第275話 競技会の終わり
◇競技会の終わり◇
「そろそろ終了の時間も近いし、こいつらで終わりだな」
なにより、なんだかんだ言って今の攻撃でこちらの人員から六名の脱落者が出ている。人数不利で無茶に攻めていくほど所得得点は低くは無いはずだ。
先ほどから呆けた顔をしているレジアータ達に向かってナナが一歩距離を詰める。その足音を聞いた途端、拒絶するように盾を確りと構えなおした。彼の視線はナナから盾の持ち手、自分の手元へと移る。
俺はすぐさま風壁の魔法を展開する。案の定、手元に視線が向ったのは盾の操作のためのようで、再び盾から咆哮が放たれる。
俺らには通用しない咆哮ではあるが、単純にうるさい。その耳障りな咆哮を風壁の魔法が遮っているが、床や壁の振動がその音の大きさを教えてくれる。使用者本人やその後ろに隠れている者達が平気なところを見る限り、前方に指向性のある咆哮を投射する魔道具なのだろう。
「早く倒れろ!倒れろよぉ!」
先ほどとは違ってレジアータは何か叫びながら連続して咆哮を放つ。しかし、電池切れのおもちゃのごとく、次第にその咆哮の音量も段々と低下していっている。そして、ついには何も発する事無く、ただの盾へと成り下がった。
「動け、このポンコツが! 動けってんだよぉ!!」
咆哮を止めた盾をレジアータが必死になって弄る。しかし、触媒を使い切ったのか盾は完全に沈黙している。それを見て、俺は風壁の魔法を解除した。そして俺らが更に足を進めれば、そこで漸く戦うつもりになったのか、応戦するように武器を取り始めた。
「いいよ皆。ここは私が片付けるよ」
「あら、一人で戦うつもりかしら?独り占めは良くないのではなくて?」
「わざわざ取り合うほどのものじゃないでしょ。皆はそこで休んでいてよ」
俺らが前に出て戦おうとすれば、ナナから待ったの声が掛かる。そして両手剣を持って俺らの歩みを止めるように先んじて足を進めた。…今日のナナは少し消耗しているので、むしろ休んでいて欲しいぐらいなのだが、ナナが発端となった喧嘩であるため、彼女の手でけりをつけたいのだろう。
レジアータの後ろに隠れていた者達が、彼を守るかのように布陣し、一斉にナナに目掛けて殺到する。しかし、ナナはその歩みを止める事無くレジアータに向っていく。
「踏み込みが素直すぎ。それでは狙いもタイミングもバレバレだよ」
一人目。飛び込むような斬りかかりに対し、一歩踏み込みながら斬り上げることで体勢を崩してみせた。そして二歩目を踏み込むと同時に、その胴体目掛けて剣を薙ぐ。吹き飛ばされていく奴を尻目に三歩目で備えている。
「討ち取った隙を狙うのはいいけど、上手く合わせられていないね。連携は繰り返しの修練がものを言うよ」
二人目。四歩目を踏み出しながら素早く反対側に切り返し、横に回りこんできていた男に斬りかかる。咄嗟に男はナナの剣を受けるが、ナナが追撃の五歩目を踏み出し、受けた剣ごとその男を吹き飛ばす。そして六歩目に次の敵に備えてみせた。
「なに臆してるのさ。さっきの人と同時に掛かってくれば、まだ可能性があったよ」
三人目。七歩目を踏み出すと怯えた男は後退りよろめいてみせる。八歩目、ナナはよろめいた隙を見逃さず、そいつの胴体に鋭い突きを放って見せた。そして九歩目に更に奥に向けて踏み出した。
「で、君はいつまでそこで見ているつもりだい?」
そういってナナはレジアータに向けて剣を突きつけてみせる。たった九歩。敵の迫る部屋の中でナナは悠々と散歩するかのごとく歩みながらレジアータの元にたどり着いて見せた。時間で言えば数十秒も掛かっていない。
一歩目で崩し、二歩目で撃ち、三歩目で備える。乱戦時の理想にも近い動作だが、彼女はそれをいとも容易く実現させてみせた。討ち取られた男達は痛む箇所を押さえ蹲りながら呻いており、その声が怨嗟の如く部屋の中に響いている。
「…貴様ァ…。どこまで私の邪魔をすれば気が済む…!」
「邪魔?…この戦いのことを言いたいのなら、それは仕方ないんじゃない?阿ってやられろとでも言いたいの?」
