第257話 戦線は森を抜けて
◇戦線は森を抜けて◇
「居たぞ。あそこの尾根沿いだ。…ひぃふぅみぃ…。全体で七人…、装備も汚れているしどこかで一戦引っ掛けてきたようだな…」
森を出て中央部の野原の近く、森との境にある丘陵地帯を身を潜めながら観察してみれば、丘の影に身を潜めて休んでいるチームを確認することができた。…見晴らしの良い地帯であるが故に、近づけば見つかってしまう。森の中に誘い込むのも手だが、流石に怪しすぎて釣れることは無いだろう。
「ハルト。人数が少ないならさ、ギルとブランの班をこのまま向わせられないかな?」
「厳しくないか?このまま向えば相手に高所を取られるぞ?」
近づく過程で晒されるであろう弓矢は、俺の風で逸らすことができるが、それでも向こうはこちらを丘の上で待ち構えることができる。逆にこちらは坂を駆け上ってからの接敵だ。状況的不利にわざわざ飛び込む必要性も無いとは思うが…。
「折角の実戦の機会だしね。準備万端で挑むのも良いけど、時には準備不足の状況で立ち回る経験も必要だよ」
ナナが楽しそうに笑みを浮かばながらそう答えた。
…軍事演習競技会への参加はナナが喧嘩を売られたことが発端なのだが、肝心のナナが既に教え子達への訓練の機会と思っている。ナナがさっぱりとした性格だからなのか、単にアレックスやレジアータを本心では取るに足らない相手と認識しているのか…
「やらして下さい。流石にさっきみたいにおんぶに抱っこじゃ折角教えていただいた剣術が勿体無いっス」
俺らの話を聞いていたのか、藪に身を潜めたままギルが小声で話しかけてくる。本人は精一杯身を潜めているつもりなのかも知れないが、体が大きいので肩やらお尻やらが藪から飛び出ている。
「それじゃ訓練の成果を見せてもらおうかな。もちろん、後詰めはするから安心してね」
「へへへ。ありがとうございます。…それじゃ、ブラン頼んだぞ。上手い具合に俺らを使ってくれ」
「ええ…、…まぁいいけど、直ぐに僕に頼るのは違うんじゃないかな」
ナナの許可を貰うと、ギルは自信ありげにブランに目配せをする。ブランは呆れたようにギルを見るが、互いの班員に手早く指示を出し始める。ギルが言うには皆を纏め上げるのはギルの仕事であるらしいのだが、頭を使うような采配はブランの役目らしい。さながら、ブランは参謀の立ち居地なのだろう。
「それじゃ、いくよ。合図を出すから逸らないでね」
放たれた矢は孤を描きながら飛翔し、丘の上にて周囲を観察していた敵のチームの一人を的確に打ち抜いた。鏃の無い訓練用の矢であるため見張りは尻餅をついた程度で済んだ入るが、本物の矢であれば確実に命を奪っていたことだろう。
「…この距離でよく当てられますわね」
「静止している標的なら可能な距離ですよ。幸い風も止まっていますし…」
ブランはメルルに答えながらも次々と矢を放っている。お返しと言いたげに向こうからも矢が飛来するが、その矢は俺が風を使うまでもなく明後日の方へと飛んでいく。
まともに当てられる距離ではないと判断したのだろう。丘の上の敵チームはブランの弓から身を隠すために、丘の向こう側へとその身を潜めた。
「さぁ、皆。射線が切れたよ。慌てず速やかに前進して」
「おう!」
ブランの指示を受けてギル達が森から飛び出して丘の方へと向う。こちらから見えないということは、向こうからもこちらが見えてはいない。足音でばれぬように、ギルたちは静かに丘の上を目指して移動し始める。
その間にもブランは牽制するように丘の向こうへと矢を放ち続ける。頭を押さえつけられた敵チームは接近するギル達には気付けない。しかるべきして、ギルたちは敵が押さえていた丘の上に上り詰めた。
