第294話 命を削る行為

◇命を削る行為◇


「まずは血を流させろ!確実に削っていくぞ!」


 タニファの背中、その空中で回転しながら乱舞する。俺は頭から尾っぽに向けて背骨に添うように乱舞しながら駆け抜け、タニファの背中を何重にも斬り付ける。皮膚の避けたその背中は、まるで隠し包丁を入れたれた魚のようだ。


 俺に続くようにして、一斉に他のみんなもタニファに取り掛かっていく。タニファは暴れるものの、元々が狭い通路であったため、満足に体を動かすこともできていない。


「皆さん…!石杭を出しますので…、注意してください…!」


 タルテが地面に手を付けながら、俺らに向けて叫ぶ。そして、彼女の手元から魔力が迸ると、タニファの首の真横の岩壁から石でできた杭が勢いよく飛び出した。その巨大な石杭の生えた岩壁は、まるで地面から巨大なクワガタの顎が突き出しているようで、頭を上げようとしていたタニファの首元を確実に押さえ込んだ。


 タニファは必死になってその顎から首を抜こうと後ろに引こうとするが、石杭が刺さるばかりで抜ける気配は無い。彼にとって圧倒的な地の利は、今は彼を押さえつける拘束具へと変わってしまったのだ。


「あとは、この尻尾をどうにかしようか…!」


「私も手伝いますわ!お尻の方ならあまり暴れませんね!」


 切り付けながら駆け抜けた俺と代わるようにして、ナナとメルルが尻尾を左右から挟むようにして接近した。狭い谷間はタルファの体で埋まってしまっているが、先人の残した木の渡り廊下のお陰で、意外にもスムーズに移動することができるのだ。


 ナナは波刃の両手剣フランベルジュを上段から振り下ろして一刀の元に、メルルは血を纏った回転ノコギリで掘削するように、拘束できていないため暴れる尻尾を切り取りに掛かる。


 尾の先端近くまで駆け抜けた俺は、そのまま飛び退くと石柱の上へと駆け上り、その場に放置されていたタルテ製の鉄銛を手に取った。尻尾はナナとメルルが切断に掛かっているが、その痛みもあってか岩壁を崩すのではないかというほど暴れている。


「細い尾っぽの先なら、貫通するだろ…!!」


 暴れる尾の先が壁に激突した瞬間、それに合わせるように俺は加速しながら飛び降りた。風によって勢いに乗った俺は、そのまま体当たりをするかのごとく、タニファの尾の先端付近に銛を突き立てる。


 血飛沫と石片を散らしながら、俺の構えた銛はタニファの尾を貫通しそのまま岩壁へと突き刺さる。そして銛の柄を掴むと、尾が抜けぬように強引に捻じ曲げた。


「尻尾の先を仮止めしたぞ!少しは切りやすくなるんじゃないか!?」


「ありがと!据え物斬りみたいなものだから直ぐ終わるよ!」


「ハルト様。タルテが前方で一人です!こう大きいと陣形が分断されてしまいますわね!」


 ナナとメルルの方に駆け寄りながら声を掛けると、メルルが前方を指差す。目を向けてみれば、随分離れた場所で果敢に攻めているタルテの姿がある。俺はそのまま足を止める事無く、タルテのカバーのために前方へと駆けていった。


 足元を濡らしていた水は血で赤黒く染まり始め、暴れるタニファの手足が、ゴリゴリと岩を引っ掻く音が地に響くように不気味に鳴っている。だが、タニファの頭の方へと近づいていくと、今度は鈍器を叩き付けるような音が断続して鳴っている。


 それはタルテがひたすらに攻撃を繰り出している音だ。タニファの頭の上に陣取ったタルテは、瓦割りをするかのように足元のタニファ目掛けて拳を打ち据えているのだ。


「ハルトさん…!この子…!強引に周囲の岩を崩そうとしてます…!」


 俺が近づくと、血に濡れた手甲ガントレットで握り拳を作りながら、タルテは焦ったように俺に声を掛ける。タニファは強引に頭を振って首周りを固定しているタルテの杭を石柱ごと崩そうとしてるのだ。杭を作り出した石柱は銛と鎖で繋がった碇にも繋がっているため、それが破壊されれば上半身の拘束も緩むことになってしまう。


 タニファが暴れるのをタルテが殴って強引に止めてはいるが、その頑丈な頭蓋によってひたすら耐えながら抜け出そうともがいている。タニファが動くたびに首に刺さった石杭から血が大量に流れ落ちる。首元とナナ達が切断している尾の付け根は、どちらもリザード種の重要な血管が集まっている箇所だけあって、出血量は多いのだが未だに弱る気配が無い。


 …生命力の強いリザード種だからだろうか、こいつは失血死するその瞬間まで暴れようとしているようだ。


「石杭を強化できないか…!?完全に固定できればナナの火魔法で焼けるはずだ…!」


 一部の幻想種や精霊種を覗いて、生物である以上火に弱い。少々焼くには手間が掛かる大きさのため、本来なら失血を重ねて動きを鈍くしてから時間を掛けて魔法を構築する予定であったのだが、ここで拘束を抜け出されてはそれも適わない。


 俺はタニファの気を引くようにして、口先に踊り出て奴の鼻先を切りつける。硬質な皮膚に守られてはいるが、俺のマチェットは叩き割るようにして深い切り傷をそこに刻み付ける。


 俺を飲み込もうとするタニファをなるべく石柱に負荷が掛からぬ方向へと誘うようにして避け続ける。その間にタルテは左右の石柱に駆け寄って、魔法でひび割れた箇所を修復していく。


「ハルト!タルテちゃん!大丈夫!?尻尾は骨を残して切断できたよ!」


「暴れられたせいかこの足場はもう持ちませんわ!一端下に下ります!」


 部位破壊を終えたナナとメルルが木の渡り廊下を駆け抜け、そのままの勢いで俺の後方へと飛び込むようにして着地する。


 …タニファの動きはだんだんと鈍くなってきてはいる。しかし、それでも命を削るようにして暴れ続けている。タニファの命が尽きるのが先か、石柱や鎖の拘束具が破壊されるのが先かのチキンレースになりつつある。


「…!?タルテ!様子がおかしい!一端引け!」


「…!?分かりました…!!」


 首元の石柱に近づいて必死に補修しているタルテには見えないだろうが、タニファが気張るようにして身を縮めている。そしてその力を解放するように、タニファは勢い良く回り始めた。


 まさしく、ワニが行うデスロールのような回転により、周囲の岩壁が崩れ始める。そのせいでより深く首元を石杭が穿つことになるが、その傷を代償にして石杭を圧し折ったのだ。


「嘘…」


 タルテは危機一髪のところで飛び退いたおかげで回転に巻き込まれずには済んだが、飛び退いた位置が悪かった。ヘッドスライディング気味に飛び退いたおかげでタルテは直ぐには立つことができない。そして、身を削る回転によって拘束が緩んだおかげで、そこはタニファの顎が届く位置だ。


「タルテちゃん…!?」


「クソ…ッ!?」


 地面に膝をついているタルテに目掛けて、大口が迫る。俺は風を炸裂させながら一気にタルテ目掛けて加速する。普段の余裕のある加速ではなく、ただただ早くたどり着くための急加速。そのお陰もあって、すんでのところでタルテの元にたどり着いた。


 俺はタルテの脇に手を入れると、そのまま半回転するようにしてタルテを後ろ目掛けて投げ飛ばす。そして、タルテの代わりに俺目掛けてタニファの顎が襲いかかった。


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