第263話 素首落とし
◇素首落とし◇
「…自爆…では無いのだな?」
私の体を覆う、陽炎のような炎のベールを見てアレックスが警戒したように呟く。しかし、大した魔法ではないと判断したのだろう。動きを止めたのはほんの僅かの間で、すぐさま私に向かって切りかかってくる。
アレックスの目が驚愕に見開かれることとなったのは、彼の剣と私の剣が合わさった瞬間だ。今までは受け流すように彼の剣を受けていた私が、さも平然と彼の剣を受け止めたからだ。
「は…!?な、何だその魔法は…!?」
龍の膂力に光魔法の身体強化を持つタルテ、巨人の膂力を持つハルトに血魔法による強靱な肉体を持つメルル。ただの平地人よりは力の強い私ではあるが、妖精の首飾りの中では最も非力な存在だ。しかし、この魔法を使った私の膂力はハルトさえも凌ぐ。試しに力比べをしてみたところ、ハルトを苦労しながらも組み伏せることができたのだ。
「どう?これで力比べは私の勝ちじゃない?」
「クソっ…!?妙な魔法を使いおってからに…!」
ギチギチと剣と剣が鍔迫り合いとなり、私の力とアレックスの力がせめぎ合う。しかし、私の方にはだいぶ余裕があり、ここに来て初めてアレックスが後ろに押され始める。
完全に流れの変わった戦いにアレックスは冷や汗を流している。彼がここまで焦った顔を見せるのは剣術の授業も含めて初めてのことだ。
「君よりも力が強くなった今、剛剣が私に向いてないなんて言えないよね?体の柔らかさは普通の女性となんら変わらないけど、膂力はそこらの男には負けないんだから」
今の私を見て、誰が柔剣を薦めるだろうか。どう見たって剛剣の適性がある。交差する剣を間に挟んで、私はアレックスに好戦的に微笑んでみせる。アレックスは渋い顔をしながら私の顔を恨みがましく見返した。
「…何なのだその魔法は!?光魔法の身体強化を超えるなぞ聞いたことがないぞ!?」
問うと言うより、自分の納得のいかない現象に文句を言うようにアレックスが怒鳴りつける。その罵声と共に私の剣を押し込もうとするが、私は後退する事無く受け止めた。
「黙れ!いくら力が強かろうと女に向いているのは柔剣だ!そんな魔法を手にしたからこそ勘違いしているのだろう!」
「これでも、足りないって…。次は牙を生やして、翼を生やして…、私がドラゴンになるまで続けるつもり?」
少なくとも剛剣を扱っているアレックスよりも私の力が上回った時点で彼の言うことは破綻している。第一、彼の言う女性の関節の柔らかさだって私は捨てていない。剛剣の分類には入るのだろうが、柔らかさも併せ持つスタイルだ。
「結局さ、アレックスは私が似たような剣術を使うのが納得いかないんでしょ?自分より弱ければ同門として好意的だけど、自分より強いのは許せない。それを否定したいから怒ってるんだ」
自分より劣るのであれば構わないが、自身の地位を脅かすとなれば途端に同族嫌悪の感情が湧いて出る。女性だからという言い訳は、そんな醜い自分の気持ちを覆い隠すものなのだ。…私には女性差別の偏見自体も醜いものに思えるけど…。
他の男達と一緒だ。剣術の授業では彼は全力でなかったから私の存在が許せていただけ。だからこそ、今ここで全力を出しているのに負けるのは許すことができないのだ。性質の悪い貴族と似たような感情だ。普段は平民に優しく紳士的に接するくせに、地位を上げ立場が近くなる優秀な平民は烈火のごとく憎み排他する。
「黙れ!なぜ女の貴様にそんな魔法が芽生えたのだ!」
「芽生えたんじゃなくて、研鑽して手に入れたものだよ。そこの中傷は許さないよ」
鍔迫り合いをしていた剣を跳ね上げて、姿勢を崩したアレックスに追撃を加える。私の追撃を受け流すことができず、防御は間に合ったものの大きく後ろへと押し込まれた。
気が付けば、周りの学生たちは勝負を終えており、遠巻きにこちらのことを観戦している。剣士として有名なアレックスが押し込まれる姿を見て、彼のチームメンバーは信じられないような顔でこちらを窺っている。
「なぜ…私が…。私は
アレックスは自問自答するように小さく呟きながら何とか構えな直した。今の彼には私に挑んでいたときのような覇気が消え失せてしまっている。
…この軍事演習競技会は戦う心構えのできていない生徒達が、不用意に魔物討伐に挑まないようにと計画されたものだ。アレックスの状態を見る限り、彼もそれに該当する生徒なのだろう。ここで戦意を喪失しかかっているということは、彼は恐らく自分より強いものに本気で挑んだことが無い。…なまじ、剣士に向いた魔法の才能があった弊害だろう。
「ゴメンね。君よりも弱く、非力なだけの女性になれなくて。まぁなるつもりも無いのだけれども…」
そう言いながら、攻める手を止めてしまった彼に向って大きく一歩踏み込んだ。彼は剛剣に自信があるようだが、私の目で見てもまだまだ甘い。力に頼り切っているだけでは剛剣たりえないと教官には教えられた。
そんな私の習った剛剣の一端を見せ付けるようにして彼に向って剣を振るう。力があって当たり前の巨人の剛剣は、意外にも技術的な箇所が良く研鑽されているのだ。
頭上から剣を振り下ろそうとすると、アレックスはその衝撃を恐れて必死に頭上に剣を構えて何とか受けようとする。その瞬間に剣を回転させるようにして、柄頭で下側から相手の剣を跳ね上げるのだ。リカッソという剣身にも持ち手のある
上側からの衝撃を恐れていたアレックスはいきなりの下側からの衝撃に対応できず、頭上に構えていた剣が天へ向うように跳ね上げられる。私の剣は跳ね上げた勢いを殺さず回転させるようにして斬り上げの体制へと入る。こうなってしまえば如何様な防御も間に合わない。
「ああ…」
抉じ開けるようにして強引に作られた隙に、アレックスも次の瞬間に自分がどうなるか悟ったのだろう。絶望するような顔で、視線だけが私の剣に向いている。
そして私の振るう剣は、そのまま無防備なアレックスの脇腹へと吸いこまれていった。そして人の身から鳴るには少々不穏な音を立て、アレックスは両足が地面から離れ浮かび上がる。そして小さな放物線を描いた後に、再び地面に激突すると勢いを殺せずそのまま何回転も転がった。
「もとは魔獣の頭をかち上げて、その首を落とす技らしいよ」
素首落としと呼ばれる巨人の剣術の一つだ。意識が有るかはわからないが、私は説明するように土に塗れたアレックスに説明する。
審判が高らかに勝敗を叫び、
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