第295話 生臭い宝箱

◇生臭い宝箱◇


「ハルトさん…!!?」


 俺に投げ飛ばされ、空中を飛んでいるタルテと目が合う。タルテは目を見開き、驚愕と共に悲鳴に似た声を俺に投げかける。投げ飛ばされているタルテと代わりにその場に残った俺。時間が引き延ばされたかのように遅く感じるが、その反動とも言いたげに、俺の視界は一気に暗闇に包まれた。


「ハルトッ…!嘘でしょ…!?」


「助け出しますわよ!ハルト様なら食われたぐらいじゃ死にません!」


 俺の体は上下から万力のように締め上げられる。辺りは暗闇だが見なくても分かる。ここはタニファの口の中だ。外からはナナやメルル、タルテの騒ぐ声が聞こえてくる。


 失敗した失敗した失敗した。こんなところに一人で残るべきではなかった。タルテを庇うのではなく、彼女にも付き合ってもらうべきだった。咄嗟の行動であったため、彼女を危険から遠ざけることばかりを優先してしまった。


 ギチギチと体が軋む。それでも俺は奥歯を噛み締め、俺を潰そうとする万力に抵抗する。極限ともいえるリフトアップに息をすることすら苦しくなる。普段以上の馬力を出す体が酸素を欲しているが、暢気に息を吸えば、力が緩みすぐにでも潰れてしまうだろう。


「タル…テ…!戻って…!戻って…!手伝って…くれ!」


「ハルトさん…!?今手伝います…!!」


 苦しい呼吸の合間を縫うようにして、絞る出すように声を出す。あまりにも情けないヘルプコールだが背に腹は代えられない。拮抗する力比べは僅かに俺が打ち勝ってようで、僅かに開いた口の隙間からは、タルテの作り出した光球の明かりが差し込んでくる。


 タニファの下顎と上顎の間にて、俺は抵抗しながらゆっくりと立ち上がる。俺を噛み潰そうとするタニファと顎を押し開こうとする俺の力比べは、絶妙なバランスの中、僅かに俺の方が勝っている。


「うん…しょぉッ…!」


 タルテが俺の元へと舞い戻り、俺の横に並んでタニファの巨大ながま口を押し開く。俺とタルテはまるで日曜の某国民的アニメのフルーツから飛び出てくるシーンのようだ。


 タルテの剛力が加わったことで、タニファの顎が一気に押し広げられる。タニファは強引に俺らを噛み潰そうとしているが、やはり先ほどの強引な回転が命を縮めたようで、その動きは鈍い。唯一、緩めるつもりの無い顎の力からタニファの最後の執念の様な物を感じ取れる。


「ナナ!魔法だ!腹が減ってるみたいだから喉の奥にぶち込んでやれ!」


「分かった!メルルはカバー宜しく!放つ瞬間にハルトとタルテちゃんを守ってね!」


「承知いたしました!水のベールで覆いますわ!」


 タルテの協力で余裕の出た俺は、ナナに向かって声を張り上げる。タニファは俺とタルテを噛み潰そうと躍起になっているようで、体全体の動きは鈍い。ナナはタニファの口先、俺とタルテ傍らに駆け寄ると、魔法の構築へと取り掛かった。


「不遜なる者を玉座に据えて、世界を照らす焚き木に変えろ!…巨人の炎を喰らえ!!」


 補助呪文を用いてナナが手早く魔法を構築する。極限まで膨張した火の玉の魔法が、俺の脇を通り過ぎて、タニファの喉元へと着弾する。


 荒れ狂う熱量が瞬間的に俺らを守るために張ったメルルの水のベールを蒸発させ、膨張した熱気と共に俺とタルテを口の外へと吹き飛ばした。


「二人とも!こちらですわ!」


「石柱が崩れる!いったん退避するよ!」


 喉から直接体内を焼かれたタニファが俺とタルテに背後で暴れまわる。ナナは俺を、メルルはタルテを引き起こしながら、足早に離れた箇所にへと退避する。背後で響くタニファの暴れる音は、次第に静まりかえっていき、最終的には辺りを静寂が支配した。


