ?なんなら他の狩人達にも同様の依頼を出してもいいんだがな」


 そう言って俺はトレイに並んだ今回の成果を次々に背嚢に仕舞いこむ。髭男は悔しそうにそれを見ているが、俺の行為を止めることはできない。ガイシャは無言で興奮しながら、俺の背中を何度も叩いていた。


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