第260話 火で火は焼けぬ
◇火で火は焼けぬ◇
「タルテ!土壁を!」
反射的にタルテに向けて声を掛ける。いきなりの掛け声であったが、タルテはすぐさま反応し、レイファンと他で戦う者達を隔てるように土壁を形成する。
ナナが剣術指南という形で軍事演習競技会の準備を進めている最中、俺は別の形で備えていた。それは所謂事前調査だ。参加する生徒のもつ魔法属性に戦闘スタイル。特にその腕前を認められている生徒を中心に調査していた。
その中で名前が挙がったのがレイファンだ。タルテの畑を荒らした容疑者としても名前の挙がっていた彼だが、執行部に所属しているだけあってその戦闘能力も名前を知られている存在であった。
調べた限り、レイファンは火魔法使いだ。火魔法はこの競技会において使用が制限されているが、逆に言えば、小規模な火魔法でも撃破判定が貰えることとなっている。
しかし、彼が今構築している魔法にはそれ以上の魔力の高まりが見える。そしてその顔には嗜虐的な笑みが見て取れた。
「万象一切燃えて無くなれぇ!!」
投げかけるようにして振られた彼の手からは、紅蓮の炎が噴出する。なぜ撃破判定が貰えて発動も楽な小規模な火魔法ではなく、辺り一体を巻き込むような大規模な火魔法を構築したのか。それは先ほどの表情のように嗜虐的な意図もあるだろうが、単純に火魔法使いにありがちな火力主義によるものだろう。
彼らは常に全力で魔法を放つ。それ故に制御能力が磨かれることは無く、加減して魔法を使うことができないのだ。必要以上に周囲を焼き、時には味方すらを巻き込むその使い方は嫌われる使い方なのだが、どうしても一定層はそういった使い方に頑固に拘るのだ。
タルテの土壁の向こうで、まるで洪水のように炎が打ち寄せる。どうみても反則と判断すべきその魔法であるが、その堂々としたルール違反に遠巻きに見ていた審判の騎士も反応することができずにいる。
「ははは…!どうだ!これが本来の力だ!」
炎の満ちる中心からレイファンの声がする。殺すまでは行かないだろうが、確実にギルを戦闘不能にしたと思っているのだろう。確かに通常の生徒であれば、火魔法でちょっと炙ってやれば、燃えて無くなりはしないが、即座に治療に向わなければならぬほどの火傷を負うことだろう。
しかし、止めに入ろうとした審判の騎士が動きを止める。それは、炎の波に飲まれながらも、ギルが剣と腕を前方にかざして、レイファンの放った炎を耐えしのんでいるからだ。俺も風を吹かせれば火魔法から他人を守ることは簡単なのだが、標的となったのがギルであるため守る必要が無かったのだ。
「…悪いな。それぐらいの火なら効かねぇんだわ」
炎の波が弱まると、その中から悠々とギルが姿を現す。ギルは僅かに継いでいる巨人族の血のせいか、火魔法の素養を備えている。そのため、魔法自体は発現してはいないものの、火魔法であれば他の属性よりレジストしやすいのだ。巨人族の血を継いでいても、完全に風に偏向している俺にはできない芸当だ。
ましてやレイファンの火魔法は反則とされる威力ではあるが、ちゃんとした火魔法と比べれば規模は大きいものの単に力の限り放っただけの稚拙なものだ。これがナナの火魔法のように、緻密に制御し圧縮したような火魔法であれば、発現していない火魔法使いなどでは到底レジストできないだろう。
「な、なぜ…!?」
「何故って…、そんな舐める程度の炎じゃ芋も焼けないだろ。規模がデカイだけで熱いのは一瞬だ」
「くそっ…このっ…!お前!身の程を知れぇ!」
癇癪を起したかのように火を投げつけるが、焦ったせいか構築が甘く、大規模な魔法を打ったばかりのこともあり、収束することができていない。ここで確りと火球を構築できれば多少は火傷を負わすこともできるのだろうが、このような炎であれば通じることは無い。現にギルは暖簾を潜るかのように片手で炎を打ち消している。
「へへへ。こりゃぁ…追いついたってことか?剣術で追い詰めて、火魔法まで使ったのに俺に通らないってことはそう思って問題ないよなぁ?」
「下がれ…!俺のそばに近寄るなああぁああ!!」
ゆっくりと噛み締めるようにギルはレイファンに歩み寄る。そして大剣を肩に掲げてレイファンの目前に立ち塞がる。学の無い貧民街の子供達が、善き教師に出会い学院に入学できるまでに成長した。そして基礎すら知らない剣術も、その餓えた心により即座に吸収しここまで来ることができた。
「さぁ、並んだぜ?ここからお前はどうするんだ?」
「クソ…!クソ…!認めないぞ…!」
レイファンは未だに縋るように火を放つが、既にその竈の火よりも小さなものだ。…ここで剣を再び握れば違うのだろうが、怖気づいたレイファンは剣を構えることができない。傍から見ていたが、追い詰められたとはいえ、それはギルが力任せに押し込んだに過ぎない。単に楽勝だと思っていたであろうギルが粘るものだから焦っただけで、剣術自体の腕前は未だにレイファンの方が上だ。
戦う心構えと言う点でギルがレイファンよりも勝っていた。それがこの戦いでは如実に現れたのだ。
「アア…!?なんだ!この壁ぇ!」
「………」
タルテの作り出した土壁にまで追い込まれたレイファンは、無様に背中を晒して土壁を越えようとするが、流石にそれはギルが許さない。ギルは呆れながらも無言でその無防備な背中に大剣を振り下ろした。
「んだよ…張り合いが無い…」
倒れ伏したレイファンを追い越すようにして、ギルがこちらへと歩み寄ってくる。その顔はしてやったりと言うよりは、目標のハードルが思ったより低かったことへの落胆が見て取れた。
「あんまり嬉しそうじゃないな?」
「まぁ、目標の剣士…それも火魔法使いが彼女だから、あまりの違いに戸惑っているというか…」
勝負を終えたギルに俺が話しかけてみれば、彼はため息と共に剣をしまった。彼の視線の先には目標の剣士がいる。目標の剣士はその身に炎を纏っていた。
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