第283話 明朗会計の不備

◇明朗会計の不備◇


「だいぶ溜まってきたな。宝石も魔物素材も…」


 タルテがモリモリと壁を掘り返してくれるため、小粒が多いが随分と宝石がたまって来ている。また、中層に近いだけあって寄って来る魔物の数も多い。陸泳ヤツメウナギアースランプレイ以外にも牙蛙や岩窟毒蟹、腐食ウミウシグルー洞穴小鬼ゴブリン…。残念ながらどれもこれも大して金にならない魔物ではあるが、解体して有用な部位は剥ぎ取ってある。


 採掘場所を一時的に俺だけはなれ、日の差す箇所にて時間を類推してきたが、もうそろそろ引き上げる時間帯である。しかし、どうにも帰路につくことを言い出しづらい。


「みんな…。そろそろ時間なんだが…」


「なぜ出ないのですの…出るかで無いかの二分の一では…?…止める訳にはいきません…!出るまで掘れば確率十割です…!!」


 メルルが血走った目で壁を掘削しながら、念仏のように何か唱えている。…残念ながら出てきた宝石の大半がタルテの成果で、残りが俺とナナだ。不思議なことにメルルが幾ら掘っても宝石が出てくることは無かったのだ…。


「メルル。もう終わりだってさ。ほら、掘るのを止めて…」


「いつの世も成功する人間は、最後まで諦めなかったものですわ…!後ちょっと…、後ちょっとだけ…!!」


 良いことを言っているようだが、やってることはギャンブル依存症のそれである。諦めたらそこで試合終了だが、試合が終了したら諦めなければならないのだ。


 …前にカジノにいったときは特に問題は起きてなかったが、やはりメルルは賭け事に熱くなるタイプのようだ。お嬢様の演技が剥がれ、お間抜けなところが露出している。


 結局はナナに羽交い絞めにされるように岩壁から引き離され、落ち込んだように帰りの支度をし始める。そして、そのついでと言わんばかりに、メルルは励まそうと近寄ってきたタルテを抱きしめ、精神的安寧を図り始めた。…運気を吸い取ろうとしているわけじゃないよな?


「…ナナ。前にカジノ行った時は大丈夫だったのか?俺は直ぐに別れたから、タルテがナイフ投げをしていたとこからしか知らないんだが…」


「ハルトと分かれた後は、必勝法があると言いながら全額賭けて、即座に一文無しになったよ」


 俺の問いにナナがさも当たり前のことを答えるように言い放った。…そこまで面白ムーブをしてたとなると、見ていなかったことが悔やまれるな。


 俺らは今日の成果を仕舞いこみ、ここまで来た道を引き返していく。坑道を上り詰めていくにつれ、次第に他の者が掘削している音も大きくなってくる。この迷宮ダンジョンは基本的に日の光が差さず、夜間でも地中にあるためか昼間との温度差がほとんど無いため、昼夜の境なく採掘している者も要るらしい。…そのことはメルルには気付かれないようにしないとな。出るまで篭ると言い出しかねない。


 幸いにも、特に戦闘が発生する事は無く、逆さ世界樹の入り口へと到達する。階段を上りきれば西日が俺らの姿を照らし出し、街からやってくる風は人々の営みの匂いを纏っている。


「んんぅ…!やっぱり外の方が気持ち良いですね…!」


 外の空気を吸いながら、タルテが今までの緊張感を解すかのように背伸びをする。夜通し掘削する者もいるらしいが、それでも俺らと同じように夕暮れには引き上げる者が多いようで、周囲は狩人達の姿で混みあっている。


「ああ、そういえば買い上げだったな。他に行くことも出来ないし、さっさと並んじまおう」


「…これならば、空く時間帯まで掘っていても良かったのではないのですか…」


 メルルが未だに心残りがあるようにそう呟くが、その気持ちは解からなくは無い。逆さ世界樹の入り口から街のほうへと向うには、狩人達で混みあっている宝石類の買取所を通過する必要があるのだ。


 宝石を懐に入れる者を防ぐためだろうか、周囲はぐるりと柵や壁に覆われており、見つからずに抜け出すというのはほぼ不可能だ。せめて露店などがあればそこで空くまで暇を潰せるのだが、残念ながら足を運べる場所は買取所しか存在しない。


