第278話 ネムラの逆さ世界樹

◇ネムラの逆さ世界樹◇


「ここなんかいいんじゃないかな?危険性もそこまで無いみたいだし、何より冬でも春のようなんだって」


 秋晴れの雲一つ無い青が眩しい中、俺らは狩人ギルドの資料室に篭っていた。流石は王都の狩人ギルドと言うわけか、国内各地の狩場の情報が纏められた他では見ない規模の資料室であり、手入れも細やかなとこまで行き届いている。


 それもそのはず、この資料室は王都周辺の狩場だけではなく、地方から送られてきた情報をも纏められているため、情報量が格段に多いのだ。利用者も狩人よりギルド員の方が多く、さながらこの国の狩人ギルドの情報集積地の一つというわけだ。


 だからこそ、この国どころか国外の迷宮ダンジョンの情報さえも当たり前のように置いてある。ナナが俺らの前に広げてみせた迷宮ダンジョンも、王都ではなく北方の領に存在する迷宮ダンジョンだ。


「天空園ですか…。確かにそこは常春の迷宮ダンジョンのようですが…、その周囲は豪雪地帯ですわよ?」


 メルルがテーブルの上に広げられた天空園と呼ばれる迷宮ダンジョンの資料のうち、所在地を軽く叩くように指差す。


「雪山にある常春の花園…。迷宮ダンジョンの中の方がすごしやすそうですね…」


 迷宮ダンジョンと呼ばれてはいるものの、迷宮となっている迷宮ダンジョンはほとんど無い。大陸中央部に有るといわれている神代の大迷窟という迷宮ダンジョンが世界的に有名であるため一緒くたに迷宮ダンジョンと総称されているのだ。


 迷宮ダンジョンには特殊な生態系が築かれており、それを目当てに狩人の集まる場所であるため、魔境と呼ばれる人類未踏の地と近しいものがあるのだが、大きく違う点が一つある。一般には世の法則から外れた地と表現されているが、俺から言わせて貰えばバグが発生した地だ。


 世界が生成される過程で何かしらのバグが発生した土地。それが迷宮ダンジョンだ。言ってしまえば土地が呪物となってしまった場所だ。そのため迷宮ダンジョンでは通常じゃ考えられない現象が発生するのだ。広義では始まりの地や妖精の小道も迷宮ダンジョンに含まれるかもしれない。


 常に隆起し常に崩落する剣岳ツィンギベマラ。命の量で潮流が変わるノースミリネル島。持ち出すためには等価物を捧げなければならない大地の裂け目ラダフォール。迷宮ダンジョンごとにその法則は様々だが、中にはまともに活動もできない過酷な迷宮ダンジョンも多数存在する。


 ちなみに物語のように宝箱がポップする迷宮ダンジョンも存在する。神代の大迷窟がそのタイプの迷宮ダンジョンだ。人が活動していた土地が迷宮ダンジョンになった場合、その土地に残る人々の記憶のためか、人にとって価値のある物が生成されるのだとか。…同時に人を討ち取るための罠も生成されるらしいが…。


「ここなんてどうだ?俺とタルテがいれば狙い目だと思うんだが…」


 実を言うと、今後の冒険のために多少は調べてはいた。今俺が取り出した資料もそのときに目をつけていた迷宮ダンジョンだ。場所は王都より南東の領地。多種多様な鉱物や宝石が取れるため、金になる迷宮ダンジョンの一つだ。


 生息する魔物も強力なものは少なく、浅層であればほとんど出現しないらしい。そのため、狩人でもないのに宝石目当ての人間が侵入するほどの迷宮ダンジョンなのだ。しかし、そんな都合のいい条件ばかりではない。この迷宮ダンジョンは何よりもその地形が厄介なのだが…、タルテがいれば解決できる問題だ。


「ネムラの逆さ世界樹?…へぇ。面白そうだけど、ハルトには少しつまらないんじゃない?あんまり魔物はいないみたいだよ?」


「それは幹の部分だろ。深層…枝葉の部分はまさに地下に広がる別世界だ。未だに固有種の報告に事欠かない場所だ」


「ああ…私が道を作るのですね…!山登りは得意ですよ…!任せてください…!」


 ネムラの逆さ世界樹は直径数キロもある巨大な縦穴だ。淵から望めば大地にぽっかりと垂直に明いた穴が、底の見えぬ深さで存在しているらしい。


 逆さ世界樹というのも比喩などではなく、大昔にエルフの学者が検分したところ、本当に世界樹が逆向きに生えているらしいのだ。本来は地表から天に向かって生えるはずの世界樹が、なぜか地表から地下深くに向って生えている。その際に対消滅を起したのか、あるいは存在までも逆になったためか、大地が穿たれたように消失してしまったらしい。


 そのため、見ることも触れることもできないが、今もなお世界樹はその縦穴の空間に存在しているのだという。


 今では開拓され、浅層は人が通れるように複数の通路が螺旋階段のように張り巡らされており、中層にも通路と表現できるレベルではないが、深層に降りるためのルートが存在しているらしい。


「なるほど…。お金稼ぎに向いた迷宮ダンジョンという点もいいですわね。ネムラと言えば岩塩が有名ですが、宝石や鉱物も国内有数の産出地です。経済関係のレポートが書けそうですわね」


「メルルと私はそれでいいとして…、タルテちゃんはどう?植物関係で何か書けそう?」


「はい…!この資料によると苔類の固有種が複数あるそうです…!苔には薬効のある物が多いですから…それを調べてみたいです…!」


 三人ともネムラの逆さ世界樹に求めるものがあるのか、乗り気な返事をしてくれる。実際、ネムラの逆さ世界樹は狙い目の迷宮ダンジョンだ。断崖絶壁の縦穴ということで過剰な人気はないものの、それでいて程よく開拓も進んでいる。


 …もし俺らが深層で価値のある物を見つけることができれば、瞬く間に人気迷宮ダンジョンになることだろう。流石にそう都合よく新発見があるとは思えないが、少しは期待してしまう。


「んじゃ、ここで予定を立てようか。ネモラは畜産も盛んみたいだし、飯の方も期待できそうだな」


 狩りの成功は準備に掛かっている。特に今回は慣れ親しんだ森ではなく、初めての迷宮ダンジョンへの挑戦だ。崖を降りるための楔にロープ、必要なものは多岐にわたる。俺らはそのまま資料室に居座り、旅行の計画を立てるかのように皆で肩を並べ話し合った。


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