第282話 地底のお昼ご飯

◇地底のお昼ご飯◇


「それでは早速、掘っていきましょうか」


 タルテの指差した壁に向って、メルルが片手剣を構える。もちろん片手剣で掘削するのでは無い。

血液が彼女の剣に絡みつくように纏わり付き、剣先に彼女の円盾を接続する。そして円盾の周囲には細かな血液の刃が連なり、目に見えぬほどの速度で回転し始める。


 メルルは足を大きく開き腰を落として構えると、回転ノコギリを強固な岩盤に向って押し付ける。他とは一味違う機械音のような掘削音を響かせながら、岩壁が土砂へと変わっていく。


「私も掘っていきますね…!負けませんよ…!」


 メルルと競うようにその横にタルテが並ぶ。彼女の手甲ガントレットはギチギチという音を立てながら、通常よりも二周りも大きく成長する。彼女の体格からして不自然なほどに大きくなった手甲ガントレットは、指先も刃物のように鋭利な爪に変質しており、彼女はその爪を岩壁に付きたてる。まるで粘土を捏ねるかのようにして、彼女は岩壁を次々と崩していく。


 彼女達を尻目に、俺とナナは素直に鶴嘴を壁に打ち付ける。正直言って掘削はメルルとタルテに任せておけば良いのだが、折角の機会なのだから俺も探窟をしておきたい。こうみえて前世は炭鉱夫と呼ばれたハンターだった時期もあるのだ。


「ねぇ、ハルト。やっぱり魔法使っちゃだめ?」


「崩落の危険性があるから止めてくれ…。…そんな目をしたって許可しないぞ」


 圧倒的なメルルとタルテの掘削スピードを見て、ナナが羨ましそうにそう呟いた。確かにナナの魔法で岩壁を爆破すれば、瞬く間に掘削が終わるだろうが、こんな地の底でその採掘方法を採用するのは狂気の沙汰だ。


 ナナがもう少し爆破の威力をコントロールできればその手法も候補に挙がるのだが、残念ながら彼女の火魔法の質は燃焼に偏っているため、爆破系の魔法は不得手なのだ。因みにわが妹は逆に爆破に偏っている。マジェアの炎は何故か重くねっとりとしていて、ニトロのように爆ぜるのだ。


 一心不乱に岩壁を四人で削っていると、唐突にタルテが掘削を止める。それを合図として他の三人も、ピタリと掘削の手を止めた。これは事前に決めていた決まりの一つだ。


 タルテが掘削を止めれば、他の皆も掘削を止める。それは岩壁の中を察知できる彼女の最も早い合図だからだ。俺らは鶴嘴を捨て、各々の武器を抜き放った。


「風には異変は無いぞ。壁から来るのか?」


「はい…。不自然な振動が続いています…。ただ、こんな堅い岩盤の中をどうやって…」


 タルテが壁に手を当てたまま周囲を探り、俺らはそんなタルテを守るようにして周囲に布陣する。彼女が感じた何かはどうやら壁内を移動しているらしい。そういった魔物にもいくつか心当たりがあるため、脳内で必死に索引する。


「…!?来ました…!直ぐ真下です…!」


 タルテの声を聞いて、俺は反転しながらその場を飛び退く。ナナもメルルも同じようにして飛び退いたのだが、叫んだ本人であるタルテは飛び退くのではなく飛び掛ると同時に地面を殴りつけた。


 硬質な岩を砕く音に重なって、グチュリという湿った音が鳴った。カウンターを合わせるようにして、タルテが飛び出してこようとした魔物を打ち据えたのだ。しかし仕留めるには至らなかったようで、体液を撒き散らしながらもソイツは殴りつけた地面から飛び出してきた。


「ワーム…じゃねぇな…!陸泳ヤツメウナギアースランプレイだ!」


 目のような八つの感覚器官、放射状に並んだノコギリ状の細かい歯。円形の異形とも言うべきその口からは、粘性を持った唾液をあたりに振り撒いている。その丸太ほどの太さの細長い体は粘液に覆われており、タルテの光球の光を受けてテラテラと怪しく光を反射している。


「んん…!あのヌメリで衝撃をそらされました…!」


「タルテ!地面を掌握してくれ!こいつは潜る魔法を使う!」


「はい…!分かりました…!」


 悔しがっているタルテに即座に指示を出す。コイツは魔法で自分の周囲の土を軟化させて、まるで泳ぐように土中を移動するのだ。折角出て来てくれたのに、放っておいたら地中にへと逃げてしまうことだろう。しかし、タルテが地面に魔力を込めてくれればそれを防ぐことができる。潜ろうとしている地面がタルテによって支配されているため、奴は地面を軟化させることができないのだ。


「なんですの!?すっごい滑りますわ!!」


 メルルが回転ノコギリを押し当てるが、粘液に覆われた体は刃を逃がし、中々切り裂くことができないでいる。しかし、陸泳ヤツメウナギアースランプレイは何とかして地面に潜ろうと頭をこすり付けるようにしてもがいているだけだ。粘液による物理耐性は厄介だが、最初の不意打ちと逃走を防げたのならば、さほど脅威的な魔物ではない。


「ナナ。その剣で焼きながら切ってくれ。確か熱に弱かったはずだ」


「了解。…弱点はこの頭かな?」


 ウナギの目打ちをするように、ナナは炎の魔剣フランベルジュ陸泳ヤツメウナギアースランプレイの頭部付近に突き立てる。触れるものを即座に焼くその剣は、粘液の特性をいとも容易く焼失させ、そのまま抵抗無く命すらも焼き切っていく。


 一瞬、身を焼かれる痛みに大きく暴れたが、俺とメルルがナナを守るように押さえ込む。そして、陸泳ヤツメウナギアースランプレイは白い煙を上げながらそのままゆっくりと力尽きた。


「………」


「…そろそろ…、お昼時じゃないですか…?」


「…一応、食べられるぞ。珍味の類らしいがな」


 火は発生していないため特に換気はしなかったのだが、その代わりに陸泳ヤツメウナギアースランプレイの焼かれる良い匂いが空間に充満する。タルテはジュウジュウと美味しそうな音を立てている炎の魔剣フランベルジュをひたすらに見詰めている。


 …こうなってくると、下手に換気をして匂いを広げれば、魔物を呼び寄せてしまう可能性があるな…。


 流石にこの匂いの中、採掘する気には俺もなれない。俺らは示し合わせたかのように背嚢の中から食料を取り出した。


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