第262話 腕力には腕力で

◇腕力には腕力で◇


「そら!!意外と粘るじゃないか!?」


 アレックスが長剣を扇のように扇ぐと周囲の大気を巻き込むようにして風が吹きつけてくる。私は目を細めながらも姿勢は崩さぬようにしてその風を耐え忍ぶ。


 風魔法で牽制をしながら、光魔法で身体強化を施した剛剣を振るうその姿は、自信に満ち溢れており、私を的確に追い詰めるように的確に攻めてきている。そこには有無を言わせぬような芯の強さがあった。


 風魔法使いのアレックスに向って安易に火魔法を放つつもりは無いが、そもそもアレックスがその隙を与えない。距離をとれば風にてこちらの動きを止めて、その隙に接近して長剣の間合いに入れられる。どうやらアレックスは私に息継ぎをさせず、このまま押しきる算段なのだろう。


「どうした?守ってばかりじゃないか?他の者の手助けを待ってるだなんて詰まらないことを言わないでくれよ?」


「うるさいなぁ。授業のときとは違って随分と喋るじゃないか」


 彼の攻撃よりも、その言葉が何より私の気に触る。アレックスと初めて会ったのは剣術の授業であった。基本的に大半の男子生徒は、女性に剣を向けるのを嫌がったり女性に負けることを忌避するため、女子生徒と戦いたがらない。しかし、アレックスは性別のわけ隔てなく戦うような珍しい生徒であったのだ。


 てっきり私を女性ではなく、一人の戦士として扱ってくれているのだと思っていた。しかし、今の台詞を聞く限り、結局は私を女性としてみている。いや、別に女性として扱ってくれるのは良いのだ。女性騎士には女を捨てたと言っている者もいるが、現実的に女の体をしているのだから完全に女性であることを切り離すことはできない。


 しかし、女性だからと言って不当に軽んじられるのは容認できない。アレックスの言うとおり、剛剣には女性より男性の方が向いている者が多いだろうが、女性だから極められないわけではない。結局は女だてらに剣を振るう私を珍しがったのだろうか。


「…本当に粘るな。直ぐに終わると思っていたんだがな…」


「授業で負け越しているのに、私が女性だからと侮っていることに驚きだよ」


 それほど魔法に自信が有ると言うことなのだろうが、それはつまり純粋な剣術では私に勝てていないということだ。


「おっと。勘違いしないでくれ。別に女性にしては強いだとか言っているわけではない。単純により向いた剣術があるだろと言いたいだけだ。向いていない戦法に固執するのは強さに対して失礼だ」


「同じだよ。性別に拘って本人の資質に目を向けていないのだから。私にはこの剣術が向いていると知っているよ」


 本人の資質に応じた武器や戦法を促がすのはよく分かる。私だってブランに弓を進めたり、ギルに大剣を進めたりはした。しかしアレックスの言う資質には性差からくる偏見が混じっている。


 確かに風魔法と光魔法を使いこなすアレックスは手ごわい存在だ。しかしその強さを性差によるものだと考えるのは明らかに間違っている。


「そんなわけ訳ないだろう。女の細腕ではいずれ限界が訪れる筈だ」


「そう?少なくとも今は戦えていると思うけど?」


 挑発するように笑って見せれば、アレックスの視線が鋭くなる。その反応を見て、私はアレックスがどのような心境にいるのかが推測できた。


 彼の反応は剣の勝負で私に負けた男子と同じものだ。つまり、アレックスは魔法を用いた剣術に自信を持っていたため、幾ら純粋な剣術で負けても悔しくは無かったのだ。本来の自分はもっと強いと言い訳をすることができた。


 より激しくなったアレックスの剣を私は両手剣で受け流す。傍から見れば私が押されているように見えるが、それでもアレックスの剣が私の体に届くことは無い。それに気が付いたアレックスは更にむきになったように剣を振るう。


「チッ…。妙に慣れているな。…お前の剛剣の師匠のせいか?」


「師匠もそうだけど…、近しい戦いをする人を知っているからね」


 私と最も剣を交えてきた人は、光魔法を用いたアレックス並みの膂力でより巧みに風魔法を使う人だ。特に風魔法を比べてみれば、アレックスの風魔法は児戯のようなものだ。剣を振らねば発動できないとなると、彼からしてみれば失笑ものだろう。


 戦い方だってそうだ。人の裏をかくような悪辣な剣術を使う。それに対してアレックスの剣術は大分素直だ。力を流せないような方向にて切りかかってくることもないし、数手掛けてこちらの姿勢を崩すように立ち回ることも無い。


「ふん…。持久戦を挑むつもりか?それが愚かなことだと分かっているのだろ?」


 光魔法使いは疲労を回復することができるため、確かに彼の言うとおり光魔法使いに持久戦は挑むべきではない。


「いや、別にそんなつもりは無いんだけど…、その…怒らないで聴いてね?確かに君が中々隙を出さないこともあるんだけど…、単純に…ここで出し尽くす訳にはいかないし…、温存しようかなって」


「なっ…!?侮るなといったのは貴様だろう!貴様のそれは侮りではないのか!?」


 ハルトを手本にして煽ってみれば、面白いように乗ってくれる。更に単純になった剣筋を私は余裕を持って対処する。


 温存していると言うのもまったくの嘘ではない。私の手札にはこれを覆す魔法も存在する。しかし消耗の激しい魔法であるため使用を躊躇っているのだ。そして何だかんだで魔法無しでも彼の攻撃を凌げていることも温存することが選択肢に登った要因でもある。


 だが、彼の攻撃を一時的にでも止めなければ、その手札を切ることができないのも事実だ。彼の言うとおり、このままこの状態が続けば、疲労が蓄積し先にミスをするのは私の方だろう。


「烈風!烈風!!烈風ッ!!結局口先だけではないかっ!私の意見に物申すなら、それを覆す強さを見せてみろ!」


「しつこいね!そのうち見せてあげるよ!」


 …挑発するのは早まった選択だっただろうかな。動きは単調になったものの、中々魔法を構築させてくれる隙を見せてくれはしない。疲れ知らずで延々と剣を振ってくる相手がここまで厄介とは思ってはいなかった。タルテちゃんで有れば、彼女自身も魔法を絡めてくるので互いに魔法を構築する隙が生まれるのだ。


 だが、その魔法を構築する隙は思いのほか外部から訪れた。


「なっ!?炎だと!?」


 私達が戦っている一画から、大量の炎が吹き出たのだ。恐らくはタルテちゃんが構築した土壁にて周囲には被害は無いようだが、その炎の熱と光がアレックスの気を逸らしたのだ。私が相手であるために唐突な炎の出現に警戒でもしたのだろうか。自分が作り出した訳ではない隙を利用するのは気も引けるが、みすみす見逃すほど素直ではない。


「…生命極限活性化オーバーリジェネーション


 私の体を舐めるように薄っすらと炎が揺らめき、芯に宿る熱量が体に溜まった疲労を焼失させる。熱量はそのまま力と変わり、私の体に満ちるように行き渡った。


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