第270話 雷の魔道具

◇雷の魔道具◇


「がッア!?」


 体の芯から突き抜けるような痛み。今世では初めての経験では有るが、前世で経験があったのですぐさま電流に寄るものだと思い至る。体には痺れが残り剣を取り落としそうになってしまうが、何とかこらえて踏みとどまる。


 俺は咄嗟にネイヴィルスから距離を取ろうとするが、流石にそれはネイヴィルスが許さない。俺が痺れているうちに勝負を決めるつもりなのだろう。間合いを管理していた先ほどとは違って積極的にこちらとの距離を詰めてくる。


「チィィエエストォォオオオッッ!!」


 勢いに任せた乱暴な横薙ぎだが、確実に俺を捕らえた剣筋。俺は咄嗟に両足を地面から離した状態でネイヴィルスの横薙ぎを剣にて受け止めた。宙に浮いた状態であるため、俺は踏ん張ることができず吹き飛ばされてしまったが、逆にネイヴィルスとの距離を取ることができた。


 だが、それでも再び感電することは防げた。ネイヴィルスの剣から放たれた電流は俺の体を通り抜け地面へと流れていく。つまり、足が地に着いていなければ電流の流れる先が無いので感電をしないのだ。二次被害を招く危険もあるが、感電している者はドロップキックで救出するという話もある。


「ヘヘヘッ。痺れたかよ?」


 ネイヴィルスの言葉に俺は顔が羞恥心により熱を持つのを感じた。無防備に電撃を食らったのは俺の油断によるものだ。油断によって負けたネイヴィルスを相手にしていながら、一度勝った相手だからと油断していた。


 よくよく見てみれば、ネイヴィルスの使っている模擬剣は非常に独特な形状をしている。刃は潰されているどころか目で見て分かるほどの曲線を描いており、模擬剣というよりは棒に近い形状だ。


「お前…、それ、使用の許可が下りたのかよ…」


「あ?ルールは何も違反してねぇだろ?なんたって人を殺すことはできねぇからな」


 ネイヴィルスが雷を発生させる魔法を扱うといった情報は無い。恐らくはその剣に秘密があるのだろう。


 風魔法でも現象を操ることで雷を生じさせることができるが、雷はプラズマであるため火魔法使いの領分である。風魔法使いは火魔法使いに有利に戦うことができるが、極少数存在する雷までもを扱うことのできる火魔法使いには十分な警戒をもって挑む必要がある。


 先ほどのネイヴィルスの攻撃と彼が手に持つ武器は、その雷を扱う火魔法使いと非常に似通っている。雷は人の知覚を越えた速度を持っているため、魔法で生成はできても操作や制御をすることは殆どできない。そのため、雷魔法の主な使い方は自身も巻き込む放電や、武器を通して直接相手に叩き込むといった手法である。


 そして、そのための武器は剣ではなく、鈍器を使用すると聞いている。なんでも、電流を通すと早々に刃が鈍らになるためらしい。ネイヴィルスが使用している模擬剣はそれを模した魔道具の一種なのだろう。


「それがお前の実力と言いたいわけか?」


 ネイヴィルスの装備を見落としていた自信を恥じる気持ちもあるが、雷の魔道具を用いるネイヴィルスに非難をしたくもなる。油断していたせいで純粋な剣術を披露できなかったと言ってはいるが、それを披露するために用いているのがでは説得力が無くなってしまう。


「うるせぇな。油断したことを負け惜しみっていうなら、これにケチつけるのも負け惜しみだろ?」


 そう言いながらもネイヴィルスは俺に向かって距離を詰めて剣を振るう。幸いにして、腕は痺れているものの足は正常に動いてくれるため、俺は更に飛び退くようにして剣を避ける。


 体の感覚を確かめつつも、ネイヴィルスのもつ魔道具らしき模擬剣を観察する。…痺れは致命的なものではない。むしろ感覚が鈍る程度でそこまで運動機能には支障をきたしてはいない。現に手に握った剣を取り落とせずに済んでいる。


 まず前提としてネイヴィルスは火魔法使いではない。そのため、この電撃も魔道具によって出力されたものだ。だからこそ、体が多少痺れる程度で済んでいるのだろう。出力の高い魔道具は触媒が高価なうえ、大抵が触媒を使い捨てることとなる。あの魔道具の電撃が繰り返し使えるものと仮定した場合、人を殺せるほどの電流を発生させるのは不可能のはずだ。


 そして剣から放たれた電撃は、俺の剣が触れたタイミングよりも遅れていたことから、刀身が常に電気を帯びているわけでもないと判断できる。何かしらの操作を必要とし、即座に発動することもできないのだろう。


「ははは!そろそろその冷めた顔が剥がれる時のようだなぁ!」


 戦況が有利になったと判断したのか、ネイヴィルスは積極的に俺を攻め立てる。触れただけで痛みを齎す剣は厄介だが攻略法が無いわけではない。先ほどのように宙に浮いた状態で剣を交えることも対策の一つではある。


 俺は剣で受けるのではなく、触れる時間が最小限で済むように弾くことでネイヴィルスの剣を防いだ。多少の賭け要素はあったが、案の定一瞬触れただけでは電流は俺の体に走ることは無い。


「どうした?その剣の力を使わないのか?」


「クソッ…!てめぇ…。わかっててやってんのか…!?」


 ネイヴィルスの剣を弾きながら、なるべく余裕そうに振舞うが、そこまで余裕があるわけではない。ここに来てネイヴィルスの膂力の強さが厄介なものとなる。剣が重いため簡単には弾けないし、宙に浮いて剣を受ければ先ほどのように吹き飛ばされることとなるだろう。


 だが、なかなか追加の電流を食らわない俺に痺れを切らし、ネイヴィルスの剣筋もだんだんと荒くなってきている。上手く隙を作り出せば、剣に触れる事無く懐に飛び込むこともできるはずだ。


「一応聞いておくが、その剣はホフマンに貰ったのか?」


 俺は剣を避けながらもネイヴィルスに尋ねる。単にホフマンが言っていた助言とやらが、雷の魔道具か気になったのだ。ついでに言えば幾ら殺傷力が無いとは言え、大剣サイズの魔道具は決して安い物ではない。その雷の魔道具をどこで手に入れたのかも疑問ではある。


「アイツからはお前の戦闘スタイルを聞いただけだ…!…あとは効果的な戦法ぐらいだな」


 それを聞いて安心してしまう。雷の魔道具を薦めるということは、勝てればどうでもいいと言っているようなものだ。これが殺し合いの場であるなら強力な武器を使うことも賛成ではあるが、比武の場で使うような武器ではない。


「オラ!痺れが引くまで逃げ回ってるつもりか!?やってることがせこいんだよ!」


「言われなくても打って出てやるよ。この後、待ち合わせをしてんだ」


 どの道、そこまで時間はかけられない。さっさと倒してナナ達と合流をしなくてはならないのだ。


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