レジアータは恨みがましい目で剣を突きつけているナナを見返している。意外にも腹を括ったようで、先ほどの盾と片手剣を手に取り構えて対峙してみせる。
「では…!では何故ここに攻めてきた!得点トップなのだから態々堅牢なここに攻めてくる必要は無かっただろう!?あれか!?昔、袖にした腹いせか!?」
「…あのさぁ、まるで私が君に懸想していたかのように言うのは止めて貰えるかな?小さい頃だから良く覚えていないけど、そっちの家から一方的に釣書を送りつけてきたって聞いてるよ?」
ナナの話ではレジアータのハルガネート家から婚約の打診があり、ナナが火傷を負うと今度はその打診を取り下げてきたと聞いている。その間、ネルカトル家からは婚約の返答をしていない。まるで、クラスで惚れていると噂され、その噂を聞いた相手が告白してもいないのにお断りをしてきたような状況だ。…噂は全くの出鱈目で、実際は単なる友達としてしか見ていなかったのに、俺の心にしこりを残すこととなった嫌な事件だ。
「はぁ…!?ことにかいて一方的だと?我が家との婚約だなんて貴様らが喉から手が出るほど欲していた中央との繋がりだろう?望まないはずが無い…!?」
「そもそもの話、ネルカトル家はそこまで中央との繋がりを求めていない。むしろ地方を守る家として距離を置いてる節だってある。…それに、たとえそうだとしても、それはお家の都合であって私が君に懸想していたことにはならないよね?」
半ば呆れたようにナナがそう呟いた。レジアータとの婚約の話をしたときにメルルから説明されたが、そもそも断る可能性の高い婚約だときいている。レジアータが欲しているはずだと言い切れるように、彼の家は中々の重鎮だ。だからこそ、婚約をすれば確実に派閥に組み込まれるため、無派閥を維持しているネルカトル家からしてみれば迷惑なことなのだろう。
「ここに攻め込んだのも単なる偶然。沢山人が詰めているみたいだったから、得点稼ぎに来ただけだよ。引きこもっててちょっと面倒だったけど、やれないことは無いからね」
「やれないことは無いだと…!?随分言ってくれるじゃないか…!?」
「実際ここまで来れてるしね。でも、中々良くできていたと思うよ。ルールで威力の高い魔法が禁止されているから、あえて柔な造りにしているんだよね?タルテちゃんが一箇所崩壊させれば全て崩れる可能性があるって困ってたよ」
その台詞を聞いて、レジアータは顔を赤くしている。…もしかして、本人は頑丈に作ったつもりだったのか…?彼を擁護するつもりは無いが、構造的に強固な砦は中々に高度な知識を必要とするはず。工兵じゃない俺らができていなくてもおかしくは無いのだが、彼には自信があったようだ。
「ふざけるな!何でお前なんかが立ちはだかる!お前が目立つと、俺が目立たないだろ!」
怒りで顔を赤くしたレジアータがナナに斬りかかる。しかし、ナナはその剣をいとも容易く弾いて見せた。
「…結局、それが本音なんでしょ?君だって私が惚れていただなんて思っていないはず。ただ、ふったことにして私を自分の下に置きたいだけ。逆にそれを口にするってことは他で負けているって認めているってことかな」
ふったふられたは決して上下関係のある事ではないのだが、それでも自身が選択権を握っていた人間だとして優位に立ちたかったのだろう。
ナナは俺が見たことも無いような冷たい瞳でレジアータを見詰めると、上段に剣を構えそれを一息で振り下ろす。レジアータは咄嗟に盾でその斬撃を防ぐが、そんなものは何も妨害にはなりはしない。
話をしていた間に発動したのだろう。ナナの体は揺らめく陽炎のような炎を纏っている。その圧倒的な膂力は盾を拉げさせ、そのままレジアータを打ち据えた。まるで自動車事故のような音を立てながら、レジアータは悲鳴をあげるまもなく吹き飛んでいった。
ナナはゆっくりと息を吐き出し、身に纏った陽炎を霧散させた。
競技会終了の合図が空に輝くのは、それから暫く経ってからのことだった。
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