第256話 想定と違う!

◇想定と違う!◇


『ほらほら、ハルトが追加を連れてきたよ!準備して』


 霧の向こうから風に乗ってナナの声が聞こえる。しかしその声を掻き消すかのように俺の後ろからは罵声が投げかけられる。


「戦え卑怯者!不意打ちだけが貴様の取り柄か!?」


「追えぇ!手前のチビなら追いつくぞ!」


 俺は森の木々を間を縫って駆け抜ける。背後にはちょっと乱暴なご挨拶をしたせいで怒り心頭の敵チーム、前方には距離を開けてブラン達が先導するように駆け抜けている。後ろの彼らからすれば、俺だけがブラン達から遅れている鈍間な班員に見えることだろう。


 ブラン達は次第に木々の密集した地点に走りこむ。苔むした岩と木々で形成されたあくまで自然の風景に見えるが、あれはタルテが作り出した特殊な地形だ。無意識の内に木々や地形に誘導され、目的の位置へと敵を誘い込む。


 俺が最後の小口となる岩の間を抜ければ、僅かなスペースに身を隠していたギル達が露になる。後ろに続いていた敵チームが漸く待ち伏せに気が付くが、もう遅い。乱立した木々や倒木、岩石に身を阻まれて集結することもできず、かといって脇に逸れることもできない。


「おい止まれとまれ!隠れてやがった!」


「悪いけどこれ、軍事演習なんだな。端から削らせてもらうぞ」


 縦に伸びた戦列のせいで先頭の一人が四人に囲まれることとなる。待ち伏せに気が付いた後続の数人は踵を返そうとするが、すでに退路はナナが塞いでいる。倒木や岩を乗り越えようとした者達は逐次ブランの班の弓によって討ち取られていく。


「あああ!どけ!お前らぁ!押し通るぞ!」


 敵のチームが強引に抜け出そうとするが、それが可能な状況ではない。すでに戦況は完全に傾きなすすべの無い状態だ。結局は、最後に足掻こうとしていたリーダーらしき男がギルの大剣に吹き飛ばされるようにして倒れると、敵のチームは全て殲滅されることとなった。


「緑白チームは九点獲得!…撃破された奴はこっちに集まれ。歩けない奴はいるか?」


「あぁぁ…俺の軍事演習競技会が…騎士団の夢が…」


 目立つように派手な旗を掲げている審判の騎士が少し離れたところから声を掛ける。討ち取られた敵チームは意気消沈してうな垂れているが、それでも審判の指示に従ってそちらに移動し始める。


「結構稼ぎましたわね。森にいるチームは一掃したのではないでしょうか?」


「そうだな。ここから把握できる位置にはもう姿は無い。こんだけ無茶をしたんなら暫くは安泰だろ」


 ギルやブラン達にとっては初めての鉄火場ということもあったので、慎重に攻めたい気持ちもあったのだが、この軍事演習競技会は敵の撃端数を競うものだ。徹底的に潜んで最後まで生き残ったところで何の得点も得ることは無い。


 だからこそ、敵を釣り出すことで大量得点を画策したのだ。かなり忙しく無茶をさせる作戦ではあったが、むしろ忙しいことで余計な力みが抜けたようにも思える。また、開始早々に大量得点を得るのは敵の目論見を崩す意図もある。もし、敵の画策していたことが想定どおりの内容であるならば、得点の一次発表でレジアータの尻に火をつける事ができるだろう。


「ハルト。敵影が薄くなってきたならこっちから攻めて出よう。先導頼めるかな?」


「ああ、余裕はあるだろうが…資源は早い者勝ちだからな」


 ナナに答えながら俺は空へと視線を向ける。敵を倒せば得点がもらえるこの勝負は、サバイバルゲームのような雰囲気を醸しつつも、その実、敵チームと言う名の資源の取り合いだ。より多くの敵を屠るため、俺は索敵のための風を寄り広範囲に展開させた。



「レジアータ様。陣地の構築終わりました。手の開いたものは近場に寄って来た者を駆逐しております」


 私は廃墟群の中の建物の一つの中で配下の報告を聞く。順調に進む作戦に私はつい笑みを浮かべてしまう。報告に来た配下の男は、配下ではあるが私のチームではない。私のチームの人員は得点を得るために彼の言う他チームの駆逐に向かっているはずだ。


 私だからこそ気付けたことではあるが、この軍事演習競技会のルールには大きな穴がある。それはルール状では敵あっても、実際は味方という存在を取り揃えると圧倒的に有利になるということだ。


 私が組織したのは五チーム計六十人の部隊だ。四チームはルール状では敵ではあるが別名義で参加表明した私の配下に過ぎない。こいつらは他のチームを駆逐した後に、私に頭を垂れその剣を身に受けることとなる。つまり、この時点で私のチームは四チーム分の得点を得たとも同義であるのだ。


 敵の五倍の兵力で他を駆逐し、最終的には得点へと変わる使い捨ての便利なチーム。この集団を構築した時点で私の勝利はほぼ確定であるだろう。


 もちろん、開始場所が散ってしまっているため集まるには不確定要素も絡んだが、そこはアレックスのチームに潜入させたレンファンを上手く使った。レイファンにアレックスのチームを誘導させて、集合の妨害となる他のチームの牽制に用いたのだ。


「ふふふ。これで勝ちは確定だねぇ。クロスボウで武装させた者共を屠れる者なんて居ないだろうし、このまま守ってても僕らのチームは最低で四十八点。アレックスが幾ら頑張ったところで越えられないはずさ」


 もしアレックスが予想外に奮闘しても、その場合はレイファンに殺傷能力のある魔法を使わせればよい。それで奴のチームは失格だ。私のチームの障害になる可能性のあるアレックスは早々に退場してもらっても良いのだが、できれば他の邪魔なチームを駆逐してから失格になってもらいたい。


「あ、レジアータ様。最初の得点発表が打ちあがりましたよ。…ええとあの点滅は…」


「ああ、この段階なら流石にトップはアレックスのところかな?こっちは終盤で手に入れる予定の四十八点が無いからね」


 まだ、味方の撃破で手に入れる予定の得点は手に入っていない。他のチームメンバーが攻めてきたものを駆逐して多少なりとも得点を稼いでいるだろうが、流石にその得点だけでアレックスを上回っているとは思ってはいない。


「あれは…えっと、トップは緑白のチーム…得点は…六十点です!」


「…は?」


 四十八点という点数アドバンテージは早々に覆されるはずは無い。…恐らく、恐らくコイツが信号弾を見間違えたのだ。私は自分にそう言い聞かせながら、信号弾を自分で確認するべく空へと視線を向けた。


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