第290話 急いでないから回らず行く

◇急いでないから回らず行く◇


「こ…、これだけあれば!この世の全てが手に入りますわ!!」


 我がパーティーで最もブルジョワジーな筈のお嬢様が、皮袋いっぱいの砂金に目が眩んでいる。…この砂金の純度がどの程度のものかははっきりしないが、たとえ純金でもこの世の全てを手に入れることはできない。なんで金貨を見慣れている貴族の令嬢が砂金に頬ずりしてるんだ…。


「…別にメルルの家は貧乏ではないよ。むしろ貴族家の中でも金持ちの部類だね」


 俺が問うような視線を投げかければナナが変わりに答えてくれる。ナナはそのまま目頭に指を当てながらメルルに近づくと、メルルから砂金の入った皮袋を取り上げる。メルルはおもちゃを取り上げられたような子供のようにナナに縋りつくが、ナナは問答無用で砂金の皮袋を背嚢に仕舞いこむ。


「タルテ。砂金を集めてもらったところ悪いが、直ぐに移動できるか?」


「はい…!大丈夫ですよ…!まだ先に向かうんですか…?」


 探索の成果としてこの砂金は十分なもであるため、タルテが戻ることを考えるのも頷ける。しかし、今回の俺らの主目的は中層下部の最初の枝までのルートを確立することだ。まだ、皆もそこまで消耗していないため、ここは先に進むべきだろう。それにたとえ進まないのだとしても、なるべくこの場は早々に立ち去っておきたい。


「進むつもりだが、なにより例の男達の一人がこの沢の砂金に気がついていた節がある。戻ってくるまでにこの場を離れておこう」


 それこそ、水が澄んだころを見計らって人手を伴って帰ってくるつもりであったのだろう。まだ近くに人がやってくる気配はないが、鉢合わせでもしたら相当なトラブルになるだろう。


「それじゃぁ、痕跡は消しとこうか…。といってもタルテちゃんが魔法で集めたおかげで、砂金集めの痕跡は残っていないけどね」


「俺たちがここにいた痕跡も戦闘痕で十分に紛れてる。…みんな、俺の後をついてきてくれ。痕跡が残りづらい道を選択する」


 俺は一歩一歩確かめるように道を選択する。追われている状況でもなければ、その場に痕跡を残さぬように移動することは可能だ。それでも人が通れば、足跡や折れた草木、石にも擦過痕が残ってしまうが、そういった痕跡はタルテやメルルの魔法で隠匿する。


 ここまで徹底すれば、俺らの後を辿ってくるどころか俺らがいたことすら分からないだろう。十分な距離を取ってから、俺らは比較的広めの岩場に腰を下ろす。一際大きく穴の方へと迫出した一枚岩の岩場で、寄ってみれば逆さ世界樹の内部を見渡すことができる。穴の深くではあるが、意外にも清涼な空気がゆっくりと周囲を満たしている。


「…メルルなら見えるんじゃないか?地図によるとあっちの方角にあるらしいんだが」


 俺は休憩しながら、身を乗り出して逆さ世界樹の内部を観察するように見渡す。穴の下部に近づいたからか、底の闇の中では光苔や他の狩人の篝火らしき光が煌いている。まるで地面の底に夜空が広がっているような光景だ。


 その光景を見ながら、俺は奥底の一画を指差した。今いる位置が間違っていなければ、ここから指の示す先に目指す最初の枝があるのだが、下方は暗すぎてここからは確認できない。


「私は見えますわよ。ほら、あの篝火が特に集まっている箇所がそうですわ。その明かりは見えますでしょ?」


「煌いているところですか…?それならなんとか…」


「あの辺りかな?…目の良いハルトも見えないの?」


 夜目の効くメルルが得意気に一箇所を指差す。俺も視力には自信あるが、残念ながらそこまで夜目が効くわけではない。斥候としては弱点となるが、そもそも遠距離でなければ目で見えなくても把握できるため、そこまで致命的ではない。


 それでも全く見えない訳ではないため、俺は目的地と地図を見比べながらルートを選定するように周囲を観察する。


「今この辺はちょうど始点である光の原と最初の枝の中間地点。…ここからは全てのルートが最初の枝に向って集中し始める」


「てことは、他の狩人に会う可能性も増えるって事?…折角、追跡者と別れたばかりなのに…」


 魔物あいてに暴れるつもりであったナナが不満そうに呟く。それを聞いて、同調するようにメルルとタルテが頷いた。


 …俺としても迷宮ダンジョンに来たのに人ばかり相手にするのはつまらない。というか追跡者も蟹が相手にしたので俺らは戦えていない。戦闘は避けるのが狩人の基本ではあるが、我がパーティーは闘争を求めているので、このまま安全に先に進むのは納得しないだろう。


 俺は地図を見ながら、狩人ギルドから仕入れた情報を見返す。…本来の想定ルートからは外れてしまうが、ガイシャから狩人の質が悪いと聞いていたため、念のため情報を仕入れていたルートだ。


 ここまでは光の原から左右に折り返すように降下してきた。ここから最初の枝を目指すには、逆さ世界樹の形状からして当たり前だが右回りと左回りのルートが存在する。光の原と最初の枝の位置関係的には右回りの方が近いのだが、誰しもが左周りを選択するのだ。右回りは歩きやすく距離も短いのだが、如何せん魔物が多いためだ。俺はそのルートの情報を三人に説明する。


「良いんじゃないかな?そもそもハルトとタルテちゃんは魔物や植物を求めて来てるんでしょ?」


「そうだな。もっと深層の魔物で書くつもりだが、ここいらの生態系を見ておくのも悪くない。もしかしたら深層の生態系にも影響している可能性がある」


「魔物が多いってことは…、植物も豊富なはずです…!私もその道がいいです…!」


「それじゃあ、決まりですわね。…なにより、人が少ないのであれば先ほどの沢のように沢山のお宝が…!」


 彼女達はむしろその道に行きたそうにしながら俺の案を肯定してくれる。そして、休憩は終わりだと言いたげに彼女達は荷物を背負い始めた。 


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