第296話 地上への帰還
◇地上への帰還◇
「ようやく、これで新ルートの開拓が完了した訳だな…。タルテ、お疲れ様」
ある意味で、タニファの縄張りを抜けた先からが思いのほか困難であった。極端に人通りの少ない場所であったため、確立したルートが存在せずタルテが岩を削ったり隆起させたりしながらここまでたどり着いたのだ。
眼下には最初の枝と呼ばれている大きな横穴が広がっている。といっても完全に暗くなった今ではそこまで見渡せないが、複数の狩人達が今も活動しているようで、大量に灯されている篝火や魔導灯の灯りが、まるで都市部の夜景のように広がり、その輝きが最初の枝の輪郭を露にしている。
「大きいね。…どれくらいあるんだろ」
「少なくとも小さな村程度なら入りそうだな。穴と表現して良いのか悩むぐらいだ」
最初の枝は綺麗な円形の横穴と言うわけではなく、上層部が崩落したのか、どこか歪な半円形だ。そこからは鶴嘴の音が遠い残響となって俺らの元にも届いてくる。
俺は目の前の鍋をかき混ぜながら、その最初の枝の光景を眺める。今日はこのままここで一泊して、明日には一端地上へ向けて帰還するのだ。
「今日はこれを出さないぞ…。下処理をしているだけだ」
「そう?じゃあ戻ってからのお楽しみだね」
…食いしん坊達がチラチラとその蒸し焼きを眺めているが、今晩の食卓には出すつもりは無い。これは地上に行ってからの酒の肴だ。身がこのような味わいなら肝もアン肝のような味わいがするだろう。前世の俺はアンコウの肝やカワハギの肝が好物だったのだ。
炎の舌が俺らの顔を橙色に照らし出す中、俺らの夜は更けていく。
◇
「ようやくここまで戻ってきましたわね…」
行きはよいよい帰りは怖い。散々降りていった逆さ世界樹を帰り道は延々と登らなければならない。俺らは脚を棒にしながらも、何とか始まりの坑道へとたどり着いたのだ。全員が疲労困憊と言う様子だが、ここまで来れば直ぐに逆さ世界樹を抜け出すことができる。
…これならば、帰りに掛かる時間を行きの倍以上に考えておくべきだろう。今回も多めに目積もってはいたが、想定以上に時間が掛かってしまった。
「おお、奇遇じゃねぇか。今まで潜ってたのか?」
「…ガイシャか。そっちもここいらで採掘か?」
トボトボと出口に向って俺らが進んでいると、分岐路の大広間にて暢気な声が掛かる。何事かと視線を向けてみれば、ガイシャが俺らに向かって軽く手を振っていた。彼も採掘に勤しんでいたのか、頬には土汚れがこびり付いている。
そして、ソロで活動しているといったガイシャの背後には他の者達の姿が並んでいる。明らかにまだ若い子供といえる年齢の彼らは、ガイシャの背後に隠れながら、俺らのことを探るように観察している。
「こいつらがこの前言っていた運び屋だ。どうだい?利用してみるか?」
「…悪いが、グレーゾーンに踏み込むつもりはないんでね。あまり派手にやると、その内痛い目見るかも知れないぜ?」
俺は遠慮すると共にそれとなく警告してみたが、ガイシャ達にはどこ吹く風で特に気にした様子もない。ヘラヘラとした雰囲気のガイシャとは対照的に、子供達はどこか暗い気配を瞳に蓄えている。
「んだよ。その言い分じゃさては大して成果がなかったな?その辺は運もあるから、気長に挑むのが逆さ世界樹だぜ」
「心配しなくとも確り稼いできたよ。…確か、クズ宝石は恵むのがここの慣わしなんだよな?」
俺がそう言うと、タルテが大きく膨れた皮袋を背嚢から取り出した。俺はその皮袋を受け取ると、そのままガイシャの背後に佇んでいた子供達に明け渡す。
子供達は警戒しながらも俺から皮袋を受け取ると、その皮袋を開いて中を確認して見せた。ガイシャも子供達の上から覗き込むようにして中身を確認すると、その皮袋の中を見て息を飲むようにして驚愕した。
「…おいおい。お前らどこに行ってきたんだ?たしかにクズ宝石だが…、これだけありゃかなりの額になるだろう…」
「かなりの額って言ってもだいぶ買い叩かれるんだろ?んならここで処理したほうがまだ気分が良い」
子供達が手にした皮袋の中身は、タニファの腹から出てきた宝石の中でも小振りな物だ。本来はもっと大きな原石であったのだろうが、あいにくその腹で磨耗してしまった結果、クズ宝石と呼ばれるほどに小さくなってしまったのだ。
もともとはあまりにも小振りなので、回収せずに帰るつもりではあったのだが、ガイシャから子供達にクズ宝石を渡すことを聞いていたため、折角だからと必死にその小さなクズ宝石を拾い集めて持ち帰ってきたのだ。
…多分、タニファの糞を調べれば、更にクズ宝石を手に入れることはできただろうが、流石にそれは遠慮した。
「あの…、いいのか?こんなに?」
「それを打ち捨てるほど採掘できたんでな。気にせず貰ってくれ」
訝しげに尋ねる少年に、俺は遠慮するなと手を振りながら答えた。もとよりタイミングが合えば子供達に渡すために回収したものであるため、渋るつもりは無い。
第一、そのクズ宝石も一つのパーティーが出すには量が多いというだけで、そこまで異常な量ではない。彼らからすれば数パーティー分の施しを一気に貰った程度だろう。
「だがよ、そんなに掘れたんなら、尚更こいつ等に預けて運んでもらったほうがよくないか?心配しなくてもちょろまかすようなことはしないぜ?」
「そっちは別に対策しているんでな。…なんならこのまま一緒に来るか?どうやって買取所を抜けるか見せてやるよ」
俺はそう言うとナナ達と共に出口方面へと向う。ガイシャは不思議そうな顔をしたあと、好奇心が刺激されたのか、軽く笑いながら俺らの後ろに続いて歩み始めた。
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