「…やったかな?」


「流石にここまでやったんだ。生きてはいないだろ…」


 俺は息を吐き出しながらその場にへたり込む。すると、タルテが俺の元に駆け寄ってくると、半ば強引に手や足の様子を確認する。


「ハルトさん…ごめんなさい…私の代わりに…」


「心配するな。大した傷は無い」


 一緒に飲み込まれた岩とヤスリのようなタニファの牙のせいで、腕や足に大規模な擦り傷ができたが、致命傷となるような傷は一切負っていない。それでも、タルテは泣きそうな顔をしながら俺の手足にめり込んだ石片を取り除いては治療していく。


「随分、無茶をしましたわね…」


「最悪、呑まれても胃袋を剣で突き破って出てこれるかもだからな。刃物を持たないタルテよりは俺が飲み込まれたほうが良い」


 メルルが呆れた顔をしながらタルテの治療を手伝うように俺の傷を消毒していく。彼女が洗浄のために俺の腕に振り掛けた水が、やたらにしみて俺の頬を歪ませる。


「ハルト、岩ごと食べるような魔物だよ?人なんてすぐに消化されちゃうよ…」


 冗談交じりに腹から出てくるとはいったが、ナナが本気にして苦言を呈してくる。確かに奴の腹の中は岩だらけだろうから、飲み込まれれば抵抗するまもなくミンチになってしまうだろう。



 治療が終わると、俺らは足跡を潜めながら、再びタニファの元へと足を運ぶ。散々暴れたためか、タニファは横向きになって倒れており、力なく口を開いて焦げた口内を晒している。俺は魔法にてその口内周辺の風の流れを観測したが、空気の流れは全く無く、それはタニファの呼吸が停止していることを示している。


「ハルト。希少部位は分かる?そこだけ優先して剥ぎ取っちゃおうよ」


「そうだな…。…その前にちょっと確認したいところがあるんだ」


 俺はそう言いながら、横向きに倒れているタニファの腹を割いていく。先ほどナナがタニファのことを岩を食べる魔物と言っていたが、岩を食べる魔物には大きく分けて二つの種類が存在する。一つは純粋に鉱物を消化して自身の肉体に吸収するもの。もう一つは、鳥や爬虫類がおこなうように胃石として消化を助けるために岩を食べる魔物だ。


 食物をすり潰すのに適した歯を持たない動物は、胃石を砂嚢の中に保持して咀嚼に替えるのだ。獲物を丸呑みにするタニファはそれに該当する魔物だろう。俺は腹を割きながら、そのことを三人に説明する。


「つまり、お腹の中に沢山の石があるってことでしょ?」


「そうそう。そんで磨耗して粉々になった石は、食料と同じように排出されていくはずなんだが…」


 俺もそこまで確証が無いため、誤魔化すように濁しながら解体の手を進める。…ナナに岩を食べると聞いてふと思い立ったのだ。コイツはここいら一帯の鉱物を食べて回っている。そして、食べた鉱物は古いものであるほど磨耗しているが、その磨耗は鉱物の種類によって差が出てくるはずだ。


 俺はお目当ての臓器を見つけると、それを傍らにあった銛で引っ掛け、腹の外へと引きずり出した。磨耗に強い鉱物となると、俺には幾つかの宝石が思い当たる。たとえばコランダム。ルビーやサファイアとも呼ばれるその鉱石はその磨耗の強さにより、時計の軸に使われていたりする。


 そしてダイアモンド。金剛石とも呼ばれるその宝石はあまりにも硬く、それこそ俺が父さんに教えたようにダイアモンドをダイアモンドで磨くという手法が無ければ、この世界ではまともに加工することができないのだ。


 …そのお陰で父さんはかなり儲けたらしい。クズ石扱いのダイア原石が、父さんの手に掛かれば特級の宝石に変わるのだから仕方ないことだろう。今ではその情報がでまわり、軒並み高騰しているらしい。それでもカット技術はネルカトル領の彫金師ぐらいまでしか普及していないため、ダイア原石はまずネルカトル領へと持ち込まれるのだ。


「見てみろ。予想が当たったぞ。腹の中で磨かれる過程で、磨耗に強い宝石が残ったんだ」


「凄い…。こんなものを溜め込んでたんだ…」


 俺が岩の詰まった臓器を捌いてみれば、そこからは数々の宝石が転がり出てきた。原石であるためその輝きはまだまだ未熟ではあるものの、中には規格外の大粒の宝石も紛れ込んでいる。俺はそのうちの一つを手に取ると、その原石を光球の明かりに翳してみせた。


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