…運の悪いことに敵チームが逃げ込んだ先は窪地となっている地形だ。こうなってくると逃げるためには再び丘を登ることとなるため、その選択肢は取り辛い。登る際に先ほどのように弓矢の良い的となるからだ。…異様な弓の腕前を持つブランだけで、かつブランはまだ丘の上には居ないのだが、それは敵チームには知れないことだ。
「退くなぁ!攻めろ!敵は少数だ!」
「へへへ。威勢が良いじゃないか!かかって来いよ!」
敵もその地形的不利をすぐさま察知したのか、逃走ではなく闘争を選択した。すぐさま、ギルたちと火花を散らすように剣が交わった。
◇
『レイファン!早くアレックスを誘導してこちら側に他のチームを追い込むんだ!』
『レジアータ様…。そちらに追い込むんですか…?その…、他のチームも戦いに来てるわけですし…そう簡単には逃げ帰るとは思えないのですけれど…』
『なんでやってみる前に分かる!やってみてから考えろ!』
私は声送りの魔道具でレイファンに指示を飛ばす。敵が私の拠点に追い込まれればクロスボウで容易に倒すことができるだろう。そうすれば直ぐに逆転できるはずだ。まだだ、まだ焦る時間ではない。ママにははしたないから止めろと言われているが、つい親指の爪を噛んでしまう。
恐らくきっと多分、緑白のチームは何かしらの不正をしたのか集計の間違いがあったのだろう。でなければこれだけの時間であんな点数を稼げるはずが無い。
…!?そうか!私と同じように事前に配下を他のチームとして忍び込ませたのだろう。確かに他にも気が付く奴が居ないとは限らない。なるほど、私としたことが盲点であった。ふふ、こうやって自身を省みれるのも私の良いところだな。
しかし、多少は知恵が回るようだが馬鹿な奴らだ。この時点で得点が入ったということは他チームの配下を倒したということ…。私のように終了間際までこき使えば良いものを…。ああ…、そうか…配下を采配する能力がないのだな。上手く動かせねば配下の間で得点が散ることになってしまう。それを嫌がり早々に手放したのだろう。所詮は多少は知恵が回るだけの凡人ということだ…。
「レジアータ様、今よろしいですか?」
私の元に配下の男がやってくる。下級貴族の出ということで幾つか武器を渡したのだが、そのせいで多少調子に乗っているようだ。
「得点で負けているのなら打って出るべきでは?この武器もあれば余裕で戦えますよ」
「はぁ!?この作戦に文句があるのか!?第一!そ、外に出たら…ケガするかもしれないだろ!」
コイツは馬鹿か!?大方、競技会だからといって油断しているのだろう。模造刀であっても打ち所が悪ければ大怪我をするということが分かっていないようだ。…こいつはこんな危機管理もできていない奴だったとは…、やはり私が導かねば…。
「第一、貴様はここにやって来る敵を討ち取るように指示していただろう!何故ここにいる!?分かっているのか?他のチームはいくら味方とはいえ奴らが得点を得たところで私の得点にはならないのだぞ!?」
そうだ。そうだった。こいつは戦線で得点を稼ぐ必要があるのだ。なぜ私の元まで下がって来ているのだ!
「いや、みんなクロスボウを打つのが楽しいみたいで、射撃大会のようになっているのですよ…。そのせいで敵チームも近づきませんし…」
「何故そんなことをしている!?私はボルトを無駄にするなと言ったよな!?」
言い付けたことぐらい確りと守れよ!どんだけ無能なんだよ!何のためにこの競技会に参加したんだよ!
私はガジガジと爪を噛む。すると、レイファンから敵を追い込んだ連絡が来たのか声送りの魔道具に反応がある。
『レジアータ様。駄目ですね。アレックスは例の高得点の班がナナリア嬢だと思っているようで、半ば暴走しています』
「なんでみんな言うこと聞かないのぉぉおお!?」
噛み千切った爪から血が流れる。私は声送りの魔道具を地面に向けて叩き付けた。
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