「あい、次。取ったもんは全てここに出して。…ああ、潜るのは初めてか?魔物素材はあっちに出しな。狩人ギルドの奴らが見てくれるよ」


「じゃあ、ハルト。私が素材の方を提出するよ。全部買取で良いんだよね?」


「ああ、頼む。納品依頼に該当するのが出てたら受注処理もしといてくれ」


 漸く俺らの番が回ってくれば、カウンターに座った髭もじゃのおっさんが、ぶっきらぼうに声を掛ける。指示に従って宝石を髭もじゃのおっさんの前に並べ、魔物素材は別のテーブルにへと積み重ねた。買取所は窓口が多く、一つ一つは手狭な造りだが、どうやら狩人ギルドの納品所も併設されているようで、魔物素材の売却もここでできるようだ。


「ふうん。初めてにしちゃ随分な量があるな。ま、質はそこそこか」


 髭もじゃのおっさんは俺らが取ってきた宝石をランタンの明かりに翳し、拡大鏡で精査しながら手元の紙に種類やら価格やらを書き込んでいく。やはり、慣れているのか次々と宝石の鑑定を終わらせ、ナナが魔物素材の売却を終えて戻ってくる頃には大半の鑑定を終わらせていた。


「あい、終わったよ。これが金額の合計。ここにサインしな」


 鑑定を終えた髭もじゃのおっさんは、手元の紙を俺に突き出した。しかし、その価格を見て俺は思わず眉を顰めた。


「おい。これは流石にあんまりじゃないか?…少なくてもこのアクアマリンは明らかに可笑しいだろ?」


 確かに宝石の原石の価格付けは難しい。傷や形状によっては最終的に半分以上を研磨することだってざらにあるため、どのように加工するかも意識して見極める必要があるからだ。


 しかし、髭もじゃのおっさんが付けた価格はおおよそ最低値に近い価格だ。…いや、まだその辺は許せるかもしれない。最低値に近いといっても適正価格内での最低値だ。だが、俺の指摘したアクアマリン。それに付けられた価格は適正価格の範囲を逸脱している。


「おいおい、よしてくれ。こっちは明朗会計でやってるんだ。そこに価格指標があるだろ」


 髭もじゃのおっさんは傍らに置かれた木簡を指差す。その木簡は狩人に向けたものではなく、どちらかといえば鑑定人に向けられたものだが、そこには宝石の種類とサイズ、透明度ごとの指標となる価格が書かれている。


 …確かにその木簡に書かれた価格に従うのであれば、アクアマリンは指標どおりの価格だろう。しかしその説明では到底納得することができない。


「いやいや、その木簡には書かれてないが問題はこのアクアマリンの発色だ。ここまで綺麗な青を出すアクアマリンは早々無いだろ?この色なら倍以上で取引できるはずだ」


「ここは商談するところじゃないんだよ。あんたにできるのはここにサインをして金を受け取るか、ごねて宝石を取り上げられるかのどちらかだ。…この価格指標だってあんたらが度々ごねるから態々金額を明確化したんだぞ」


 俺はその指標に不備があると言いたいのだが、髭もじゃのおっさんは取り付く島もない。さっさと宝石をしまうと、金と共に鑑定書を俺へと突き出した。


「ハルト様。ここはサインしておきましょう。荒げても事態は好転しませんわ…」


 ギャンブルには弱くても、その辺の機微には敏感なメルルが俺に耳打ちをする。俺はその声を聞いて、渋々と鑑定書にサインした。


 俺は怒るというよりは意気消沈して買取所を出る。買取は領主直営店の独占市場と聞いて少し嫌な予感はしていたのだが、ここまで適当な商売をしているとは思わなかった。大方、狩人に宝石の正しい鑑定など理解できないと思っているのだろう。


「兄ちゃん素人だな。この街に来たばかりだろう」


 買取所を出たところで大きくため息を付く俺らに向かって背後から声が掛かる。そこに居たのは俺らと同じように狩人の格好をした一人の青年だ。目深に被ったハンチング帽に土汚れた布鎧、そしていかにもお調子者ですと言いたげなニヒルな笑みを浮かべて俺らのもとに歩み寄ってきた。


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