第271話 見えないものを見ようとして

◇見えないものを見ようとして◇


「ようやく…、ようやく俺の方を見やがったな…。かかって来いよ」


 そう言いながら嬉しそうに、それでいて鋭い目付きでネイヴィルスが俺を睨みつける。俺の喉下へと向けたれた剣先は俺を拒絶するようでもあり、果敢に攻めてくることを望んでいるようにも見える。互いに向き合い、足を摩るようにして間合いの距離を計りあう。


 今となってはネイヴィルスも油断ならない敵だ。俺は探るように慎重に向かい合う。…実際の距離以上にネイヴィルスの間合いを広く感じてしまう。ただでさえ向こうの方が間合いが長いのに、雷の魔道具のせいで迂闊に間合いを詰めることができないからだ。


「そういうお前はちゃんと俺を見てるのか?見逃すんじゃねぇぞ」


 この状況を打破するためのハーフリングの剣術の一つ。もとより俺の背が高く膂力もあるため、あまり生かすことができていないが、柔で背の小さなハーフリングの剣術は敵の剣と競り合うことを良しとはしない。なればこそ、敵の剣に触れずに懐に踏み込む技法も存在するのだ。


 ゆっくりと歩くような速度でネイヴィルスの周囲を移動する。ネイヴィルスは鋭い視線で俺の一挙手一投足を観察していた。



 学士科の二刀使いが、不思議な足取りで回り込むように俺の周囲を歩く。その顔付きは最初の冷めた顔つきとは違い、獲物を狙うような真剣な顔付きだ。


 …気にくわねぇ野郎だが、顔付きだけはマシになった。


 最初の冷めたような顔。いかにも俺には興味が無いと言いたげな顔。あの顔を見ていると、村長のジジイを思い出す。


 俺の産まれたど田舎の村。そこの村長のお陰で俺は今、こんなところにいる。…まぁ、こっちのほうが性に合っているから追い出されて正解ではあったのだが…。


 俺は俺の産まれた村では最強だった。同年代はもちろん、俺より年上の野郎も俺の腕っ節には敵わなかった。だからこそ、ガキどもは誰も俺には逆らわなかった。それこそ、大人でさえ俺には一目を置いていたのだ。


 だが、親父だけは違った。親父は俺が誰かを殴ると、烈火のごとく怒り俺を叱咤したのだ。人を打ってはいけないと目を吊り上げて叱咤する。俺が気に食わないのは親父は俺が言い返すと殴りながら叱咤したのだ。


 殴ってはいけないと言いながら、何故親父は俺を殴るのか。俺がその矛盾を突けば、これは暴力ではなく躾けだと、言ってきかない間抜けには獣だから殴って言うことをきかすと、怒りながらそう言っていた。それならばと俺が躾と言いながら他人を殴れば、変わらず烈火のごとく怒っていた。


 …未だにその言い分は理解できない。俺だって他の奴らが言うことをきかないから殴っていたのだ。俺には暴力が許されず、親父には暴力が許されるなど納得ができない。だからこそ、俺は殴られても殴ることを止めなかった。


 結局は単に親父の物差しで許す許さないを決めているのだ。暴力はいつだって暴力なのだ。その時々の他人の都合でラベルを貼ったり剥がしたりする。俺にはそれがどうしても理解できない。むしろ暴力は他人の張ったラベルを問答無用で剥がすことができるから、俺はより暴力に拘るようになったのだ。


 そんな生活をしていると、村の奴らは俺を排除するような対応をし始めた。そして俺は村長のジジイのもとに呼び出されることとなった。他の奴らにはにこやかな笑顔を向けているジジイだが、俺にはいつも冷めた顔を向ける気に食わないジジイだ。


 そうして俺は村を追い出されて、村長の知り合いである師匠に引き渡された。師匠は退役した騎士で、俺と同じように暴力を愛する人間であった。始めはその厄介払いのような状況と無茶な訓練を押し付ける師匠に辟易としていたが、なんだかんだ言って師匠との生活は村よりも居心地が良かった。


 だが、そんな生活も終わりを告げる。力の使い方を学べとオルドダナ学院に放り込まれたのだ。ここの生活は村のように窮屈なものだ。ガキの頃よりは流石に分別の付いた俺だが、それ以上にここでの生活は気に食わないことが多い。


 特に貴族の野郎は気に食わない。そもそも身分を嵩に着るのが気に食わないのに、身分の関係ない学生でも無礼が許されないのは納得ができない。


 …ホフマンは視野が狭い。見えない物事をちゃんと考えて動けと言ってはいたが、俺から言わせて貰えば隠されたことで行動を縛るのが間違いなのだ。そもそも、見通せない隠された不確かなものをどうやって守れというのだ。


 ムカつく同期生に気に食わない教師ども。…切欠は目の前のこの野郎だ。この野郎に負けてから歯車が狂った。力こそが俺の唯一の誇れることなのに、コイツに負けたせいで幾ら武威を示しても俺の負け犬のラベルを剥がすことができない。


 ラベルを剥がすのが暴力ならば、まずは目の前の野郎を倒して俺の価値を他に示す必要があるのだ。俺は奴の動きを見落とさぬよう刺すように睨み付けた。



「なんだぁ?お前、その動きは…」


「秘技みたいなもんだ。他人には滅多に見せないんだから見逃すんじゃねぇぞ」


 俺の奇妙にも見える歩法を観察しながら、ネイヴィルスは訝しげな顔をする。俺はその視線を引き付ける様にして、あえて堂々と誇張するように足を運ぶ。


 人は基本的に目で動きを追う。だがしかし、動きの遅いものに対しては眼球の動きではなく、顔を動かして動きを追うのだ。父さん曰く、注視している物がいきなり動き出しても目で追えるように、顔を動かして視界の中心に留めようとするらしい。


 つまり、緩急に配慮し体の各部を術理に乗っ取って動かせば、相手の視界と視線を誘導することができるのだ。ある意味、手品の視線誘導にも似た技術だ。


 もちろん、完全に俺を見失わせるような魔法ではない。いくら完璧に振舞って見せても、歩法程度では限界があるのだ。


「シィッ…!」


「あぁ?そんな温い攻撃が通るかよォ!!」


 俺が縫うようにして右手の突きを放てば、ネイヴィルスが弾くようにして剣を受ける。防がれることを予測していた俺はその瞬間に脚を浮かせ、力に逆らわぬよう弾かれるままに反動を受け流す。


 そしてそのままネイヴィルスの返す刃を飛び退いてかわし、再び似たような突きを放つ。


「そんなんが秘技かよ!単なるしょっぱい突きじゃねぇか!」


 確かにネイヴィルスの言うとおり、俺の放つ突きは鋭さはあっても体を突き抜けるような重みが無い。そもそも、この突きは視線誘導のための布石に過ぎないのだ。突きを印象付けてネイヴィルスの視線を俺の右手に誘うのだ。


 そして、似たような姿勢で突きを繰り返すことで、奴の脳みそを詐称する。この剣術は俺の姿を丸ごと消すような魔法ではない。しかし、左腕程度であれば消失させ幻を見せる魔法の剣術だ。


「しょっぱい突きじゃ無いところを見せてやるよ!世界を歪める見えない突きをな!」


 そう言って俺はネイヴィルスとの間合いを詰める。傍から見れば変哲も無いしょっぱい突きだが、確実に世界は歪みはじめている筈だ。


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