第269話 そのとき、俺に電流が走る

◇そのとき、俺に電流が走る◇


「競技会だからよぉ…、てめぇを潰れたトマトにしても咎められないよなぁ」


 …過剰な攻撃は禁止されているため、流石に潰れたトマトにしたら咎められるとは思うのだが、そんなことは関係ないと言いたげにネイヴィルスは俺に対する敵意を露にする。


「…ホフマン。一応聴いておくが、あいつは何であそこまで俺を嫌ってるんだ?」


 俺はネイヴィルスに聞こえないよう、小声でホフマンに尋ねかける。俺はそこまでネイヴィルスのことを言っているわけではないが、野営演習のときの姿を見る限り、乱暴者で思慮の浅い人間だとは思っているが、性根の悪い奴ではないとの印象を持っている。


 だからこそネイヴィルスの恨みがましい視線に少々戸惑ってしまう。清廉潔白で半分が優しさで構成されている俺は、恨まれることに慣れてはいないのだ。


「ああ…、その、知っているかは分からないけどネイヴィルスは…性格が悪いんだ。ほぼ山猿というか蛮族というか…、深く付き合えば単に馬鹿なだけで悪い奴では無いのが分かるんだけど…」


 ホフマンは苦笑しながら説明をしてくれる。オブラートに包んでいるつもりなのかは分からないが、彼も随分な言いようだ。


 彼が言うには要するにネイヴィルスはその粗暴な振る舞いで敵を多く作っているらしい。そして、そんなネイヴィルスを快く思わない奴らが陰口として用いるのが俺の存在だ。


 入学試験で学士科の生徒に負けたくせに。それがネイヴィルスの周りでことさらに囁かれているらしい。そのため、もとより入学試験で土を付けられた俺に対し良い印象を持っていなかったのに、そこから更に恨みを募らせているのだとか。


「何だよそれ…。逆恨みじゃないか…」


「まぁ、そんなわけでネイヴィルスは殿を買って出てくれたわけだね」


「おい!ホフマン!何敵と仲良くしてるんだよ!」


 ネイヴィルスがじれるようにして声を荒げる。釈然とはしないものの、状況的にも彼と戦うのは避けることはできないようだ。


「…ハルト君。あまり油断しないほうがいい。入学してからネイヴィルスは腕を大分上げているし、この日のために僕の方もちょっとした助言をしてある」


「…お前はネイヴィルスに勝って欲しいのか?それとも俺に勝って欲しいのか?」


 もしろん同じチームであるネイヴィルスに勝って欲しいのだろうが、俺に忠告をしたりとちぐはぐな行動に、俺は思わず聞き返してしまう。


「複雑な気分だよ。正直言って彼の行動は賛同できるものではないし、君には先に僕が勝ってみたい気持ちがある。けど、あんなんだけど彼も友人だからね。応援しないのも可笑しいだろう?」


 相変わらずの苦笑いでホフマンはそう語った。そして、真面目な顔付きに戻るとネイヴィルスに一言宜しくと呟き、ホフマンとその仲間たちは背中を向けてこの場を後にする。


 彼らにとっては撤退戦という状況では有るが、その足取りは悠々としたものである。どうやら、俺が殿であるネイヴィルスを無視して襲うだなんて野暮なことをするはずはないと信じているのだろう。…獲物の横取りという野暮なことをされた後なので、少し背後から襲ってやろうかという気持ちも有るが、ここは目の前の敵に集中しよう。


「それじゃぁ行くぞ…。その生意気なつらを泣き顔にしてやるからな…」


 根は悪い奴では無いという認識を改めたくなるような凶悪な顔を浮かべて、ネイヴィルスは俺と相対する。強いて言えば不意打ちが前提のこの競技会でもこのように正々堂々と挑んでくるのがまだましなところの一つなのだろうか。


 実を言うと、ホフマンだけでなくネイヴィルスも事前の調査で名前の挙がっていた生徒の一人だ。身体強化を使いこなし、騎士剣術からは少し崩れているものの剣術の腕前は同学年の間では五指に入ると言われている。


「随分得意げだな。入学試験でも大口をたたいて早々に負けたのを忘れたのか?」


「だからあれは俺の実力じゃねぇって言ってるだろ!俺が死んでねぇ限り負けたことにはなんねぇんだよ!」


 少し挑発してみれば、途端にネイヴィルスは顔を赤くする。…実際に彼の腕前はどのくらいだろうか。相手に実力を発揮させないことが兵法の基本であるため、油断して実力を発揮できないことが一つの弱さであることには違いは無いが、ネイヴィルスの言うとおり彼の純粋な剣術の腕前は未知数である。


「オラ行くぜ!学士の根暗野郎!」


 顔を赤くし激昂したような表情ではあるが、剣筋は隙の少ない冷静なものである。俺は上半身を後ろに傾けて剣をかわすが、ネイヴィルスは深追いする事無く、必要以上には間合いを詰めることはしない。流石に以前のように力押しでは攻めては来ないか…。


 ボクシングのスウェーのようにして彼の剣を避け続ける。こうも避けられると大抵はムキになって距離を詰めてくるものなのだが、彼にその様子は見えない。


「どうした?全然当たらないじゃないか」


「避けてるだけで何を言ってやがる。その小さな体じゃ近づけないと辛いよなぁ?」


 ネイヴィルスはムキになるどころかニタニタとした笑みを浮かべている。俺はネイヴィルスの言葉で奴が何を考えているかに感づいた。彼の笑みも自分の考えが上手くいって得意気になっているから浮かべているのだろう。


 そもそも、幾ら身軽な俺でも全ての攻撃をかわすのは困難だ。では何故先ほどからネイヴィルスの剣を避けれているのかというと、彼の剣が間合いギリギリを維持しているからだ。要するにネイヴィルスの思惑は今の間合いを徹底的に維持することなのだろう。


 片手剣の俺とは違い、両手剣を使っているネイヴィルスの間合いは広い。更に言えば、平均的…、平均より少し小さい俺と養分の全てを身長に費やしているネイヴィルスとでは腕の長さも違う。この間合いを維持する限り、ネイヴィルスだけが一方的に攻撃ができるのだ。だからこそ、俺も挑発をしてネイヴィルスに間合いを詰めさせようとしていたのだ。


「お前…もしかしてこれが勝算とかじゃないよな…?」


 俺はネイヴィルスに尋ねる。…何か他に企んでいることでもあるのだろうか?正直言って間合いの管理なぞ基本的なものだ。他人との間合いの違いなんてあって当たり前なのだから、維持するテクニックも打破するテクニックも様々なものが存在する。


「そんなわけは無いだろう?試しに攻めてきたらどうだ?」


 …さも企んでいますよと言った言葉と表情で俺を煽ってみせる。あまりにも分かり易すぎて逆にブラフではとも思えてしまう。しかし、このままでは埒が明かないのも事実である。俺はネイヴィルスの振り終わりに体を滑り込ませ、奴の間合いを侵食する。


 振りぬいた剣には右手の剣を添えて動きを抑制し、左手で脇の動脈を狙う。単純な動きではあるが、機を制したその動きは単純ゆえに防ぎづらい強さがある。


「へへ、触れたな?この剣によぉ!」


 俺の剣が体に迫る刹那、ネイヴィルスは嬉しそうにそう言い放ち、鼻息を荒くした。その反応に俺は警戒心ゆえに飛び退こうと攻撃を中断しようとするが、それとほぼ同時に俺の体に激痛が駆け抜けた。


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