第288話 最初の魔物

◇最初の魔物◇


「…着いて来てるな。だいぶ距離が開いてるが、しっかりとこっちを補足してきている」


 光の原を過ぎたあたりから、何者かが俺らを尾行している気配を感じる。視覚にて何者かを確認したいところだが、俺らが通っているのは上下左右に巨大な岩が乱立する岩峰地帯だ。残念ながら岩々が視界を遮り確認することができない。


「魔物?ちょっとこの場だと戦いづらいね」


「いや、衣擦れと金属音がする。恐らく人間だな…。たまたまという可能性もあるが、それにしては間隔が一定すぎる」


 ここからが本当の迷宮ダンジョンだと意気込んでいたが、まさか最初に出てきたのが人間だとは。しかし、相手の全貌が分からなければ迎え撃つのにも危険性が伴う。俺らはなるべく移動速度を変えず、向こうに気付いていると思われぬよう、一定の速度で移動を続ける。


 岩と岩の狭い隙間を通り抜け、棚田のように連なった岩棚を下っていく。岩棚は一つ一つが広く、埃のように積もった土からは苔や背の低い草が生えている。


 ここいらの一帯は浅層の断崖絶壁の竪穴とは異なり、岩壁は非常に凹凸に富んでおり、傾斜の急な山岳地帯といった様相だ。だが、やはり大穴の壁面をなぞる地形であるため、通常の山岳地帯とは異なり、道は左右ではなくに別れていることが多い。そのため、俺らも慣れていないこともあってか、なかなか追跡者を撒くことができないでいる。


「ハルト。まだ来てるかな?」


「ああ、随分慣れた動きだな。…この足元の苔も厄介だな。簡単に通過した痕跡が残りやがる」


「中層で活動している狩人となると油断はできませんわね。…撒けないのであればどこかで対峙する必要がありますでしょうか?」


 少し焦りの色を見せながらメルルが呟く。ここまで俺らの後をつけてくる者は、十中八九、悪意があると見て構わないだろう。それこそ、俺らが女連れであるから目をつけられたのか…。


 どこで敵を迎え撃つべきか。そう思って俺はつぶさに周囲を観測しながら先へ先へと逆さ世界樹を降りていく。すると、前方に新たに先駆者達の痕跡を見つけることができた。


 幸いにもその足跡はまだ新しく、俺たちの進む方向へと伸びている。俺はその足跡を見て、咄嗟にみんなに声を掛けた。


「一端隠れるぞ。タルテは岩や植物で俺らの周りを覆ってくれるか?」


「わ、分かりました…!で、でも…いいんですか…!?まだ、新しそうですよ…!?」


「そうだよ、ハルト。擦り付けることになっちゃうよ」


 俺が何をしようとしているのか即座に察知したのか、タルテとナナから非難の声が上がる。俺が企んだのは、前方へと続いている先駆者の足跡に追跡して来ている者を押し付ける行為だ。もちろん、マナーとしては褒められた行為ではなく、彼女達から非難の声が上がるのも頷ける。


「説明するから先に行動してくれ。補足されたら隠れるのが間に合わない」


 皆は怪訝な顔をするものの、俺を信用してくれているのか傍らの岩陰へと隠れ始める。岩陰と言っても傍から見れば丸見えの状態ではあるが、それをタルテが石や植物で覆い隠してくれる。もちろん、岩陰に至るまでの道のりに俺らの痕跡が残ってはいるが、それもタルテが苔を回復させることで全て消し去った。


 今、俺らの視線の先にあるのは、多少不自然ながらも、真っ直ぐ先に進み続ける足跡だけだ。風壁を張っているため外に音が漏れることはないのだが、三人とも息を潜めてじっとしている。


「随分先に行かれちまってるみてぇだぞ。お前らがちんたらしてるからだな」


 暫くの間、身を潜めていると、俺らの来た方向から数人の男達が現れる。苔に残った俺らの痕跡を辿っているため、間違いなく俺らを着けて来た者達だ。その目付きは獲物を追いすがる狩人のそれで、決して親切心で見守ろうとしている人達ではないことは確かだ。


「おい、足跡の質が変わったぞ?この先で良いのか?」


「俺らに気がついて急ぎ始めたんじゃないのか?」


「かまわねぇよ。どうせ下に逃げるしかねぇんだ。むしろさっさと進んでくれた方が、拠点まで連れ込む手間が省けるだろ」


 男達は痕跡が変わったことに違和感を抱いてはいるようだが、こちらへと続く足跡はタルテが消してくれているため、その場に多少留まりはしたものの、そのまま先へと続く足跡をたどり始めた。


「…で、どういうこと?もしかして後ろから強襲するつもり?」


 男達が消えてしばしの時間がたってから、ナナが俺に問いただしてきた。メルルやタルテも同様のようで、俺の答えを求めるように見詰めてくる。


「まずあの足跡の先には、俺らに悪漢を押し付けられた可愛そうな人間は存在しない。疑問に思わなかったか?あの足跡は唐突に始まっていただろ?」


「唐突に…?」


 俺の答えを聴いて、三人は岩陰から慎重に抜け出して、男達が辿っていった足跡を観察し始めた。数人の男達が通過して行ったことでだいぶ荒らされてしまってはいるが、俺の言うとおり謎の足跡は苔原の中央からいきなり始まっている。


 飛んでこの場に降り立ったか、タルテのように木魔法で足跡を消すでもしない限りこんなところから足跡は始まらないはずだ。まさしく雪原を舞台にしたミステリ小説にでも出てきそうな状況だ。


偽る妖魔プーカだよ。悪知恵の働くあいつらは、人や獣が痕跡などを追ってくることを知っている。だから故意にこうした足跡を残して罠にはめるんだよ」


 洞穴小鬼ゴブリンにも似た偽る妖魔プーカは下手糞な変化の魔法を用いる。下手糞な変化であるため、竜などの強者に化けることはできないが、手を翼に変えたり、足を人間の靴に変える程度ならば行えるのだ。そして小賢しい彼らはその変化を使って容易く他者を罠にはめる。


 俺らの目の前に現れた足跡も、そんな彼らの罠の一つだ。獲物だと思って追ってくる者を逆に討ち取るための罠。その足跡の先は危険地帯だ。大抵は自分たちと半共生関係にある魔物の巣であることが多いといわれてる。


 俺が気付いたように、よく観察すれば不自然な箇所だらけの足跡であるため、男達が気付くかどうかはちょっとした賭けではあったが、まんまと彼らは偽る妖魔プーカの罠に嵌ったのだ。


 偽る妖魔プーカの罠と見破るための要点を三人に説明していると、どこか遠くの方から男達の悲鳴がこだました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る