第255話 チーム緑白

◇チーム緑白◇


「良い場所だな。この立地なら考えていた策の一つが使えそうだな」


 開始場所の森の一画まで移動した俺は、周囲を観察するように風を広げる。まだ開始を知らせる信号弾は上がっていないが、ルール前に魔法を行使して周囲の様子を探ることは禁止されていない。…まぁ、フェアではないので次回からは禁止されるだろうが、少なくとも今回の競技会では禁止されてはいない。


 所属するチームを示す緑白二色の襷を括り付けたチームメイトたちは、緊張した面持ちで開始の知らせを待っている。しかし、俺の言葉に反応する程度の余裕は残っているようで、緊張を落ち着けるように息を吐き出しながら、周囲を見渡している。


「策って、あれか?そ、そんな上手くいくのか?」


「ギル。緊張しすぎ。男は度胸じゃなかったの?」


 ギルをからかうようにブランが軽口を叩くが、ブランも落ち着かないのかソワソワと手先を動かしている。そんな彼らの姿を見て、ナナが苦笑しながら向き合うように立って剣を抜いた。


 まだ開始前だと言うのに響いた抜刀の音に一同が驚いてナナに注目するが、ナナが笑っているのを見て怪訝そうな顔を浮かべる。…普段の訓練では真面目な常に真面目な表情をしているため、彼らからすれば中々見れないナナの笑顔であるだろう。


「皆、気負いすぎだよ。掛かっているのは高々自分たちの名誉だけ。自分の命はもちろん、他人の命すら掛かってない戦いだよ?…もちろん、名誉プライドが何より大事って人も要るけど…皆はそうじゃないでしょ?」


 言い方は悪いが、貧民街出身の彼らは泥水を啜って生きてきた人間だ。だからこそ、名誉そんなものでは飯は食えないと知っている。ナナの言葉で肩に乗るものが軽くなったのか、彼らも返すように笑みを浮かべる。


「そら、開始の合図だ。ブラン班は俺と釣りに行こうか」


 俺の見詰める方向にて、鏑矢のような音を立てながら照明弾が打ちあがっている。戦況はこちらの準備などは待ってくれないが、皆の顔付きを見る限り心構えは開始に間に合ったのだろう。その意志を示すかのように、俺の後ろにブラン達が立ち並んだ。

 


「始まりましたね。アルミナ団長、どこが勝つと思いますか?」


「流石にそこまで生徒達の情報を集めてはいない。お前だって高々学院の生徒の競技会なんか興味は無いだろう?」


 副団長のセレストが調子も良さげに語りかけてくるが、正直私はそこまで興味は無い。卒業試験ならまだしも、未だ磨いている最中の生徒達の腕前など、わざわざ注目する必要の無いものだ。


 生徒達の前でも語ったが、我がキマイラ騎士団は多種多様な才能を生かすべく設立された騎士団であるが故に、様々な観点から人員を評価する。よって、最近では新人研修も押し付けられているという状況だ。我が騎士団で鍛えるうちに適性を見出し、それを持って他の騎士団に斡旋をおこなうのだ。


 だからこそ、最近の生徒達の実力は把握しているし、卒業という篩に掛けられていない彼らをわざわざ私達が評価する必要は無いのだ。


「いやいや、時にコインの表裏に一喜一憂するのが人間ですよ?むしろ展開が読めないこの戦いは興味津々と言う訳です!」


 …そういえばセレストは博打が趣味だったな。本人は博打のゲーム性が好きなだけであって、金を掛けることは好きではない。それこそ掛けるのは名誉プライドで十分とのたまっているが、それでも給金の大半を博打に注ぎこんでいる時点であまり褒められた行為ではない。


『…緑白!一点獲得!』


「早いですね!さっそく切り結ぶとこが出てきましたよ!いやぁ!攻めることに躊躇の無さが若さを感じますね!」


 審判からの連絡を聞いて、セレストがそれこそ若いどころか幼い子供のようにはしゃぎ始める。博打が好きなくせに喜怒哀楽を直ぐ表に出す男だ。向いていないから止めろと言っているのに全く聞く耳を持たない困った奴だ。


「大方、中央の野原の奴らだろう。あそこは開始時点で他のチームと視線が通っているからな」


 興味は無いと言っても他に集中することも無い。私も各地に散らばった審判の声に耳を傾ける。審判は皆、キマイラ騎士団の斥候兵たちだ。彼らは審判だけでなく、風魔法やそれに変わる魔道具を用いて集計係へと撃破報告を伝える任にも付いているのだ。


『…み、緑白!一点獲得!あ、追加で…えー更に二点!』


「…これ、殲滅してません?緑白のチームが一方的に攻めてますよね?」


 …確かに聞く限り戦況が一方的だ。見れば集計係も緑白のチームの担当者だけが忙しなく筆を動かしている。興味が無いといった手前憚られるが、私は連絡用の魔道具を手に取った。


「緑白はカンザスですよ。一の四です!」


 私が何をしようとしているのか察知したのだろう。セレストが得意げな顔で地図の一点を指差す。


『…カンザス。そっちの戦況はどんなものだ?やけに撃破報告が多いが…』


『団長!?少しお待ちくだ…、そこ!赤紫の最後の奴!撃破って言っただろ!ゾンビするんじゃない!…えっと、申し訳ありません。ちょうど戦闘中でして…』


『構わない。邪魔しているのはこちらのほうだ。…で、どんな状況なのだ?』


 魔道具を繋ぐと慌しい声が流れてくる。魔道具の限界距離に近い位置であるため、音はそこまで大きくは無いのだが、それでも喧しいほどの戦闘音が彼の背後から聞こえてくる。


『いやぁ、凄いですよ。開始早々に可愛い女の子が土魔法で拠点を築いて姿を隠したんです。斥候達がそこに敵チームを釣り出して逐次各個撃破です。敵チームは斥候を追いかけたせいで縦に伸びてますからひとたまりも無いですね』


『拠点?撃破された奴らは考えもなしに斥候を追いかけて罠に嵌ったのか?』


 そうであるならば学生の腕前の認識を下方修正する必要がある。盛土や土壁をこの短い間に築いた魔法は見事であるが、そんな不自然極まりない場所に飛び込んでいくなど賊ですら躊躇う軽挙だ。


 もちろん、罠と知っていて飛び込む必要もある状況は存在するが、この競技会では敵の撃破で得点を貰えるようになっているため、終盤に得点が拮抗した場合を除き、無理に守りに入っている敵を攻める必要は無いはずだ。


『それが、その女の子は木魔法も使えるみたいなんですよ。草木も一緒に成型して自然に見せてるうえ、別の美人な子が水魔法で霧を出してますからね。更にはより奥に見せかけの拠点を置く徹底振りです。実地訓練の少ない子だとこれが罠だと見抜けませんよ』


 カンザスは真面目でどちらかといえば物静かな男だったのだが、興奮してまるでセレストのように喋っている。


「ね?団長。面白そうでしょ?で、どのチームに掛けます?」


 調子の良さそうな緑白の掛け金は八掛けですよと言いながらセレストは金貨をテーブルに置きながらニタニタとした笑みをこちらに向けた。


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