第265話 城攻めは戦の華よ

◇城攻めは戦の華よ◇


「さて、どうやって攻めようかな」


 そう呟いて、皆で砦を見詰める。壁もそこまで高くはないし、とても強固とは言えない粗末な城壁で砦と言うのも憚られる様相だが、致死性のある行為は禁止というルールと言う名の強固な壁を纏った難解な砦である。


「タルテちゃんに頼んで階段を形成してもらうとか?」


「駄目だな。贅沢なことに複数のクロスボウがある。風で守っても良いが、少しでも突入に手間取ったり隊列が乱れれば、登っている間に蜂の巣だ。」


「ブランの弓矢で牽制しながらなら突入できるでしょうか?」


「駄目だよ。流石にブラン君だけじゃ手が足りないだろうし、何より矢の数が足りなくなっちゃう」


「矢や魔法を打ち込んで敵を引かせた後、その敵が引いた箇所の城壁を崩すとかはどうだろう」


「駄目ですわ。審判の匙加減で危険行為とみなされる恐れがあります。それをするのは最終手段ですわ」


 脱落者が出るのを許容するならば、隊列を組んでの突撃も候補に上るのだが、人数的に不利な状況では不用意に人的損害を許容することは避けたい。それに折角なのだから全員で砦の中に乗り込みたいものだ。


 問題は砦だけでなく、敵の装備も悩みどころだ。ここから観測する限りでも、見張りの敵チームの手にはクロスボウが握られているのだ。クロスボウは構造上引き絞る距離が弓よりも短いため、弓よりも飛距離が短く、ブランの弓であれば射程外から一方的に狙うことができるが、敵チーム全員を弓で仕留めることは流石に難しいだろう。


「問題はここにいる十人をいかにしてあの砦の中までに届ける手法は何かということだが…」


「時間が有れば…トンネルを掘ることもできるのですが…」


 流石にタルテでも競技会終了までに砦までの地下道を開通することは難しいらしい。時間もネックだが、大量に発生する土砂が敵の目に触れてしまう可能性も高いだろう。


「隙があるとすれば、あまり真面目な人達じゃないところだね。警備網にムラもあるし…、少し突いてみれば簡単に釣れるとは思う。そして、何より重要なのが敵はこのまま守っているだけでは勝てないと言うこと」


 そういってナナは地面に砦の簡略図を描き始める。先ほどの得点発表では俺達のチームが最高得点を記録している。敵が同士討ちでどれほどの得点を稼げるかは不明であるが、敵の陣営でもこのまま守っているだけでは負けてしまうのではないかと言う不安が渦巻いているとナナは言いたいのだろう。


 援軍の期待できない篭城は悪手と言われるが、それは篭城が守るだけで攻めることができないため、結局はジリ貧になってしまうからだ。そういう点では打って出る必要のある彼らは悪手を選択しているわけだ。


「まず砦の正面。ここにハルトが布陣する。もちろん複数のクロスボウから狙われるけど、ハルト一人なら平気でしょ?」


「ああ。俺だけなら風壁の魔法で簡単にボルトを逸らせる」


 逸らすだけなので、複数人がいてしかも移動するとなると逸らしたボルトに当たる者が出てくる可能性があるが、一人だけなら確実に当たらない。


「まず、そこでハルトの陽動だね。敵に焦りがあるならそれだけでも引き付けられる筈。そして、手薄になった反対側に残りのメンバーで一気に近づくよ。ブラン君はその後詰めをお願いね」


 ナナは地面に書いた砦の簡略図の周りに、俺らの動きを示すように矢印を書き込んでいく。俺以外の一団を示す矢印の先には、砦の中でも特に壁の高い見張り櫓のような凸部が描かれている。俺は、なぜ侵入しづらい高い壁の箇所へと向うのかと疑問に首を傾げたが、敵チームの装備を思い出して得心がいった。


「…そうか…!?クロスボウだもんな。ここは完全な死角になるのか」


「そう。見た限り単純な造りのクロスボウみたいだからね。他から斜線も通っていないし、ここに辿り着きさえすれば手出しはできないはず」


 驚いてみせると、ナナは得意げに俺に向かってウインクをしてみせた。クロスボウの構造に詳しくないからか、ギル達はまだ分かっていないようだが、そんな彼らに向けてナナが続けて説明をする。


 単純な話だが、クロスボウはレールの上にボルトを乗せて打ち出すため、傾けるとボルトが落下してしまうから下方向には打てないのだ。中には落下防止の構造が存在するクロスボウもあるが、彼らのクロスボウには付いていない。


 つまり、ナナの指し示す櫓のような箇所は、他の城壁よりも飛び出ているため射線が通らず、上からの打ち降ろしも警戒する必要が無いのだ。


「本当はハルトに往復してもらって安全に少人数ずつ辿り着くのも良いかもしれないけど、それだと時間が掛かりすぎちゃうし、人が多すぎるとブラン君の手が追いつかないだろうしね」


 クロスボウで打たれる危険性は無いけど、落石などはしてくる可能性がある。だが、俺が反対側で人を集めていれば、櫓で防衛をするであろう人員ぐらいはブランの弓で打ち抜けるということだ。


「あとは、その安全な地点でタルテが侵入経路を作製すれば良いという訳ですわね」


「うん。階段を作るか、穴を開けるかはその場で決めようか。その後のことを考えるなら、登って高所を押さえたほうが戦い易いかな」


「穴は…強度的に難しいかもですけど…、階段でしたら問題なく作れます…!」


 これで侵入方法の目出が立った。俺だけが一人で囮という字面だけではイジメのような所業だが、俺であれば問題なく戦えるとナナは信頼してくれているんだろう。むしろ、あまり独り占めするなと暗に釘を指される。


 …俺であれば、陽動をした後そのまま正面から侵入が可能だ。あの程度の高さの壁ではハーフリングを阻むことはできないのだ。父さんなんか壁に対して垂直に立って歩くことができるからな…。


「ブラン君の立ち居地はここだね。クロスボウだと届かない距離だから、一方的に弓で狙えるはず」


「それじゃ、残りの俺らはみなで走りぬけばいいわけですね。タルテさんを守るように陣を組みながらいきますか?」


「いえ…!この程度の距離なら私の方からも牽制できます…!前を開けてくれたほうがやりやすいです…!」


「ああ…、クロスボウよりもタルテの肩の方が強力ですわね。要であるタルテを守るのは賛成ですが、それは私が請け負いましょう」


 俺たちはナナの作戦を突き詰めていく。敵が行う可能性のある行動に、その場合の対応策。そして俺との連絡方法。一通りの行動指針を決め、俺らは敵の集う拠点へと潜み近づいていった。


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