第259話 風は疾く疾く打ち倒す

◇風は疾く疾く打ち倒す◇


「…は?」


 その声は目の前の騎士風の男から発せられただけではなく、俺の近くで戦っていた者の口から零れた驚愕の心の発露であった。


 この軍事演習競技会において最もルールとの相性に恵まれているのはタルテではあるが、次点で恵まれているのが俺だ。風魔法は火力と言う点では他の属性と比べ極端に劣っているが、最速の発動速度と不可視、索敵能力という火力の少なさを覆すほどのメリットがある。そして火力の制限される競技会において、風魔法は火力の少なさ故に殆ど制限される事無く使用できるのだ。


 軽く様子見のために斬りかかってきた男は俺の風を用いた急加速に反応することができなかった。…そもそも用いたは風の炸裂によって予備動作をせずに前進し、行動の予測を騙すものだ。反応できないのも当たり前だ。


「なんだ…いまの?」


 俺によって強かに打ちつけられた脇の痛みにより、討ち取られたことを認識したのだろう。相対した男は痛む脇を押さえながらも、信じられない物を見るような目で俺を見詰めている。だが、討たれた事には納得しているようで、剣を納めながら戦線からゆっくりと離脱する。


「クソォォォォオオオアアアア!!!」


 勝負が早々に終わったのは俺だけではない。タルテもまた簡単に相手を制してみせた。振り下ろされ剣をまるで受け渡されたかのように平然とガントレットで掴んでみせ、そのまま彼女の剛力で、巻き取るように押し倒す。


 背の低いタルテではあるが、構えた剣ごと押し倒された相手は大地に押し付けられるようにして悶えている。決着の際の標高…海抜…頭の位置をより高きに置く者を勝者とするならば、すでに勝者は決まったも同然だ。


 手早くタルテは地面の上でもがく相手の首に手を伸ばすと、その動脈を片手で締め上げる。親指と人差し指でピンポイントで動脈を押さえる強引な技ではなるが、完全に重心を押さえ込まれた相手には抗うすべは無い。拳での殴打ではなく、外傷の無い失神を選ぶのはタルテの余裕であり優しさだろう。叫びながら抵抗していた相手も、七秒ほどの時間が経てば力が抜けるようにして沈黙する。


 周りの戦いに巻き込まれないようにするためだろう。タルテは失神した男の脚を掴むと、引き摺って戦線から遠ざけようとする。それを見て俺もタルテの下に駆け寄り、腕を掴むと手伝うように持ち上げた。続くようにして俺の討ち取った男もタルテの脇に駆け寄り、残ったもう片方の足を持ち上げた。


「君たちは…強いな。こうも簡単に敗れるとは思わなかった」


 ぼそりと、俺の対戦相手であった青年が呟く。


「経験の差だな。俺らはナナ相手に騎士剣術を知ってはいるが、そっちは俺らのような相手は初めてだろ?」


「そりゃぁ…、そうだね。他流試合の経験もあるけど…、君の二刀流もそうだし、無手はそれこそ初めてだろうね」


「えへへ…。剣はその…すぐ折っちゃいますので…」


 タルテは照れながら意識の無い男を引っ張る。照れたせいか強引に足を引くので男の四肢がもげそうになり、慌てて俺と青年が追従する。折角無傷でタルテが仕留めたのに、意識の無い間に股関節脱臼は洒落にならない。


 俺らが四肢がもげぬように慌ててる傍ら、残った戦士たちの間にも慌てるような空気が蔓延する。図らずとも各々が一騎打ちをするような空気が醸されていたが、それは何かしらの約束事で確約されたことではない。


 気絶した男を運び終わった後、他の戦いに参戦するのは反則にはならない。騎士道に劣ると揶揄される恐れもあるが、決闘でもないこの場では一騎打ちを遵守する謂れも無い。騎士様の戦い方じゃなくても文句は言われないのだ。


 だからこそ、敵チームの間に焦る気持ちが蔓延っていく。数によって押し込まれる前に、眼前の敵を打ちのめして人数差を補いたい。そういった気持ちが彼らの剣筋を乱し始めたのだ。本来、そういった配下の心を統率する役割であるリーダーも、今ではナナとの戦いに熱中している。


「あら?少し強引じゃありませんこと?」


「ちょっ…!?ちょっと待って…!あっああ…!?」」


 その気配をすぐさま察知したのがメルルだ。大方、女性で更に線の細いメルルが相手だから力で押し切れると思ったのだろう。しかし、メルルは自身の体に流れる血を操作する事で、擬似的に身体強化を行うことができる。


 焦ったその剣をメルルは的確に弾き、そのまま殴りつけるように相手の肩口に円盾を押し付けた。腕の根元である肩に円盾を押し付けられたため、相手は剣を自由には振れなくなる。それどころか円盾が目隠しとなって大きな隙を晒してしまったのだ。


 後は無防備な胴体に向けて、メルルが的確に片手剣を突き刺していく。過剰とも取れるその刺突は勝敗を決めるには十分なものであった。


「勝ちましたわー!剣術だけで押し通せました!」


 思いのほか嬉しかったのか、柄にも無くメルルが飛び跳ねるようにして喜んだ。そしてそれが敵チームを余計焦らすことに繋がる。今、苦戦しているのはブランぐらいのものだろう。彼は弓を極めていたため、剣術はそこまでナナからの指南を受けていない。だが、それでも冷静に守りに徹しており、端から一人で倒すのではなく他の者が勝負を終わらせて加勢することを考えているようだ。


 …ブランは加勢を期待しているようだが、俺の注意は別の方に向う。ギルと相対しているレイファンだ。ブランも一騎打ちには拘っていないようだが、彼も一騎打ちや正々堂々といった勝負には拘っていない可能性が高いのだ。


「早く!落ちろ!貧民がぁあ!」


 汚い言葉と共に鋭い剣戟の音が届く。既にギルにだいぶ押されているのか、レイファンの体には擦り傷や土汚れに塗れている。…レイファンとレジアータの間にどのような遣り取りがあったかは不明ではあるが、彼はタルテの畑に盗みに入るような男だ。追い詰められたときに何をするかは解からない。


「へへっ。その貧民に追い込まれている気分はどうだよ?どんな気持ちだ?」


 ギルの剛剣により、レイファンの行儀の良い剣術が剥がれ始める。時には土を巻き上げるように乱暴に振ったり、力任せに剣を叩きつけるが、そんなことは慣れた物だと言いたげにギルは的確に捌いていく。


「そら!お返しだ!」


「この…!馬鹿力がっ…!」


『おい…そ…どうな…ている…!?』


 レイファンの懐から何者かの声がする。声送りと似たような感覚だからこそ察知できたが、どこか遠くで叫んでいるような微かな声だ。その声はレイファンにも届いたのか、彼は僅かな逡巡を見せた後、後ろに下がるようにしてギルから距離を取った。


 恐らくは…、彼の目的はレジアータの勝利に貢献すること。そしてあわよくば見下しているギル達を痛い目にあわせること。


 レイファンは何かを思いついたのか、それとも決心したのか、周囲を見渡した後にギルに向って不気味な笑みを向けた。


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