第258話 野ばらに戦ぐ戦士達

◇野ばらに戦ぐ戦士達◇


「…!?ナナ!メルル!タルテ!こっちに誰か近づいてくるぞ!」


 ギル達の戦いを見守っていると、俺の風の索敵に他の一団を捉えた。急いで近場の丘陵の上に登って確認すれば、土煙を上げながらこっちに向って駆ける者達の姿が見えた。


「…あれはアレックスのチームだね」


 しゃがんで目を凝らす俺の肩に手を当てて、体重を預けるようにしながらナナがそう背後から呟いた。


 向こうは確実にこちらを捉えているようで一直線に向って来ている。おそらく、丘の上近くで戦っているギル達が目撃されたのだろう。士気が高いのかまるで馬に乗っているような速度だ。


「ナナ。ハルト様。どうします?」


 メルルがこちらに質問を投げかける。彼女の視線の先には未だに戦っているギル達の姿がある。…大事をとるのなら、俺たちもギル達の戦いに参戦し早々に殲滅、せまるアレックス達に備えるのが常道だ。


 しかし、この場は彼らに任せると言ってしまっている。緊急事態だからといって介入するのは簡単だが、彼らも良い気はしないだろう…。それともナナにそれを言わせる前に俺がでしゃばるべきだろうか…?


「皆さん。他が迫っているのですね?僕らは構いませんから参戦してください。ギル!他の敵が迫っている!全員で対処するよ!」


「ああ!分かった!時間切れと言うわけだな!」


 俺が逡巡していると、状況を察知したブランの方から声を上げてくれた。ギル達の方も悔しそうな顔をしているものの、俺らの参戦には納得しているようだ。


「ハルトさん…!私が行ってきますね…!」


 俺らの元からタルテが飛び出していくと、颯爽と戦線に加わった。その際にはさり気無くギル達に活復の魔法を施していく。瞬く間に疲労を回復させる光魔法だ。


 タルテの魔法により力を取り戻したギル達は一気に敵チームを押し込んでいく。背の小さなタルテはその間をすり抜けるように移動し、抵抗の激しい力量のある者を的確にしとめている。


 この競技会のルールにおいて最も恵まれているのはタルテだ。彼女は魔物相手であってもその拳で戦う猛者であるが、殺傷力があるからといってその拳を取り上げることなどできない。そしてその威力を上げている生きた鎧リビングメイルのガントレットも、括りとしては防具となるのでルール上使用が可能だ。結局、実行委員会がタルテに言い渡したのは、加減して殴ってくださいというお願いであった。


「やっぱタルテさんは強ぇえな。これが拳闘ファイト倶楽部最強の拳か!」


 ギル達はタルテの拳を誇らしげにたたえる。…そういえば、一応タルテも拳闘ファイト倶楽部の一員なのか。…本人はその肉体言語による自己表現に共感を示し、手伝いのつもりで治療を施していたらしいが…。


 最後の敵チームを打ち倒し、足早にこちらに集まってくる。本来は勝鬨を上げたいものではあるのであろうが、それでも戦況を見渡せないほど熱に犯されてはいないようだ。


「おおおお!やはり!やはり緑白のチームはナナリア嬢であったか!流石は私に土を着けた女傑だ!」


 先ほどよりも大分近くに迫ったアレックスが大声を張り上げる。ここまで駆け足で駆けつけたのであろうがその声には淀みが無い。それは後ろに続く彼のチームも同じようで、軽く息を荒げてはいるが肩で息をするほどではない。よほど普段の修練を真面目に取り組んでいるのであろう。


 その彼に続くチームメイトにはレジアータと繋がっていると目されているレイファンの姿もある。…彼は呆れたようにアレックスを見詰めている。アレックスの性格上、レジアータの行動を利用することはあっても共謀して企む事はしないとナナは言ってはいたため、恐らくは彼はレジアータが仕掛けた草であるのだろう。


 アレックスはナナを評価しているようだが、レジアータは逆に過小評価している。それであればレジアータの目下の敵はナナではなくアレックスだ。それをどうにかするためにレイファンを彼の懐に忍ばせたのであろう。


「ハルト。皆で他の人を頼めないかな?彼は一騎打ちじゃないと納得しないだろうから」


「なんだ。ご指名とは随分ご執着じゃないか。ダンスの誘いでも乗るつもりか?」


「ちょっと…!冷やかさないでよ。そんなんじゃないよ!」


 ちょっとした嫉妬心から軽口を叩けば、ナナは唇を突き出しながら俺を軽く小突く。そして背負った両手剣ツヴァイハンダーを抜き放ちながら、鞘を地面の上に放り投げる。もちろん模造刀ではあるが、わざわざナナの波刃剣フランベルジュに似せて作った特注品だ。


「指名制なら、俺にあいつを任してくれますかね。あいつは…そう、あいつは嫌な奴なんです」


 今度はギルが大剣を片手で持つと、レイファンの方へと向ける。指名されたことに感ずいたのか、レイファンは鼻で笑うようにしてギルを見詰め返している。…あの目付きは見たことがある。以前レジアータの手下達がギル達に向けていた視線そのものだ。人を侮るような下卑た視線。その視線を受けてギルは奮い立つようにして攻撃的な笑みを返した。


「連戦になりましょうけど、大丈夫かしら?」


「ええ、タルテさんに回復してもらいましたから疲れはありません」


 互いにフルメンバーである十二人の人員がいる。その内二人が互いの相手を指名したからであろうか、自然に一対一となるように戦士達が広がっていく。本来では一対多となるように立ち回るのが集団線の基本ではあるが、それはこの場では捨て置かれるようだ。


 俺も自身の前に歩み寄ってきた一人の兵士を観察する。向こうも俺を観察するように見詰めるが、その顔には疑問に思うような色が見て取れる。…二刀流はマイナーな流派だ。騎士剣術でも鈍重な両手剣を補うように小剣を使う流派もあるが、あくまでも補助として使うだけだ。俺のように同じサイズの二刀流は初めてなのだろう。


「ふふふ。私も訓練になりそうですわね」


「なんだ?魔法は控えるつもりか?」


「危なくなったら使いますけど、できれば剣術だけでどこまで行けるか試してみますわ」


 メルルはにこやかな顔して円盾と片手剣を構える。術師タイプのメルルではあるが、近接もこなせるように片手剣術の修練を欠かしてはいない。彼女も拳闘ファイト倶楽部の面々に触発されて、自身の腕試しをしたくなったのだろう。


 相手もしっかりと修練を積んでいるであろう者だから油断はできないが、いざとなったら収縮する血の刃しょけんごろしがあるため、そこまで心配は要らないだろう。


「おお。いいね。みな戦士達だ。それでは一つ、始めようか」


 そう言ってアレックスは構えた長剣をナナに向けて振り下ろし、ナナは受け流すようにして軽々とその剣を受けた。その剣と剣がぶつかる音が合図となって、各々の間でも火花が散り始める。俺と相対する男もまずは小手調べと言いたげに俺に向けて剣を振り下ろした。


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