第280話 私の宝物

◇私の宝物◇


「注意事項はこのぐらいですね。細かなところはこちらの書付に記載してますのでよく目を通して置いてください」


 街について宿を押さえると、俺らは早々に狩人ギルドへと足を運んだ。迷宮ダンジョンのある街のギルドであるため、他の街のギルドとは様々なところで様式が異なっている。


 例えばその内装もどこか独特なもので、受付のカウンターテーブルや納品窓口のテーブルなどは、天板も足もやたら分厚く、確りとした造りになっており、どこか重厚な雰囲気を纏っている。恐らくは鉱石などの重量物が乗せられることが多いからなのだろう。


 更には、依頼の張り出されている掲示板。そこには逆さ世界樹関係以外の依頼が驚くほど少ないのだ。魔物溢れるネルカトル領と比べるのもおかしな話かもしれないが、それでも討伐依頼の類がほとんど無いのだ。…やはり道中に見たオークの森は植林してできた人工林なのだろうか。


 そして、俺らがこうして受けている説明会のようなものもこのギルドなわではの物だ。狩場にはその土地独自のルールなどがあったりするが、迷宮ダンジョンである逆さ世界樹はそのルールも特異な物が多く、利用するためにはこうした説明を確りと受ける必要があるのだ。


「特に柱の破損には注意してくださいね。故意ではなくてもペナルティが発生しますので、そもそも柱付近では戦わないことをお勧めします」


「それは分かりましたけど、掘り進める場合の柱の間隔の指定はないんで?」


「その辺りは掘削者に一任してます。柱が必要なほど掘れるチームには土魔法使いが居るはずですので、柱の塩梅はお手の物でしょう?」


 そう言ってギルド員のお姉さんはタルテに視線を投げかける。


 彼女が説明してくれた柱も逆さ世界樹特有のルールであろう。逆さ世界樹はひたすら垂直の絶壁を降りていくのではなく、穴に沿うようにして岸壁を下方向へと掘り進んでいる。そのため浅層ともなると掘り過ぎてスカスカになっている箇所もあるため、下手に柱となっている石柱を壊すと崩落の可能性もあるのだ。


 他にも狩人ではなく鉱夫達の縄張りのため立ち入りが禁止されている坑道や、死人が多く出ている危険箇所、構造上の問題があるため掘削が禁止されている箇所など、注意事項は多岐に渡る。


 一応は目の前に広げられている坑道地図に細かく注釈されているため、これを写せば一通りの注意事項は知ることができる。…そしてこの坑道地図を写すことも、逆さ世界樹への挑戦の条件となっているのだ。


「あのあの…、ここに霧草の原ってありますけど…、大穴の中に野原があるって事ですか…?」


 俺が必死に地図を模写していると、タルテが地図の一部を指差してギルド員のお姉さんに訪ねかける。お姉さんは嫌な顔一つせず、笑顔でナナに向き直った。


「はい。入り口の周囲が断崖絶壁なので勘違いされがちですが、中層辺りになりますと突出した大きな岩棚や逆に大きく窪んだ穴倉なども増えてきます。広大な穴なので全体的に見ればそこらも絶壁に見えますが、実際に降り立ってみれば、意外にも起伏に富んだ構造になっていますよ」


 世界樹の大きさから見れば人なんて蟻以下のサイズだ。そんな矮小な視点でみれば、樹皮の凹凸、虚や瘤などもかなりの大きさになってしまうのだろう。


 そしてそういった場所が、この逆さ世界樹の生態系の面白いところの一つだ。その岩棚や穴倉は一つ一つが隔絶されているため、前世でいうテーブルトップマウンテンのようにその場だけで生態系が完結していたりするのだ。


「へぇ…。その辺りでも鉱石は取れるのですね。むしろそちらの方が狙い目かしら?」


「ええ。やはり実りは枝の方に付くらしく、下層の方が質の良い宝石が取れることが多いですね。…ただ、逆さ世界樹は見ての通り穴を下っていくという特殊な能力が求められます。あまり無理をせずに慎重に慣らしていって下さい」


「ふぅん。良い宝石が取れたらハルトに何か作ってもらおうか?その…、学院のパーティーなんかにも付けていける物を…」


「構わんぞ。もとよりそれも目的の一つ出しな」


 俺が逆さ世界樹を行き先に選んだのは、宝石を入手するためでもある。ナナやメルル、タルテにプレゼントするだけでなく、原石を俺がカッティングし宝飾品にしてから売れば彫金の練習にもなるし、利益もその分見込めることができる。そろそろ彫金ギルドに作品を提出しなければいけないしな。


 …学院で売りさばくという方法もあるな。学生がつけていても不自然じゃない程度の華美で、それでいてちょっと背伸びすれば買える程度の価格帯に納めれば…。上手くブームを引き起こせれば結構売れるのではないだろうか…。


「あの…、宝石は…残念ながら全数買取となっていまして…」


 俺が皮算用をしていると、困ったような顔をしてギルド員のお姉さんが告知事項の一つを指差す。そこには狩人が手にした宝石であっても、領主の経営する下取り店にて売却の義務が課せられると記載されていた。


「あえ?王都のギルドじゃそんなこと書いてなかったけど…」


 しかもギルドではなく領主経営の下取り店?納品受付の重厚な造りからして、ギルドで鉱石、宝石の買取をしているのだと思ったのだが…。


「すいません。去年からなんですよ。本部にもその報告は上げているのですが…」


 確かに俺が確認したのは迷宮ダンジョンの様相を纏めた資料だ。どんな構造だとか、どんなものが採取できるか、どんな魔物が出現するのか、そういった攻略に必要な情報が纏められている資料であったが、制度とか規律に関してはあまり詳しく記載されていなかった。恐らくは受付でそのあたりの情報を催促すれば入手することができたのであろうが…、少しぬかってしまった。


「私達も一応、抗議はしたのですよ?ですが、採掘は狩人の本業ではないこともあって…、そこを突かれてしまうとどうにも弱くてですね…」


 たとえ迷宮ダンジョンであっても、そこは領主の管轄の範囲内だ。迷宮ダンジョンすらも拝領している領主の持ち物であるため、そこで取れた物の所有権を領主が主張するのは何もおかしくはない。流石に没収なら大問題だろうが、買取であるならば文句を言うこともできない。


「ほら、王都からいらしたのなら聞いたことがありませんか?王妃様がネムラ産以外の宝飾品を重宝し始めたことを…。それで領主様が躍起になっているみたいでして」


 流石に君達ぐらいの年頃じゃ話さない話題かしらと続けて言いながら、受付のお姉さんは繕うように微笑んだ。その言葉を聞いて、俺は嫌な予感と共にナナへと視線を投げかけた。宝石の産地として名高いネムラではあるが、最近は宝石の産地としては乏しいものの彫金の技術で食らい付いてきた領があったはずだ…。


「…それはもう高評だったらしいよ。特に私の宝物シサヴロス・ムと名付けられたピンクダイヤとグリーンダイヤのネックレスは、式典でも度々身に付けて頂けるほど愛用して頂いているみたい…」


 ナナは俺の視線に答えるようにして、小さくそう呟いた。


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