第268話 邪魔立てするか
◇邪魔立てするか◇
「どうした?掛かってこないのか?お見合いじゃないんだぞ」
俺が声を掛ければ、前方の男達は僅かに身動ぎをする。敵の集団を飛び越え、最後尾辺りに着地したのだが、こちらにいる人員は俺の飛び蹴りで弾き飛ばされた男のように士気が高いわけではないようだ。
今立っている城壁の上はさほどたいした造りではない。高さが本物の城壁に比べ低いこともあるが、人が立てる幅も狭いのだ。確かなことは言えないが、恐らくは専門の職人が仕上げたものではなく、工兵が訓練のために立てたものなのだろう。
そのため、このように人が密集すると満足に人の行き来ができない。先ほど、俺を囲みこもうとしていた者達は未だに戦意が高いが、手前側にいる士気の低いもの達に邪魔されて俺にたどり着けないでいる。
「おい!なにやってるんだよぉ!」
「つってもよぉ…。コイツ俺らより強いだろう…」
流石に命の危険性が無いからか、恐慌を起こしていると言うわけではない。どちらかと言うと、初めて見るような戦い方をする俺に対して攻めあぐねているのだろう。この場にこうやって釘付けにできているのならば目的は達したことになるのだが、生憎じっとしてはいられない性分だ。
俺は再び転戦しようと距離を詰めれば、覚悟を決めたように切りかかってくる。再び敵チームの波が俺を飲み込んでいく。
「クソっ!もっと押し込め!攻撃を食らった奴ごと押し込んじまえ!」
「だから!こいつがピョンピョンするんだよ!飛び回るからつかまらねぇ!」
集団をかき乱すように右へ左へと移動繰り返し、挑発するように飛び回る。これでこのまま少しずつ削っていけば、ここにいる集団の得点が全て俺の下に集まることとなるだろうと、俺は心の中でほくそ笑む。
軍事演習競技会では対戦相手という資源の取り合いだ。先ほど倒した男も雑魚狩りが効率が良いと言っていたが、それはある意味その通りで、得点を多く稼いだ強者を倒したところで得点は変わらない。つまりは早い者勝ちの資源の取り合いを制したものが優勝するルールとなっている。
言ってしまえば、この大量の集団は言い換えれば大鉱脈みたいなものだ。…だからこそだろう。このお宝の山を掠め取ろうとする者も存在するのだ。
空気を割くような飛来物の音。その音は聴き間違いなどではなく、風にも物体が拘束で接近する反応がある。俺は咄嗟に薄く張っていた矢避けの魔法を強化すると同時に、その場から飛び退いた。
「敵襲ゥ!敵襲だ!」
「戦闘中に何言ってんだよ!?今が敵襲中じゃなきゃなんなんだよ!」
「違げぇよ!外だ外!追加が現れやがった!」
そんな言葉が敵からこぼれる中、複数の矢が飛来する。一瞬、ブランが援軍として駆けつけたのかもと思いはしたが、その思いはすぐさま打ち砕かれる。なぜなら飛来した複数の矢は俺と敵の区別をつけておらず、むしろ俺の立っていた位置に集中して降り注いだからだ。
「前進!弓矢も緩めるなよ!」
城壁の外、俺が侵入してきた一角から聞き覚えのある声が聞こえてくる。そこに現れた一団は複数人で弓矢を射ながらこちらにゆっくりと前進してくる。
…さすがに複数人を相手にしているため、砦の外の索敵が疎かになっていた。俺は飛んでくる矢を逸らしながら、そちらの方に視線を向ける。
「横取りとはちょっとマナー違反じゃないか?」
俺が敵チームに気を取られていたように、敵チームも俺に気を取られていた。そのため、本来であればクロスボウで応戦できたのだろうが、先手を取られた複数の矢の雨に次々と討ち取られてしまっている。つまり大鉱脈が俺の目の前で掠め取られたのだ。
「狩人の狩りならマナー違反なのだろうけど、これは戦いだ。まさか卑怯とは言うまいね」
ホフマンが髪を手で掻き上げながら俺にそう答えた。俺の目の前で対戦相手を奪ったのはホフマンが率いる一団だ。
実を言うと、ホフマンには俺らのチームで出場しないかと声を掛けたのだが、彼自身のチームで出場すると断られている。そのため会場のどこかに居るとは思っていたのだが、このような形で接敵するとは思っていなかった。
ホフマンが片手を挙げると、彼のチームは弓を射るのを止める。といっても雨のように降り注いだ矢のお陰で俺以外の城壁の上のものは軒並み撃破判定となってしまっている。
俺はチラリとホフマンのチームに目を向ける。掠め取られた得点には届かないが、彼のチームを倒せばそこそこの得点にはなるだろう。不安要素としてはホフマンの存在か…。彼は事前調査でも名前の挙がっていた注意人物のうちの一人だ。彼を含む十二人を一度に相手するのは少々、厳しいものがある。
しかし、どの道戦わないという選択肢は無い。ホフマンは土魔法を使うことができるため、壁に取っ掛かりを作り容易に砦の中に侵入することができるはずだ。そうなればどの道、砦を攻略している俺達と三つ巴の戦いにはなるはずだ。
俺は城壁から飛び降りると、彼らの前に立って剣を構えた。この俺が砦の防衛側に回るのも変な話ではあるが、彼らが侵入するのを阻む必要がある。
「おっと。悪いけど戦うつもりは無いよ。…ハルト君がここにいるってことは、近くにタルテさん達もいるんだろ?せっかく勝ち残って来ているのにそこまでの危険は冒せない」
「んん?砦に攻めて来たにしては弱気じゃないか。…得点を取られた俺が逃がすとでも?」
「幾ら状況的に有利を取れる可能性があっても、普段の模擬戦で負け越している君らに勝てると思うほどうぬぼれてはいないよ。…それに、こっちには戦いたがってる殿がいるしね」
そう言うとホフマンのチームから一人の男が前に出てくる。自信に満ちた顔つきだが、その人を見下したような眼差しのせいで尊大な態度が見え透いている。貴族にありがちな表情ではあるが、彼は貴族ではない。貴族にはその地位があるように、彼には腕前に絶対の自信があるからこそ似たような表情になるのだろう。
「待ってたぜぇ…!この時をよぉ…!」
そう言って俺の前に立ちふさがったのはホフマンが半ば面倒を見させさせられているネイヴィルスだ。彼は肩を回しながら嗜虐的な笑みを俺へと向ける。そして、挑発するようにその剣先を俺の方へと向けて見せた。
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