第264話 いざ次の戦場へ

◇いざ次の戦場へ◇


「そこそこ点数は稼げたが、流石に確定とまではいかないか」


 俺は空に上がった信号弾を眺めながら、俺は傍らで休むナナに言葉を投げかけた。俺らの姿を隠す小さな藪の中にはナナだけでなく、接戦を繰り広げた拳闘ファイト倶楽部の面々も、体を投げ出すようにして休んでいる。


「ハルト。他のチームは近場にいないの?」


「見える範囲ではいないな。恐らく、アレックスのチームが殲滅したんだろ」


 アレックスのチームとの戦闘を終え、俺らは野原の中に取り残されるように存在していた小さな木立の中で身を休めている。低木の枝を指で避けながら周囲を観察するが、周囲の野原や塹壕のエリアには戦闘をしている様子は見られない。ナナはタルテ特性の体力回復薬をちびちびと飲みながら、俺の視線の先を応用にして観察する。


 軍事演習競技会も中盤に差し掛かったため、空には運営側からの信号弾が打ち上げっている。その信号弾が示すのは俺らのチームのポイントではあるが、一位を維持してはいるものの、優勝が確定するほどの得点ではない。


 特に心配なのがレジアータの率いるチームだ。事前の調査では、彼は規定人数のチーム以外でも、別チームの扱いで配下をこの競技会に潜ませていることが分かっている。いざとなれば、その配下を犠牲にすることで大量の得点を得ることができるため、いくら俺らのチームがトップだからとはいえ油断することはできないのだ。


「ただいま戻りました。…残りのチームを見つけましたよ」


 俺らが休憩している木立にブランが舞い戻ってくる。彼もアレックスのチームと接戦を繰り広げた一人ではあるのだが、最も長く戦っていたくせに最も消耗せずに戦い抜いたため、休憩を早めに斬り上げて他のチームの索敵をお願いしていたのだ。


 アレックスのチームとの戦績は十勝二敗。正直に言えば、剣よりも弓の修練を積んできたブランが最も負ける可能性が高いと思っていたのだが、彼は十勝のうちの一つを稼いでみせた。徹底的に守りに徹し、ナナがアレックスを仕留めるまで耐え忍ぶ。そして、リーダーであるアレックスが撃破された際に発生した相手方の隙を見事について勝ってみせたのだ。


「残りのチームはどの辺にいたんだ?他の奴らに取られる前に仕留めたいんだが」


「それが、結構面倒なことになっているみたい。ハルト君の言っていたレジアータの一党が、めんどくさいところに陣取っているようだよ」


 ブランはそういいながら、俺の広げた地図の一部に人差し指を当てて指し示す。そこは演習場の端にある市街地を再現した戦闘区域だ。彼が言うにはそこにアレックスの率いる一団がいるらしい。


「かなりの人数がそこに詰めているみたい。少なくとも十二人以上は確実にいたよ」


 一つのチームの人数制限は十二人だ。それ以上の人数がいたといたということは、やはり配下のチームを率いているのだろう。


「皆も休憩は十分だよ。点数が足りないならそこに稼ぎに行こうよ。…そこにレジアータもいるんだよね?」


「一度姿を現して周囲を怒鳴りつけていました。直ぐに奥に引っ込みましたが、間違いなくそこにいると思います」


 ナナのもう一つの標的が沢山の得点を引き連れて陣取っている。ブランの言うとおり拠点を築いているのならば少々面倒ではあるが、逃げ回られるよりはまだましだ。ナナの言葉を聞いてか、休んでいた者達も立ち上がり、次の戦闘への意気込みを見せる。


「それでは次へと向いましょうか。その方々を仕留めて価値を確定させましょう」


 メルルの言葉を皮切りに、俺らは無言で対立を組み、休憩場所にしていた藪から静かに出立を開始した。



「あれが奴らが陣取った拠点か。これ以上近づけば見つかるか…?」


 ブランの案内の下、俺らはレジアータの一党がいるであろう拠点へと身を潜めたまま近づいていた。もとが人の居住のためではなく、戦闘訓練用に再現された市街地ということで、廃墟群という表現が正しいかは分からないが、風化し蔦の這った風貌は廃墟群といっても差し支えない様相だ。


 その廃墟群の一角にレジアータの一党が集まっている。もとは比較的密集していた建物を土魔法で繋げたのだろうが、彼らの集まる一画だけがさながら砦のような形状へと変化している。


 地形的有利を押さえているからか、相手側はさほど警戒しておらず暢気にお喋りなどに興じているが、如何せん人数が多いため、これ以上近づいてしまえば見つかる可能性は高いだろう。


「…意外と攻めずらいね。まさかこの競技会で城攻めに挑むことになるなんて」


 ナナが小さく呟くが、その声色にはどこか楽しそうな雰囲気が見て取れる。


 …確かにナナの言うとおり、ある意味では堅牢と言って良い拠点だろう。俺はどうやってそこを攻めるか頭を悩ませる。


「まさか、そもそも入り口が無いとは…。ハルト様が潜入して門を開くという案は使えませんわね」


「俺一人での大冒険を許してくれるんだったら、今から一人で乗り込むんだがな」


 堅牢な理由の一つとして、レジアータの作った拠点には出入り口が存在しないのだ。通常の砦であれば、居住のため、あるいは軍隊が打って出るため門が備わっているのであろうが、この演習中に使用するためだけの砦であるため、レジアータは門を排除したのだろう。


「もう少し近づかないと分かりませんが…、土魔法も厳しそうです…」


 今度はタルテが悩ましげな表情でそう呟いた。タルテには土魔法でその砦の状態を観察してもらっていたのだが、彼女が言うにはあの砦は少々脆すぎるらしい。これが強固に作られている砦であるのら、タルテの土魔法によって進入用の穴や階段を作製してもらえば済むのだろうが、脆いせいでそれをやると崩壊する可能性があるのだとか…。


 崩壊すれば、下手すれば死人を出す可能性がある。脆いくせにルールを盾にして強固な砦へと変貌しているとは…。もしそれを分かっていてやっているのであれば、レジアータはかなりの策士だろう。


 同様の理由で、攻城兵器並みの攻撃力を有する魔法は使うことができない。その魔法を放っただけで反則扱いになる可能性もあるし、その魔法の衝撃でレジアータ達の砦が崩壊すれば演習どころでは無いだろう。


「…援軍のいない篭城には兵糧攻めが良いのだろうが…、そんな気長な大会じゃないしなぁ…」


 俺らは地図に書き込まれた砦の見取り図を取り囲むようにして、さながら軍略会議のように意見を出し合う。城攻めには篭城側の三倍の人数が必要と言われているが、俺らは逆に三分の一以下の人数でそれを成さねばならない。


 だが、誰しも難しいと言うが気後れしているような者はいないらしい。妖精の首飾りのメンバーも拳闘ファイト倶楽部の面々も、さながら難解なゲームに挑むかのように、口角を上げて楽しげに肩を並べていた。


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