最初の迷宮
第277話 冬の出稼ぎに
◇冬の出稼ぎに◇
「冬休みの予定を立てましょう」
テーブルの上に手を組み、メルルが長期休暇を目前にした大学生のような台詞を吐く。…いや、オルドダナ学院の生徒である俺らは、ある意味前世の大学生といってもいいのだが…。
オルドダナ学院は地方から人間が集まっているため、冬の間は帰郷のための休暇に入る。それも雪が降り始める少し前から春先の新年を祝うお祭りの間までの長期休暇だ。もちろん、中には帰郷せずに研究に勤しむ学生も多いのだが、ナナやメルルの所属する政務科の人間は故郷に帰る者が大半だろう。
一応、俺とナナは帰らないこととなっている。辺境であるネルカトル領は気軽に帰れる距離ではないからだ。ちなみにそれはタルテも一緒だ。彼女の故郷の具体的な場所は知らないが、聞いたところによるとネルカトル領の更に奥に存在するらしい。…ネルカトル領の奥は魔境なのだが、そこは深くは聞かないことにした。
「そうだね。少し早めに旅立っちゃおうか。流石に王都にいなければお誘いも来ないでしょ」
ナナが乗り気な様子でメルルに答える。帰郷する予定の無い俺らが冬休みの予定を立てるのは何も皆で遊びに行こうという目的ではない。王都に留まっていると方々からの面会のお誘いが飛んでくるため、王都の外に身を移すのが目的だ。
ちなみに危惧されていたハニートラップは皆無である。妖精の首飾りのメンバーの中で、最もお誘いが多いのがタルテ、そして次に多いのがナナが。以外にもメルルはそこまで多くなく、俺にはほとんど来てはいない。
タルテに声が掛かるのは優秀な光魔法使いと言うことがあるのだろうが、ナナに声が掛かるのはその立ち居地と風貌があるからだろう。
腕の立つ女性はご夫人や令嬢の警護へと望む声が多いが、重要な役職ゆえに平民などが採用されることは少ない。丁稚が売り上げを盗んで身をくらませただとか、メイドが他所と繋がっていたなどが当たり前にあるこの世界では、就職には能力以前にコネが重要視される。
コネと表現するとマイナスのイメージがあるが、言い換えてしまえば信用だ。知り合いの紹介だから信用ができる、あるいは名だたる貴族家出身だから信用ができる。コネ採用は採用側が使うように思えるが、むしろ雇用側がコネ採用を求めるのだ。
孤児院出身の子供達が就職に苦労するのも似たような理由だ。それこそ丁稚が売り上げを盗めばその者の家族に怒鳴り込めばいいが、孤児院出身者にはそれができないため、敬遠されるのだ。
そういった意味でナナは良い物件だ。ネルカトル家の令嬢でありながら、貴族籍を外れているため扱いやすく、ネルカトル家自体が独立独歩であるため、政敵の息が掛かっている恐れもない。ついでに言えば、彼女の火傷痕も騎士として取り立てるには都合がいいのだろう。
「…ハルト様。人事じゃありませんわよ。そのうち狩人としての私達、つまり妖精の首飾りに依頼が来るかもしれませんわ」
暢気に紅茶を飲んでいた俺に、メルルが忠告をする。
「それは、指名依頼って事か?なんでまた?」
「狩人として依頼をすることで繋がりを作ったり…ね。ゴメンね。迷惑かけちゃって」
気にしないとナナに手を振って答える。指名依頼は狩人側で断ることができるが、あまりしつこく来ると確かに面倒だな…。
「それじゃ、先んじてなんかいい依頼でも漁りに行くか?長期の依頼は少ないとは思うが…」
王都を離れることには俺も賛成だ。サロンで寛いでいる今現在も方々から視線が向けられるのを感じるため、正直言って居心地が悪いのだ。
ただ、狩人ギルドで都合のいい依頼を探すのは難しいだろう。王都にはギルドの総本山が置かれてはいるものの、周囲の狩場が少ないため、小規模な依頼しか存在しないのだ。上手くいけば、王都から地方に向う護衛任務を受けられるかもしれないが、その場合現地で何をするかに迷ってしまう。
「それだったら現地で依頼を探そうよ。なにも長期の依頼に拘る必要は無いでしょ?」
「えと…、てことは…依頼が豊富なところですよね…?王都の近郊だとどこがいいでしょうか…?」
二人の言葉を聞いて王都周辺の地理情報を思い起こす。移動に数日を要すだろうが、そこまで王都から離れれば手頃な狩場はいくつもある。…できれば南の方に行くか。あっちは冬でも大分暖かいと聞く。
「一回、狩人ギルドの資料室に行ってみるか。そこで情報を集めてから決めてみよう」
俺は幾つかの候補地は思いついたものの、それを撤回して提案をする。ここで安易に決めるのではなく、ちゃんと調べてから決めるべきだろう。特に冬場ともなれば植生や出没する魔物の種類などが大きく変わる地域も多い。
「あの、依頼もいいのですが…、折角ですからフィールドワークも兼ねるのはどうでしょうか?申請すればちゃんと単位として認められますわ」
俺が狩人としての振る舞いをするさなか、メルルが学生としての提案をしてくれる。確かに学士科にはそのような制度が存在する。それこそ、中にはフィールドワークを必須とする教室だって存在しているのだ。
俺の希望している魔性生物学であったり、タルテの希望する薬学系の教室なんかがその最たるものだ。自然こそが最高の教科書であり、机上で捏ねただけの論文には何も価値はないとすら言われている。
「でも、メルル。私達のフィールドワークは少し厳しいんじゃない?統治学でも経済学でも狩人の依頼を受けながらじゃ無理があるよ。水生系の狩場に行って治水に関するレポートでも書くの?」
ナナの口から政務科のフィールドワークがどのような物かが語られる。学士科の俺とタルテであれば、それこそ狩人生活で見聞きしたものをそのままレポートに落とし込めるが、政務科となるとそれは難しいだろう。
学士科のフィールドワークは自然豊かな土地であり、政務科のフィールドワークは経済活動が盛んな貿易拠点であったり、軍事的な要所であったり、人々の栄えた土地が対象となる。それが両立できる場所など早々ないとは思うのだが、何かしらの考えがあるようでメルルは得意気な顔で口を開いた。
「特殊な植生や生物が存在する秘境でありながら、それでいてその地の経済基盤を支えるような場所があるではないですか。…そう。
メルルのその言葉は、俺がさっき脳内から追いやった言葉でもある。確かに魅力的な場所ではあるが、それ以上にためらってしまう危険な場所が
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