第266話 ハーフリングは玄関を知らない

◇ハーフリングは玄関を知らない◇


「そろそろ時間だが…、どうやって注目を集めるかが問題だな」


 レジアータが篭っているだろう拠点を証明に見据え、俺は剣を抜き放った。隠れるのをやめたと言うのに、敵チームの見張りたちはまだ俺に気付いてはおらず、暢気にお喋りに興じている。


 もとより、斥候職で産まれながらのシャイボーイである俺は、人の注目を集めるのは苦手とするところだ。先ほどの作戦会議でも注目を集めるための小粋なジョークまでには言及していなかった。童心に返って大声で呼びかけても良いが、これから始まるのはそんなにこやかな物ではない。


 俺は手の平の上に風を集めて圧縮させていく。やはり注目を集めるには爆音が最適か。その音がナナに向けての合図にもなるだろう。


「インターホンが見当たらないからな。こっちで掻き鳴らさしてもらおう」


 俺は圧縮空気の弾を砦へと射出する。真っ直ぐと飛来したそれは、砦の壁に触れた瞬間に圧縮されていた空気を開放し、轟音となって周囲に響き渡った。


「…!?おい!何の音だ!?」


「正面の方じゃねぇか?漸くどっかが攻めてきたんだろ」


 音に釣られるようにして、正面の城壁の上に敵チームたちが集まってくる。唐突な爆音に焦るような顔を見せるようにしていたが、その音の発生源近くに佇んでいるのが俺だけと言うことに気が付いたのか、今度は侮るようにして端で笑い始めた。


「おい。鴨撃ちの時間だぞ。少し前の奴らの生き残りが特攻しに来たんじゃねぇか?」


「見てろよ。今度は俺が当てて見せるぜ」


 そう言って塀の上に立つ男がクロスボウを俺の方へと向ける。それを切欠にして、他の者もクロスボウを構え始めた。


「いいのか?さっきもレジアータ様が無闇に打つなと騒いでたぜ」


「構うもんかよ。得点が俺らに流れるのが気に食わないんだろ?最後に八百長で倒される約束はしたが、そこまで指示される謂れはねぇよ」


 そうして、俺に向けてクロスボウからボルトが放たれる。あまり様にはなっていない撃ち方ではあったが、敵の男から放たれたボルトは的確に俺に向って空中を駆け抜ける。しかし、事前に発動していた矢避けの魔法によって、ボルトは軌道を変えて俺の脇を通り過ぎた。


「下手糞。外してんじゃねぇか。次は俺の番だな」


「うるせぇな。こんなもん数撃ちゃ当たるんだよ」


 まるで射撃大会の的当てでもしてるかのごとく、俺に向けて次々とボルトが放たれる。いや、声を聞く限り実際に誰が先に俺に当てるかを競っているため、事実上、彼らにとっては射撃大会なのだろう。


 だが、当たることのないボルトに対し、笑みを浮かべて手で挑発してみれば、彼らは向きになって次々とクロスボウを撃ち始めた。既に塀の上には十人以上の敵チームの者達が集まって来ており、それに合わせて俺へと射られるボルトの数も増えてはいくが、その全てが俺を避けて背後へと流れていく。


 俺はそのまま余裕そうな顔で壁へと歩を進める。既に十分な有効射程距離へと侵入し雨の如くボルトが飛来するが、その全てが俺には当たらない。ここにきてその異様な状態に、塀の男共も怪訝な顔を浮かべ始めた。


「…おい。もっと人を集めろ。なんかアイツおかしいぞ」


「クロスボウは…正常だよな?誰かがボルトを尻に敷いて曲がったんじゃ?」


 俺がしぶとく生き残っているため、他の持ち場の者にまで声が掛かり、どんどん注目を集め始める。ここまで来れば俺に課せられた第一目標は達成したと言うことだ。


 …後は程よい程度の混乱を齎せばいい。幸い、全滅させないほどであれば屠って良い許可を貰っている。


「おいおい。早く誰か当てろよ。あんまりボルト無駄にするとまたどやされるぞ」


 全てのボルトが命中しない異様な状況ではあるが、クロスボウを構える男達の表情にはまだ余裕が見られる。塀の上と言う一方的な状況からの攻撃が彼らをそうさせているのだろう。


 ならばその余裕を無くしてあげようではないか。そうすれば焦りが伝播し、早々に向こうの陣営は混乱し始めるだろう。


 …思えば、俺は王都に来てから大分大人しくなっていた。変な貴族に目を付けられるのを嫌って、ついでに貴族関係でナナやメルルに迷惑をかけることを避けるために派手なことを避けていたのだ。


 だが、正直に言えばそんな生き方はあまりに窮屈だ。自由を愛すハーフリングとしても、束縛を嫌う巨人族としても考えられない生活だ。


 …少しぐらいなら伸び伸びと戦ってもナナやメルル、タルテは許してくれるはずだ。タルテなんか聖女扱いされて既に注目を集めているしな…。むしろタルテに近づく者を牽制する意味でも実力を示す必要があるだろう。


「そうだよな。少しぐらい大暴れしても大丈夫だよな…」


 そう言い訳をしてから、俺は壁に向かって走り出した。唐突に走り始めた俺に対し、壁の上の男達は焦ったようにクロスボウを射るが、それでもまだまだ余裕の表情だ。まずは自分たちが戦いの場に立っていることを思い出させてあげよう。


 一陣の風の如く駆け抜ける俺は、そのまま砦の壁にたどり着く。そしてそのまま垂直の壁を駆け上った。そして、そのまま壁の上へとフワリと身を躍らせる。俺の体が上昇から下降に転じる時が止まったような時間の中で、呆けたような顔をしている壁の上の男と視線があった。


 男は同じ目線の高さとなった俺に対し、反射的にクロスボウを放ってきた。だがしかし、この距離になっても矢避けの魔法はボルトを強引に逸らしてくれる。


「そら、お返しだ…!!」


 虚を突かれたせいで反射的にクロスボウを撃つのが精一杯。逃げることも守ることもできずにいる男の顔に目掛けて、回し蹴りを打ち込んだ。


「お邪魔しまーす」


 俺はそのまま壁の縁の手摺となっている部分に着地する。まさか俺が壁を止まる事無く駆け上がってくるとは思っていなかったようで、敵チームの者達は未だに唖然として口をあけている。流石に味方に当たると判断できるほどの冷静さは残しているようで、混乱してクロスボウを放つものは居ないが、それでも動き出せないでいる。


「おい。いらっしゃいませが聞こえねぇぞ」


 俺がそう声を掛ければ、皆慌てて剣を抜き始める。…ゆっくり五秒ほど数え、俺は彼らが抜刀を追えて構えるのを静かに待った。そしてそれに合わせるようにして、俺も両手の剣を左右それぞれに切っ先を向けて静かに構えて見せた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る