第274話 吠える盾
◇吠える盾◇
「ああぁぁあぁぁあ!?何故!?何故こんなことになる!?」
頭を掻き毟りながらレジアータが叫ぶ。しかし、俺らはもちろん敵チームのメンバーもレジアータを無視するように戦闘を続けている。唯一、彼の近場で侍っていた取り巻きのような者達だけが、宥めるように声を掛けている。
単にレジアータの集めた急造の団体だから反応が鈍いのもあるのだろうが、もう一つの理由として敵のメンバーに余裕が無いことも挙げられるだろう。こちらのメンバーは人数が少ないながらも、向こうのチームを押し込む勢いでその剣を振るっているため、躍起になって抵抗しているのだ。
その様子を見て、レジアータは癇癪を起したような子供のように地面を踏みしめている。…けれど、その様子は焦りや恐れというよりも、ままならない状況に対する脚気のように思える。
今もまた一人、また一人と奴の陣営の者が倒されているのに癇癪を起しているその様子は余裕があるようにも思える。通常ならば焦りを産んでもおかしくは無い状況なのだが…。
「いいよ!そのまま戦線を維持して!無理して攻めなくていいから!」
そんなレジアータの様子は眼中に無いようで、ナナは周囲に檄を飛ばす。その激を受けて
俺も負けじと剣を振るい、敵を沈めながらも全体を把握するように観察する。このままでは押し切れないことは敵から見てからも自明であるため、何かしらの対応策をきってくる可能性がある。
「おい…。あれを使うぞ。背に腹は変えられない」
「いいんですか?できれば使いたくないと仰ってたじゃないですか。持ち出したのがばれますよ」
「今使わないでいつ使うんだ!道具ってのはな、使うためにあるんだよ!」
案の定、レジアータは企みがあるらしく、部屋の奥から布にくるまれた何かを取り出す。俺は戦闘をしながら、垣間見るようにそれを確認した。ナナやメルルもそれに気が付いたようで、警戒するように目を配っている。
レジアータはそれを手に持ち構えると、掛かっていた布を取り外した。鉛色のそれは一目で盾と分かる形状だ。しかし、貴族にありがちな家紋の書かれた盾ではなく、ゴツゴツとした歪な形状をした盾だ。素材も鉄板や木板ではなく、魔物由来の素材で作られているようだ。
レジアータはその盾を俺らに向けて得意気な顔で構える。だがしかし、戦線ではなく部屋の奥で盾を構えていても、そもそもこちらの攻撃は届かない。
なぜ、攻撃に晒されていない部屋の奥で盾を構えるのかと疑問に思ったが、レジアータの近くで侍っていた者達が示し合わすかのようにレジアータの後ろに隠れ始めたため、疑問に思う心は一気に警戒心へと変わった。
「総員警戒!向こうが何かしてくるぞ!」
あの盾がどのような代物かは分からないが、俺は警戒を促がすように声を掛ける。そして、それは正しかったようでレジアータの構えた盾から咆哮のような大音声が放たれた。
その咆哮のような音は魔力を纏っており、部屋ごと揺らすような音圧をこちらに齎してきた。あまりのうるささに即座に俺は即座に風壁の魔法を展開する。
「うるせぇえな…!音を出しての戦闘妨害か!?」
「待って、音に魔力が乗ってたよ。どこかに異変は無い?」
スタングレネードのように前後不覚になるほどの大音量ならまだしも、ただただうるさいだけの音に、逆に思惑が読めず俺は戸惑った。
しかし、不思議なことに周囲で戦っていた者達が、脱力するようにして膝を突き始めた。こちらのチームはもちろん、敵のチームだった者までも。本物のスタングレネードを食らったことは無いが、先ほどの咆哮は聴覚が麻痺するほどのものではなかった。だが、なぜか大多数の人間がスタンするように地に伏せている。
こちらの陣営で残ったのは俺とナナ、そしてメルルとタルテだけ。敵の陣営もほぼ全てが地に伏せており、残ったのは盾を構えたレジアータとその後ろに隠れていた数名のみだ。
何が起きたのかもが問題だが、結局レジアータが何をしたかったのかも問題だ。敵味方を含む何かしらの範囲攻撃?しかし、逆に有利だった人数差がほぼほぼ埋まってしまっている。俺らが残ったのかは想定外だったとか?
レジアータの様子を窺ってみれば、彼は驚愕したような顔でこちらを見詰めている。…後ろに隠れた者がいることから、味方を巻き込むのは想定内。つまり、俺らが残ったことが想定外であったということか…?
「なに、その盾?敵味方無く削って共倒れを狙うつもり?」
「…馬鹿な。なぜ立っていられる…竜の咆哮だぞ…!?」
レジアータはナナの問いには答えず、ぼそりとそう呟いた。それを聞いて俺は奴の構える盾がどういった代物かが分かった。恐らくあの盾も魔道具なのだろう。それも竜素材を用いた上等な品だ。…使用を渋るようなことを言っていたのも頷ける。竜の咆哮を再現するためには触媒に竜素材が必要だ。そしてそれは恐らく使うたびに激しく磨耗する。
そして、竜の咆哮は浴びた者の心を挫く効果があり、常人が正面からそれを聞けば、俺らの周囲で倒れている者と同じ状態になることだろう。レジアータはその盾を使って味方諸共俺らを仕留めるつもりだったのだろう。
しかし、その作戦は破綻している。レジアータの反応を面白そうに見ているメルルは闇魔法使いだ。闇魔法は停滞を司るが故に、他者からの魔法の抵抗力が高く、特に精神的な効果を持つものにいたってはほとんど通用することは無い。いつぞやは妖精の強力な魅了にも闇魔法を用いて抗ったのだ。
倒れた者の容態を確認しているタルテにも竜の咆哮は通用しない。人の特長を持った龍と評される豊穣の一族にとっては竜の咆哮など挨拶未満の声にしかならないだろう。
そして俺とナナは
「皆さん問題無さそうです…!光魔法を使えば直ぐに元通りになるはずです…!」
倒れ伏した者達を診察していたタルテが、全員の無事を報告する。あの盾の魔道具が竜の咆哮を再現するだけのものなら、彼女の言うとおり光魔法か時間経過で回復するはずだろう。
「それで…、いつまで盾を構えてるの?もう一度その盾を使うつもり?違うのなら剣を手にとって欲しいんだけど」
未だに盾を構えているレジアータにナナが声を掛ける。レジアータはその声に我に返ったように顔をあげ、初めて脅えるように眉を歪めて見せた。
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