第284話 持ちつ持たれつ
◇持ちつ持たれつ◇
「いい時期に来たな。ここだよここ。ネムラに来たんならこれを食わなきゃ損ってもんだ」
その男はガイシャと名乗った。このネムラに産まれ、逆さ世界樹と共に生きてきた狩人らしく、ここいらの情報を話すから外の情報をくれと夕飯に誘ってきたのだ。多少は怪しいかとも思ったが、居付きの狩人と流れの狩人が情報を交換し合うのは良くある話だ。
警戒しながらガイシャに案内されたのは、何の変哲の無い飯所だ。周囲は人通りも多く、客層もまちまち。ここであればいつのまにか不届き者に囲まれているといった危険性も無いため、俺らはガイシャを信用してその店の暖簾をくぐった。
「来たときに畜生の群れは見ただろ?冬にはそいつらの何割かを肉に変えるんだが、そうすると余ったモツが街に大量に出回るんだよ。そして冬場の家畜の餌である
テーブルの中央には七輪が置かれ、その上に大きな鉄鍋が取り付けられる。その鍋の中にはたっぷりのキャベツに牛の内臓、そしてその上に覆い隠すほどのアリエットが盛られ、香り付けにニンニクがスライスされている。
自分の自慢をするかのように、得意気にガイシャはその料理の説明をしているが、確かに名物として他人に薦めたくなる鍋料理だ。スパイスのような刺激的な香りはしないものの、アリエットとニンニクの香りが本能に訴えかけるように食欲を沸き起してくれる。
「モツ鍋か。こりゃ精が付きそうだな。味付けは塩か?」
「そこも、ネムラの名産さ。ネムラの塩は他と違って旨みが強い。塩を溶いただけのお湯が上等なスープに変わるってもんだ。…狩人なら慣れているだろうが、内臓が苦手なら野菜を食うと良い。この鍋の主役は内臓じゃなくて野菜って奴もいるからな」
ガイシャはうちの女性陣に気を使って野菜を勧める。残念ながらうちの女性陣は内臓でもモリモリ食べるので、それはいらない気遣いなのだが…。むしろ比較的野菜が好きなのは俺の方で、彼女達は肉食系なのだ。
「おおう…。凄いボリュームですね…。美味しそうです…」
「石掘りの男達はコイツでスタミナをつけるんだよ。家庭の味というよりは鉱夫の飯って奴だな。他にもモツの串焼きやモツの野菜炒めなんかもあるんだがな」
くつくつと美味しそうな音を上げる目の前の鍋を見て、博多のモツ鍋や岩手の炭鉱ホルモン鍋を思い出す。情報交換は腹を満たしてからと言うことで、女性陣が先陣を切るようにして、モツ鍋へと一斉に手が伸びる。
「おい。こっちもおススメだ。店主の奥さんが闇魔法の素質があってな。生で食えるように処理してあるんだよ」
ガイシャが俺に差し出してきたのは所謂レバ刺しだ。上には店主のオリジナルなのか、塩ダレのようなものが盛られている。おススメという声を聞いて横合いから匙が伸びてきて、そのレバ刺しが攫われていく。攫われたレバ刺しはそのまま女性陣の口へと運ばれ、三人は満面の笑みを浮かべていた。
「おうおう。見てて気持ちが良いな。こりゃ気張って稼がなきゃな」
「むしろこっちがいつも助けられているよ。こうみえて三人とも銀級だぞ?」
「マジかよ…。俺なんか少し前にようやく銀になったばかりなんだが…」
男二人、肩身を寄せて小声で話し合う。ガイシャの笑顔には悪意などは無く、純粋に俺らとの食事を楽しんでいるようだ。俺もガイシャも女性陣の合間を縫って鍋に手を伸ばし、モツのグロスで化粧をしたキャベツを食べ始めた。
鍋に舌鼓を打ち、程よく酒が回った頃合から情報交換会が始められる。意外にもガイシャが求めたのは人気の狩場や国内の情勢という狩人に関係するものではなく、王都で人気の宝石やら、昨今のファッション傾向などであり、俺ではなく女性陣が得意気にガイシャに語っていた。
