第267話 人払いの魔法(物理)

◇人払いの魔法(物理)◇


「はいってきちまったじゃねぇか…」


 ぼそりと、剣を構えた男の一人が呟く。一応はこの拠点の防衛を任されていた人員として、俺の侵入を許してしまったことを失態だと感じているのだろう。


 しかし、その失態は俺を討伐することで取り返すことができると判断したようで、ゆっくりとこちらににじり寄ってくる。そして皆で視線を合わせると、俺の進路を塞ぐように展開し始める。


 と言ってもそういった陣形は俺にとって大して意味を成さない。その陣形を築いた男達の頭上を掠めるようにして飛び越した。何人かはその動きに反応して頭上に剣を構えて俺を突き崩そうとするが、それこそ先ほどのボルトのように空中で不自然に曲がり、剣が俺に届くことは無い。


「おい!不用意に剣を振るうな!内側に入り込まれてんぞ!」


「そんなもんどうでもいいから人数で押し込めよ!たかだか一人だけだろう!」


 この場の指揮官を指名していないのか、男達の間で意見や掛け声が錯綜している。しかし意外にも彼らの足並みは揃っており、普段の学院での修練の成果を感じられる。自己申告では有るが兵士科の生徒を代表してこの競技会に参加しているのは伊達ではないということだ。


 それでも、全員が俺の動きを追えているわけではなく、認識の差から隊列から弾かれたであろう者に俺は剣や蹴りを叩き込んでいく。


 普段のマチェットではなく模擬剣なのでいつも通りとは行かないが、むしろやられた者は元気良く痛みに呻いてくれるので、どんどん敵の足並みは乱れていく。集団が密集しているお陰で、撃破されたものが邪魔となり、後続は満足に攻めることもできていない。


「おお…。これが人気者の気分か。案外悪くは無いな」


 死人扱いの者を盾にしてこの場で頑張っても良いのだが、躍起になって敵チームの者達が詰めて来るため、下手をすれば圧死判定を貰うかもしれない。俺は腹を蹴られたせいで蹲っている男を足蹴にして、再び空中へと舞い上がった。


「そっちいったぞ!剣を不用意に振るうな!掴んで引き摺り下ろしちまえ!」


「おおい…!押すな…!通してくれよ…!鼻血が止まらないんだ…!」


 俺を追うようにして、真下に人が殺到する。さながらライブハウスの観客のようではあるが、地獄の亡者の如く俺に目掛けて手が伸ばされる。どうやら俺にクラウドサーフィングを楽しませるつもりは無いらしい。


 だが、人が殺到するのは分かっていたことだ。そのため俺の着地地点にはちょっとしたイタズラを施してある。


「おい待て!押すな!なんか…なんか変だぞ!?」


 俺の真下には圧縮した空気の弾を投げかけている。空気の弾は他とは極端に気圧が異なるため、中にはその違和感に気が付いた者がいるようだが、触れたということは直ぐにでも魔法の構築が解けてしまう。


 この砦に最初に訪ねたときのような轟音が響き渡り、落下を始めていた俺の体が炸裂した空気により再び軽く浮き上がる。もちろん炸裂した空気を受けたのは俺だけでなく、俺の下に集まっていた敵チームも同じだ。


 俺を空中から引き摺り落とすために詰められていた者達が、炸裂した空気によって放射状に吹き飛ばされる。運の悪い者はそのまま城壁の外へと落下していく。


「これが人払いの魔法ってやつだ。物理的だがな」


「こいつ…魔法使いかよ…。炸裂する魔法薬ポーションじゃねぇよな?」


 単純な空気を圧縮するだけの殺傷能力の無い魔法ではあるが、密集地帯で使用すれば厄介な魔法となる。吹き飛ばされて無人となった小さな爆心地へと降り立つと、俺は魔法を使ったことを告げる。


 ボルトを逸らしたり、空中でおかしな軌道を取っていたりと既に魔法を使ってはいたが、あからさまな魔法は使っていなかったため、気付いていなかったものは今になって気付いたこととなるだろう。


 兵士科で魔法を使える存在は珍しい。なぜなら魔法を使えるならより待遇の良い魔法兵士科に進むからだ。そして、剣術がメインで魔法の使用が大きく制限されているこの競技会には魔法兵士科の生徒はあまり参加をしていないらしい。


 つまり、俺の周りでこちらを睨んでいる者達にとっても、魔法を使いながら戦う俺は珍しい存在として映っていることだろう。


「風魔法では撃破判定をもらえないからな。安心してもらって大丈夫だぞ?」


 そう言って俺は手元に空気を圧縮し始める。すでに俺が塀の上に降り立った次点で地の利は逆転しているのだ。彼らは狭い足場の上で複数人が集まって満足に移動も剣を振るうこともできていない。一方、俺は城壁の上でも風魔法のお陰で自在に異動することができる。それこそ城壁を降りたところで、どこぞの大乱闘するゲームの如く、直ぐに盤上外から復帰することができるのだ。


 そして、有利である人数差で強引に押し切ろうと思っても、こっちも魔法で強引に押し込めることができるのだ。


「くそっ!後列は下がれ!前方から順番に当たるんだ!」


「あん?人数で押し切るんじゃねぇのかよ」


「押し切ろうとしたところでまた逃げられるだろ!交代で当たって体力を削り取るんだよ!」


 足並みはどんどん乱れていく。俺に良い様にされて激昂から士気が上がっている者もいれば、逆に不利な立場に転落したせいで萎えてしまっている者も出てきている。その士気の差も足並みを乱す原因なのだろう。


「…俺は降りるぜ。魔法使いを倒しても他の奴らと得点は変わらねぇんだよ。この大会は雑魚狩りが一番効率が良いんだよ…」


 敵の集団の後ろで、やる気の無い顔をしていた男が気だるげに剣を担いで隊列を離れる。数合わせのような人員なのか、他の者に付き合う気は無いらしい。


 その声を聞いた俺は手摺の上を走りぬけ、集団を飛び越えるように再び宙に舞い上がり、その隊列が綻んだ地点へと身を躍らせる。


「確かにそうだな…!。雑魚狩りが一番効率が良い!」


 着地地点は隊列を抜けた男の背中だ。残念ながらナナよりの言いつけでなるべくこちらに人を引き付けなければいけないのだ。来るものは拒まないが去るものは執拗に追いすがってやる。飛び蹴りを食らって吹き飛ぶ男の悲鳴と共に、敵の集団は慌しく反転をした。


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