第286話 危険なシノギ

◇危険なシノギ◇


「それじゃ…、ハルトさん…入れちゃいますね…!」


 そう言ってタルテは手に持った数々の薬草を俺のかき回す鍋に投げ入れていく。白濁したスープに彩が加わるが、彼女の持ち込んだ薬草は独特な形状のものが多いため、どうしても魔女のかき回す鍋のような印象が拭えない。鍋の中に入れられた獣の骨がより一層それを引き立てているのだろう。


「なぁ、タルテ。子供達にはちょっと重過ぎないか?飢え気味の子には消化のいい物の方が…」


「大丈夫です…!消化を助ける薬草を入れましたので…!それよりも、煮えた骨から肉をこそげ取っちゃいましょう…!」


 廃棄予定の牛骨と、間引き菜のスープ。近くでは料理の完成を今か今かと待っている子供達の姿も見える。俺とタルテは協会の主催する炊き出しに手伝いとして参加しているのだ。俺ら以外にも、シスター達が忙しそうに動き回り、俺らと同じように大釜でスープを煮込んだり、パンを運び込んだりしている。


 別に昨日のガイシャの語った飢える子供達に心を痛めて、炊き出しの手伝いに買って出たわけではない。単に今日はナナとメルルが別行動をするため、タルテと一緒に行動をしようと付いてきたのだ。


「ほら、取り終わったぞ。そっちの骨も貸してくれ」


「おお…!風の力で…!流石ですね…!」


 骨を小型の竜巻に閉じ込め、こびり付いた肉を剥がしていく。もしろん肉は飛び散らすことは無く、全てを鍋の中に落とし込んでいる。俺は他のシスターの担当している鍋の方も渡り歩き、面倒な肉のこそげ落としを変わりに終わらせていく。


「ほら、子供達。配給の方を始めますよ。まずはこっちのシスターのところに並びなさい」


 シスターの前に子供達が並びだし、水を張った桶で手を洗わせる。石鹸は無いが、代わりに水には闇魔法が込められているため、殺菌消毒効果は十分というわけだ。


 俺も足早にタルテの元に戻り、配給作業に従事する。子供達から器を受け取っては次々とよそっていく。…街の規模から考えても、孤児の数が多い気がする。恐らくは迷宮ダンジョンで亡くなった狩人の子供だろう。いくら逆さ世界樹が比較的安全とはいえ、危険が当たり前の迷宮ダンジョンの中ではという話にすぎ


「ハルトさん…。この街の子供達の栄養状態は良いほうですよ…。街が裕福なのもあるでしょうし…多分、昨日の話のように稼ぐ術がありますから…」


「まぁ、ネルカトル領もこんな感じだったな。…冒険者の街アウレリアも孤児は多かったが、大量の食料を生産しているだけあって飢えた奴は少なかった」


 それこそアウレリアの魔境には孤児の縄張りがあった。最も街に近い森の一角で、大した物は取れないが、安全な地帯。孤児の縄張りなど簡単に奪うことができるのだが、孤児からそこを奪えば自分たちの狩場に孤児が侵入して、結果的に森が荒れるため、狩人ならば誰も手出しはしない場所だ。


 なればこそ、ガイシャのように子供を利用した違法行為はあまりにも危険な行為だ。子供が逆さ世界樹の浅層で、日々の糧を得る程度のクズ宝石をちょろまかすのは大目に見られる行為だろうが、高価な宝石の運び屋をするとなれば規制する方向へと動くはずだ。今は上手くいっているかもしれないが、逸脱した行為のせいで全面的に禁止される恐れがある。


「だけど…、心配ですね…。ご領主様が上手く対応してくれると言いのですが…」


 タルテも同じ事を考えているようで、不安そうな顔をしながら子供達を見詰めている。しかし、俺らが解決する問題でもないし、解決できるとは思っていない。一番穏便に済むのは、子供達の方から手を引くことなのだろうが、飢えた者がようやく手に入れた林檎を手放すとは思えない。


 俺とタルテは空になった鍋を担ぐと、シスター達と共に炊き出しの片付けへと向った。タルテは不安な気持ちを誤魔化すかのようにゴリゴリと俺の腕に角を擦りつけた。



「あまり良い情報は得られませんでしたわね。買取所は価格を隠したがりますし、宝石商は口先だけばかり。…例の裏流しの宝石も問題ですわ。恐らく詳しく書けば書くほど不明の差額が浮き彫りになりますし…」


 メルルが疲れたように額に指をあて、ため息と共に椅子へと座り込んだ。ナナもそんなメルルの様子を見ながら、苦笑いと共に飲み物に口をつける。


 ナナとメルルが今日、別行動をとっていたのは極秘裏の捜査…、というわけではなく学院に提出するレポートのためにこの街の経済について調べていたのだ。そのため格好も最低限の装備はしているものの、狩人ではなく学生に見える格好をしている。


「買取所は…、領主直営だから腹のうちを探られたくは無いってのもあるんだろうけど、少し怪しかったよね?あの酷い価格はどこまで領主は把握してるんだろ?」


「ああ、彼らが懐に入れている可能性も十分にありますわね。いえ、むしろ確実に入れているでしょう。こうなると詳しい価格は本当に書けませんわ」


 決め付けるようにメルルは言い切るが、確かにありえそうな話ではある。領主は手が回らないからこそ買取所の経営を投げているのであり、監視する目が緩いため彼らは好き勝手している可能性がある。もちろん、領主の主導であの価格が決まっている可能性もあるが…。


「なんなら少し狩人活動を休止して、領主に挨拶しにいってもいいぞ?二人なら会って話ができる身分なんだし、逆さ世界樹の経済効果なんかも教えてもらえるんじゃないか?」


 流石に詳しい金額までは他所の貴族なんかには教えてはくれないだろうけど、どんな風に産業が回っているかなど、調べれば分かることは教えてくれるだろう。それこそ宝石関係は自慢するかのように語ってくれるかもしれない。


「残念ながら、私の場合会って話ができる立場ですが、警戒するだけで快くお話をしてはくれないでしょう」


「そうだね。折角迷宮ダンジョンに来たんだから、次はもっと深くまで潜りたいかな」


 …そういえばメルルは貴族を見張る諜報系の家系だったな。そんな家のお嬢様が来たとなれば、学生のフィールドワークではなく、内部調査と疑ってしまうだろう。ナナも暴れたいようだし、俺らは中層に向けての作戦会議を語り始めた。


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