「ほーん。その流行色なら赤系の宝石が映えそうだな。それも華やかな発色の良い奴」
「そうですわね。大粒の宝石で彩るというより、複数の宝石を散りばめた物の人気が増えておりますわ」
俺も宝石関係の鑑定には自信があるが、流行となると女性陣に少し後れを取ってしまう。ガイシャは頭の中で算段をしているのか、酒盃を揺らしながら視線を虚空に向けている。
「まさかそんな情報を欲しがるとは思って無かったよ。だから俺らに声を掛けたのか」
買取所で俺が宝石に詳しいところを見ていたのだろうし、何より女性が多ければその手の話には事欠かないはずだ。
「ああ、あんたらが失敗した買取の話にも関係してるんだぜ?それじゃ、今度は俺からの情報だ。…ここで宝石関係で食ってる狩人はな、みんな色々な方法で買取を突破してるんだよ。仲間に縄を降ろしてもらったり、外に目掛けて遠投したり、中には使役した鳥を使っている奴もいる。…俺が利用しているのは孤児を使った突破方法だな」
身を近づけて、小声でガイシャが言葉を紡ぐ。彼が言う孤児を使った方法とは、俺が逆さ世界樹に入る際に見つけた旧道とも言うべき逆さ世界樹の入り口を用いたものであった。
最初、孤児を使うと聞いて思わず眉を顰めてしまったが、聞いてみれば孤児としても悪くない方法だ。彼の言い分を信じるならば、そもそも孤児達が僅かな足場しかない断崖絶壁の旧道を通って不法に逆さ世界樹の中に入って盗掘をしていたことが最初の発端らしい。確かにそこを利用すれば、狩人の資格がなくても逆さ世界樹の中に入ることができる。上層は安全性も高いので、彼らからすればその日の糧を得るための割の良い方法ともいえるだろう。
そのこと事態は昔から続いていたことであり、中には子供達が危険な目に合っていたら助ける狩人や、二束三文の宝石なら彼らに渡すような狩人もいたそうな。その形が変化したのが宝石が全数買取になってしまったことによるものだ。
「ようするに、特に価値のある宝石が出た場合、逆さ世界樹に潜っている孤児に手間賃と一緒に渡すんだよ。んで、外に出てからガキ共に返してもらう。ガキ共も自分たちが違法に入っていることは理解しているから持ち逃げする心配も無いって訳よ」
「…子供達にとっては…、危険すぎるんじゃ…?無許可で入るのならまだしも…高価な宝石を持ち出すのは…ばれちゃったら酷い目に合いますよね…?」
「そりゃ、もちろん危険だがよ、んなもん孤児からしたら日常なんだよ。むしろ稼ぎが増えたと喜んでいる奴らも多いぜ。…俺も昔はそうしてたからよく分かるよ」
タルテが悲しそうな顔をしてガイシャに語りかけるが、ガイシャはそれは要らぬ心配だと手を軽く振って答える。
…違法と言う点を除けば狩人も孤児も得をしている方法だが、それ故に残念ながら俺らには実行できない方法だろう。ナナやメルル、タルテを違法行為に関らせるつもりは無いし、なによりもしナナとメルルが関ったことが発覚すれば、貴族間の諍いの元になってしまう。
「他に…なにか逆さ世界樹の情報は無いか?一応、中層にも潜るつもりなんだが…」
「中層…?…まあ、銀級ならいけなくは無いだろうが…、今は少し気をつけたほうが良いかもしれない。そうだな。その辺に関して、外の情報ともすり合わせたいな」
宝石はついでの目的であって、メインの目的ではない。そのため、中層のことをガイシャに訪ねると、彼は少し悩むような素振りを見せてから言葉を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます