第285話 飢えに乾くミドランジア
◇飢えに乾くミドランジア◇
「女連れで中層かぁ…。あまりおススメはしないな」
大口でモツを頬張ったあと、それを酒で流し込んでからガイシャは静かに口を開いた。魔法や複数の人類種の存在により、男より強い女性など当たり前のようにいる世界ではあるが、貞操観念は残念ながら逆転していないため、女性を狙う男共はどこにでも湧いてくる。それが文明の光の及ばぬ
「ま、その辺は女狩人なら日常なんだろうが、逆さ世界樹の中層以下は一段と治安が悪い。つうのも、中層、下層は質の良い宝石が出るんだが、安全に効率よく採掘できる場所は限られてくる。そこを幾つかのクランで取り合っているというのが現状だ」
「狩場の取り合いなんて良くある話だが…。そうか、逆さ世界樹の狩場といったら鉱脈だもんな」
「そそ。俺は逆さ世界樹以外にあまり詳しきゃないが、生き物相手にした狩場は季節だったりで動くもんだろ?採掘場所は動かねぇからな」
採掘場所を取り合う陣取りゲーム。ガイシャが言うには交代制にすることで常に人を配置し、採掘現場を独占しているクランも存在しているらしい。あまり褒められた行為ではないが、狩場の原則は早い者勝ちなので狩人ギルドも止めるようには言えないのだろう。
ガイシャは注意すべきクランの名前を指を折りながら挙げてみせる。まさしく逆さ世界樹は戦国時代のように様々なクランが群雄割拠している状態のようだ。稼ぎやすい
「ま、そんなことしてる奴らも進んで諍いを引き起こすつもりはないんだよ。実際、薬草やら魔物目当ての狩人が深くに潜る分にはそうそうちょっかいはかけられない。…ただな、最近は少しばかり下の奴らがピリピリしてるんだ」
「なんだか随分物騒ですわね。何か問題でもあったのですか?例の強制的な買取のせいでしょうか?」
「それがいまいちはっきりしないんだよなぁ。クランによってはノルマもあったりするから買取のせいって話も納得はできるが…、さっき言ったような抜け道を利用しているのはそういった奴らが主だ。なぁ、外で狩人を騒がすような話は上がってないのか?デカイとこは遠征もしてるし外に原因があるかと思ったんだが…」
酒で顔を赤くしたガイシャが頬杖を付きながら気だるげに俺らに尋ねる。俺らは顔を見合わせるが、そういった話を耳にしてはいない。王都は狩人自体は少ないものの、ギルドの本部があるため情報自体は集まってくるため、狩人界隈の事件にかんしては耳に入らないことは無い筈だ。
「残念ながら聞いた事は無いな。あるとしてもここいらの地方で収まるような話じゃないか?少なくとも王都では聞いてはいない」
「そっかぁ…。んん。ああ…。一つだけ、一応、原因とされている噂あるな。…根も葉もない噂だが、だからこそ根掘り葉掘り調べる必要があるかぁ?」
先ほどまで酔って溶けたような顔をしていたガイシャだが、今度は好奇心に満ちたような顔を俺らに向ける。そして目線の高さに匙を掲げて俺らの気を引くように降ってみせながら話し始めた。
「いいか?これは単なる噂。それこそ、友達の姉ちゃんの同僚の妻が聞いたとか体験したとか、そんな根拠のねぇ噂なんだが…」
「おいおい怖い話でも始めるつもりか?」
「いいから聞けって…。まず、前提条件なんだが…、ミドランジアって魔物を知ってるか?古い古い御伽噺に出てくるような魔物なんだが…」
怖い話かと思いきや、むかしむかしと御伽噺の話になった。酔ったガイシャの与太話と聞き流しても良かったが、俺にはミドランジアの名前にどこか聞き覚えがあった。魔物の名前ということで思い起こしてみれば、それをギルドの資料室にて見たことがある名前だと思い起こすことができた。
「…飢えに乾く獣。今で言う災害指定特異個体に類させれる存在だったか?」
「そう、それだ。昔過ぎてソイツが何の魔物の変異種だったかのかも定かではねぇが、そいつが暴れていたのがネムラを含むここいら一帯だったと言われている」
狩人ギルドにあった資料は実際に観察されて書かれたものではなく、過去にはこのような魔物もいたという戒めのような資料であったが、それでも御伽噺というよりは客観的な視点での考察なども書かれていたはずだ。
「確か、元はちょっと強い程度の
「ああ。生態系を根元から崩壊させるような異様な獣。その獣が呪われたことで厄災ともいえる存在へと変質した」
「あの…、呪われたのに…より強くなったのですか…?」
タルテが不思議そうな顔をして俺とガイシャに尋ねる。彼女が言うことも最もで、通常であれば呪われた固体などは弱体化する。しかし、ミドランジアはあまりにもその呪いが特異なものであったのだ。
「その通りだ。嬢ちゃん。神々が呪ったとも、名だたる呪術師が呪ったとも言われているが、問題はその呪いの内容。絶食の呪いと言われるそれは、奴の口に入る全ての命を塩へと変えたと言われているんだ」
ガイシャが得意気な顔でタルテに説明をする。そのミドランジアに掛けられた呪いは食物全てを塩へ変えてしまう。…逆に言ってしまえば牙に触れた者を塩に変えてしまう他者に対しても凶悪な呪いだ。今ではそんな呪術を扱える者もいないため、それこそ神々に呪われたと嘯かれているのだろう。
「そんで、飢えて渇いて暴れたミドランジアは人も動物も草木も塩に変え、最終的にはこの逆さ世界樹に突き落とされたと言われている。ここいらじゃ結構有名な話さ。…実際に、ネムラの広大な岩塩窟には時折、草木や動物の名残のある岩塩が出てくる。やたら美味いのもそのためだって言われてるんだぜ?特にキノコの変質岩塩なんかは高級品だ」
そういってガイシャは調味用として配膳された岩塩を掴み、アピールするように机を叩いてみせる。
「んで、ミドランジアがどう話に関ってくるんだ?まさかそいつが生きてて穴から這い出てきたわけじゃないんだろ?」
「もちろん噂って言ってもそんな与太話じゃねぇよ。…その噂の内容がな、他国の密命を帯びた奴らが、ミドランジアの死体を求めて下層を荒らしてるって話さ。問答無用で採掘をしているクランの縄張りを荒らすもんだから、それが原因で下へ潜るクランが浮き足立っているって訳」
「他国の介入?それこそあまり信憑性がないんじゃないかな…。たとえそんな人達が来てたとしても、噂になるような迂闊な真似はしないでしょ。第一なぜその魔物の死体を?」
腕を大仰に広げながら説明するガイシャにナナが少し冷めたように返答する。確かに根拠のない噂と銘打つだけあって、随分と荒唐無稽な話だ。
「塩だよ塩。なんでもミドランジアの死体を使えば雑草を塩に変える魔道具が作れるって話だ。実際に逆さ世界樹に潜る狩人には、ミドランジアの素材で触れるもの全てを塩に変える剣を作ろうとしている奴もいたらしいぞ」
「筋は通っているようですが…、噂だけあって説得力には欠けますわね」
「だから噂話だって。俺だってそこまで本気にはしてねぇよ。折角、酒が入っているのだからこんな話だって良いだろう?酒飲んで騒ぐところは、狩人は傭兵を見習ったほうが良いぜぇ」
多少呂律の怪しくなったガイシャは楽しげにそう言い切ってみせた。そしてそのままの勢いで、ガイシャは店の奥に向って締めのポリッジとチーズを求める声を響かせた。
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