第276話 うるさいお誘い

◇うるさいお誘い◇


「ふふふ。アルミナ団長ぅ。賭けは自分の勝ちですねぇ。どんな気持ちですかぁ?」


 副団長のセレストがニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら私を覗き込む。視界の半分がセレストの憎たらしい顔で塞がっているが、残りの半分には優勝した緑白のチームが堂々としたたたずまいで表彰されている光景が映っている。


「なにが勝ちだ。どうせ事前に情報を仕入れていたんだろう」


「それこそアルミナ団長に情報の大切さを理解していただきたい自分なりの心遣いですよ」


 情報の大切さなど言われなくても分かっている。第一、優勝した緑白のチームには私だって賭けようとしたのだ。しかし、出だしの好調だった緑白のチームに賭けようとすると、既に彼らにベットしていた団員たちからの視線が突き刺さったのだ。


 …確かに彼らからすれば私が賭けて分け前が減るのは歓迎できないことであろう。かといって、早々に敗退するチームに賭けてしまっては私の人を見る目が疑われることとなってしまう。団員に気を使う。上司として敬意を集める。両方やらなくっちゃあならないってのが団長のつらいところだな。


 結局、私が目をつけたチームはその緑白のチームによって全滅と相成った。チームの統率具合といい、各個の修練度合いといい、なかなか良いチームではあったのだが、真正面から緑白のチームとぶつかって敗退してしまった。


 だが、あれはあれで中々、見ごたえが有った。その場の空気で始まる堂々とした一騎打ち。古戦場では見られたと聞いているが、学生の戦いで見られるとは思ってはいなかった。昨今の戦場では古臭い考えではあるが、私としては大好物ではある。


「まぁ、彼らの情報は狩人ギルドに問い合わせれば簡単に出てきましたよ。あのチームの中心人物たちは地元じゃ名の知れた存在みたいですね」


「地元じゃ有名といっても、そんな奴ら五万といるだろう。お前だって出身の村じゃ負け知らずだったのではないか?」


 それこそ、王都には各地方から一旗挙げようと飛び出してきた者ばかりだ。そして、地元では最強で通っていても、所詮は井の中の蛙。ほんの一握りの者達以外は現実を突きつけられることとなる。


「事件簿にもその名前が載るほどですよ?覚えてないですか?アルミナ団長がラブコールしている狩人が関った事件。その下で活躍していたのが彼らです」


 国内で大事件が発生すると、解決未解決に関らずその情報は事件簿となって騎士団の間で共有される。時にはその情報を元に他の事件を調査したり、怪しい点があれば再調査に乗り出すためだ。


 もちろん、全ての事件が事件簿に載るわけではない。領を跨ぐような大規模な事件だったり、国内の治安を揺るがすような重大な事件がそこには掲載されている。


 そして、その事件簿には犯人はもちろん、事件解決に関与した者達の情報も記載される。公表されている書類ではないため、乗ったところで特に名誉でもなんでもないのだが、そこに記載されるということは、大規模な事件を解決した実力者という訳である。


「私が勧誘した狩人となると…エイヴェリーか?となると…もしかして彼らは幽都に遠征した者達だと?」


 あの事件は相当に騒がれた。特級ともいえる呪物が国内に持ち込まれた時点でも問題だが、それを狩人達が解決し、あまつさえあの幽都を浄化せしめてみせた。…そのため、国境の近い幽都には急遽、軍の駐屯地が置かれることとなり、その人件費や防衛拠点の構築費用の捻出のために財務の者達が幽鬼のようになっていた。


 事件簿によると幽都の遠征には多数の狩人が参加していたはずだ。まだ歳若い彼らだが、確かにその遠征参加していたとなれば、その実力は周囲にも認められることとなるだろう。


「それだけじゃないですよ。酩酊草の騒ぎに竜狩りですよ?竜狩り。アルミナ団長は彼らの年頃に竜狩りしてましたか?」


 セレストの言った言葉が信じられなくて私は目を見開いた。竜狩りなぞ我が騎士団でも数えるほどしか居ない存在だ。彼らの年頃どころか竜を狩れる腕前を持った団員の方が圧倒的に少ないのだ。


「…嘘だろ?」


「嘘じゃないですよ。自分もそう思って裏取りしましたからね」


 何でそのような者達が学院に通っているのだ?それだけの実績があれば即時騎士団に採用されるレベルなのだが…。


「…もう少し情報を集めておけ。他に唾がついていなければ勧誘しに行くぞ」


 得意気な顔で情報を披露したセレストに、私は追加の捜査を命令した。できれば学院の卒業を待ってから声を掛けたいが、それでは他の騎士団に取られる可能性がある。卒業間際にこちらから声を掛け先に勧誘しておくのがベストだろう。兵士科の場合、成績順で所属したい騎士団を指定できるからな。彼らの腕前であれば、その指定は確実に通ることだろう。


 …後日、彼らが兵士科どころか魔法兵士科ですらないと聞いて更に驚愕することとなる。なんで学士科の人間が戦っているんだ…。学士とは?



「バレましたわね」


 競技会から数日、勝利を祝うわけでもなく辟易とした表情でメルルがそう呟いた。何がばれたかというと、俺達の実力がにもばれたということだ。


 もちろん学院内でも噂されている。学院を歩いているだけでも、故郷に置いてきた投擲戦斧フランキスカ波刃剣フランベルジュという二つ名を耳にすることがある。恐らくは俺ら以外のネルカトル領出身の狩人が狩人間にその情報を持ち込み、競技会のために情報収集していた者達からその情報が学院に齎されたのであろう。


 ちなみにタルテの二つ名である双拳ダブルインパクトは聖女呼びと拮抗しているようだ。


「まぁ、あれだけ得点差をつければな。なんだかんだ言って二番手とは倍近く稼いだんだっけ?」


 発表されたのは上位の順位だけで、各チームの得点は発表されていないが、サフェーラ嬢からはこっそりと耳打ちをされている。


「学院内で噂されるのは覚悟していたけど…、まさか学院外にも漏れるとはね」


「そのうち生徒達から、その親にも話が伝わるとは思っていましたが、想定以上に早く広まっているみたいですの。早くも私やナナに勧誘の声が来ましたわ」


「勧誘…ですか…?」


 いったい何の勧誘かとタルテが首を傾げる。それに答えるようにナナが取り出したのはお茶会やらパーティーやらの招待状だ。彼女が言うにはこの招待はそれだけでは終わらないらしい。この一時的な招待は切欠作りにしか過ぎず、そこから本命の案件や派閥への誘いなどが待っているのだと…。


「タルテの分のお誘いも私のところに来ていますわ。名目上は私の家が後ろ盾という理由も有るのでしょうが…。大方、光魔法がお目当てなのでしょう。私とタルテが揃えば病気も怪我も治せますからね…」


 そして男性貴族の誘いには絶対に乗るなとメルルがタルテに釘を刺す。教会から抗議を受けるとしても、光魔法使いを手篭めにする話はなかなか無くなりはしない。流石に力ずくということは無いだろうが、曖昧な返答をしているうちにいつのまにか婚約が決定してしまう可能性があるらしい。


「まぁ、とりあえずは様子見だね。…ハルトも女性関係は気をつけてね」


 半ば圧の篭った忠告がナナから飛んでくる。女性を手篭めにする話も良くあるが、男性に対するハニートラップも古来から事欠かない。俺は心配は要らないとナナに笑って見せるが、ナナもメルルもじっとりとした視線を俺に向けていた。


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