第281話 洞窟って良いよね

◇洞窟って良いよね◇


「おぉう。圧巻だな。…蝗が湧いてきたりしないよな?」


 このネムラの街に着いた翌日、俺らは早速逆さ世界樹に潜るために迷宮ダンジョンの入り口へと来ていた。


 俺の眼下には大きく口を開けた逆さ世界樹の穴が広がっている。穴や洞穴と聞くとどこか鬱蒼としたイメージを抱いてしまうが、逆さ世界樹にはそのイメージは当てはまらない。確かに穴の奥底は見通すことも敵わぬ闇を蓄えているが、大きく開いた穴の大口からは、太陽の光が惜しみなく降り注ぎ、逆さ世界樹に生きる生命を照らしている。


 向かい側の穴の淵から流れ込む川の水は、細い白糸の滝となって穴の中に消えていき、その過程で霧となった水が太陽光を乱反射し虹を作り出す。その霧が岩肌へと降り注ぎ、様々な植物を育んでいる。


 空気も澱むことは無く、まるで大地が呼吸するように穴の中へと風が吹き込んでおり、その風に乗って複数の鳥が群れを成すように飛び立っていく。チャイロツバメ、またの名を崖ツバメ。外敵から身を守るために崖に営巣する彼らにとって、この大穴の絶壁は願っても無い形状なのだろう。


「ハルト。いつまで覗いているつもり?早く入り口に向おうよ」


 鳥に習って風に身を躍らせれば、一気に最下層まで向うことができるだろうか。そんな馬鹿なことを考えていると背後からナナの声が掛かる。入り口と言われて、俺は直ぐ近くの穴の淵から続いている、拳数個分の幅しかない細々とした道を見据える。いや、道と言うにはあまりにも粗雑で危険性に満ちている。通るには必死こいて崖に身を押し付けながら進む必要があるだろう。


「最初から随分と過酷な道だな。やってやろうじゃないか」


「何言ってますの。そちらはいまは使われておりませんわ。今の入り口はあちらですわよ」


 過酷な入場ルートに意気込む俺に、背後からメルルが冷ややかな声を掛ける。彼女の指差す方向には逆さ世界樹から離れた位置に掘られた下り階段が見える。そこは受付や狩人相手の商店なども並んでおり、中々の賑わいを見せている。


「そういえば…、そんなもん地図に書いてあったな。安全に出入りできるように横合いから掘ったんだっけか」


 上層に広がる坑道に繋がっている大階段。今はあれが正規の入り口だ。…でも折角なのだからこちらの大穴から入ってみたかった。なんだか脇道から侵入しているみたいだよな…。


 まるで遊園地の入場ゲートのような受付を通りながら、俺らはその地下へと続く階段へと足を踏み入れる。決して遊園地なんて生易しい場所ではないのだが、俺らの間に漂う高揚感は、ある意味遊園地へと踏み入れる子供と似たようなものかもしれない。


「この辺は…特に何もいませんね…。単なる隧道です…」


「人の手の入った入り口だからな。上層の辺りはどこも人が切り開いた道だからだいぶ通りやすいはずだぞ」


 タルテが壁に手を当てながら周囲を探索し、小さな声で呟いた。このような地形では土魔法使いであるタルテも岩盤の振動を感知することで索敵をすることができる。むしろ、近場であれば岩壁の向こうにある空間の有無も察知できるため、俺の風を用いた索敵よりも有用な場面もあることだろう。


 地図を片手に、警戒をしながらも足早に先へと進む。周囲からは同業者と思われる者たちの鶴嘴の音が、こだまするようにして響いている。入り口から注いでいた日の光はとうに無くなり、タルテが発動した光球の魔法だけが、辺りを青白く照らしている。


「魔物というより狩人の方が賑やかだね。まだ迷宮ダンジョンの中に入ったって気がしないよ」


「それでも完全に油断はできないぞ。ほとんどは取るに足らない魔物だが、中には掘削音を聞いて寄って来る輩もいるからな」


 ナナが宝石や鉱石を求める狩人の活動音を聞きながら、その賑やかな様子に感想を述べる。確かに身を潜めることの多い狩人が狩場で大きな音を立てることは珍しい。それどころか、近場で何者かが活動していること事態が新鮮なものなのだろう。


 暫く進めば、前方に日の光が見え始める。もちろん地上に出たという訳ではない。隧道がとうとう逆さ世界樹へと到達したのだ。隧道にぽっかりと開いた巨大な窓のような穴からは、少し前に地上で見たような光景が広がっている。


 ようするにここは逆さ世界樹の大穴の絶壁に開いた横穴なのだ。上層の入り組んだ坑道には、このような窓がいくつもあり、その窓から他の壁面を見てみれば、同じような窓を簡単に見つけることができるだろう。


「さぁ、こっからは一気に隧道が蟻の巣のように広がるからな。自分の通った道を忘れるなよ」


「そういうハルト様も心配ですわ。一人で先に進まないで下さいね」


 逸る俺をメルルが嗜めるが、それでも未だ見ぬ未知へと向けて俺の足はどうにも軽くなってしまう。


 既に今日の探索の目星は皆と相談して定めている。今回は様子見であるため中層には向わず、浅層だけの探索で済ませる。もちろん、ただ歩き回るだけでは何にもならないため他の狩人と同じように探掘をする予定だ。


 四人連れ立って坑道を奥へ下へと進んで行く。最初の方は他の狩人の姿も見かけることがあったが、ここまで来るとその姿もとんと見えなくなる。それどころか、煩く響いていた鶴嘴の音さえも今はどこか遠くで響く程度だ。そうして、俺らは目的地と定めていた一帯へとたどり着いた。


「確かにここいらは穴場のようだな。まずはこの付近で掘ってみようか」


「それじゃ…!このへんを調べますね…!」


 タルテが壁に手を当てて内部の構造を探る。ピンポイントで宝石や鉱石を見つけることはできないらしいが、硬度や強度が極端に違うものがあると、それを感知する事ができるらしいのだ。


 タルテが周囲を探っている中、俺も今一度周囲の状況を確認する。ここは浅層の中でも中層に程近い場所だ。そのため他よりも危険度が高いことに加え、何より固い岩盤に囲まれているような場所であるため非常に掘りづらく、他の狩人があまり立ち寄らないのだ。


「んむむ…!変な形の大地ですね…。不自然というか…ごちゃごちゃしてるというか…。それでも見つけました…!あっちの壁の向こうに、うねりの様な層を感じます…!」


 タルテがはしゃぎながら近場の壁を指差す。大地に大穴が開いてて何をいまさらという状況だが、この土地の地形が不自然なのは逆さ世界樹の資料にも記載されていた。この土地は地形学的に同時出土することが有り得ない鉱石や宝石の組み合わせが出土したり、単体で大粒の宝石が存在していたりと異様な形態にあるらしい。


 だからこそ迷宮ダンジョンなのだ。超常の法則がまかり通る異界とも称される土地。それ故にこの土地の人間は宝石のことを世界樹の実りと呼称するのだ。


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