第254話 今から皆さんには試合をしてもらいます

◇今から皆さんには試合をしてもらいます◇


「傾聴!」


 生徒達のざわめきを静めるかのように、騎士が張り上げるようにそう叫んだ。そして生徒達を見渡すと満足げに頷いてから再び口を開いた。


「知っている者もいるかとは思うが、まずは自己紹介から始めさせてもらう。キマイラ騎士団団長アルミナ・ラファガーデンだ。今日は古巣のオルドダナ学院にて軍事演習が開催されるとのことで駆けつけさせてもらった」


 兜を小脇に抱えたアルミナ騎士団長は、口ひげを蓄えた偉丈夫なれど、一団の長としてはまだ歳若いと言われるほどの年齢に見える。と言っても団長にしては若いというだけで、俺らの倍程度の年齢ではあるだろう。


「まだ歳若い君らは知らないだろうが、キマイラ騎士団は創立から十年ほどの歴史の浅い騎士団だ。ではなぜ、新たにキマイラ騎士団が創立されたかと言うと、さらに百年近い過去に理由がある。我が国は亡国であるカーデイルより、様々な種族の移民を受け入れた。もとより、種族間の差別の少ない我が国ではあったが、それにより更に様々な種族が入り混じり、時の立った今では民だけでなく、国の中枢にもその血が入ることとなった」


 聞いた話ではあるが、この国の王族にはエルフの血が入っているらしく、国が起こった当初から、異種族の差別が少ない国風であったらしい。といっても、当初は統治機関や貴族は平地人が殆どであったそうだが、カーデイルからの移民の流入そして時が経つ事により、国の機関にも異種族が台頭することとなったのだ。


「そのために結成されたが我がキマイラ騎士団だ。様々な種族を内包し、それぞれの才覚を発揮させるための騎士団。平地人の組織力でエルフの目を持ち、獣人族の牙を供える。そして巨人族の膂力でドワーフの武器を振るう。そういったを体現するのが我が騎士団だ。…そしてそれは何も種族間の特性に限らない。君らの中には様々な才能が溢れている。様々な種族が溢れる我が騎士団であるからこそ、君らの中に眠る数多の才能を評価できる。今日は単なる勝敗だけでなく、そういった君らの強さを見せてもらおう」


 そう言い切ると、アルミナ騎士団長は生徒達の反応を観察しながら壇上を降りる。新設の騎士団はあまり人気が無いと思ったのだが、生徒達の反応を見るかぎりそんなことは無く、むしろギラギラとした視線を向けている。


 ある意味、就職に向けたアピールのチャンスとなった競技会において、全く騎士団に興味の無い俺らが出るのも少し悪い気がしてしまうが、拳闘ファイト倶楽部の面々には発破になったようで、気合を入れるように握る拳に力をこめている。


 その後に教員などからの挨拶、そして実行委員であるサフェーラ嬢から各種注意事項が再度通達され開会式が解散となる。俺らは会場を離れ、開始の時間までに各種の準備を整える。


「いいか?道具は今のうち全て確認しとけ。何か仕込まれている可能性もあるからな」


 俺はそう良いながら自身の装備も確認する。今回使うのは使い慣れた山刀マチェットではなく、なるべく形を似せた模造刀だ。俺の山刀マチェットは使用者と共に成長する魔剣の卵ではあるが、最近はその片鱗を見せ始め、強固な風への変質能力を獲得しつつある。…が、もちろん今回の競技会では使用できない。


 山刀マチェットの有無が結果に響くほどのギリギリの戦いをするつもりは無いが、風を感じたり捉える感覚には多少の誤差が生まれる。俺はその誤差をすり合わせるように模造刀を振って感覚をすり合わせる。


「皆さん…!魔法薬ポーションはラベルを良く見てから使って下さいね…!一番重要なのは回復薬です…!開ければ失格になりますが…、大怪我をした場合、躊躇わずに使って下さい…!」


 タルテは魔法薬ポーションのガラス瓶を掲げながら説明し、それが入った鞄をギルとブランに渡す。皆が加減し、致死性の攻撃が禁止されているため、本来ならば死んでいるはずということで競技会では傷を治す回復薬や回復魔法を使用することができない。


 代わりに演習場には簡易的な治療所が複数設置されている。本人達のリタイアや審判からのドクターストップが入れば、怪我人をそこに運び込み治療する手筈となっている。もちろんそこで治療を受ければその者は失格であるし、治療所を巻き込むような戦闘を行った場合でも失格となる。


「ああ、準備が終わったら治療院の場所も確認しとけよ?ついでに地形も確認しとけ。こうやって全体を俯瞰できるのは今だけだ」


 準備を整えているチームメイト達に声を掛ける。開会式を行った会場は一際高い丘の上に設置されているため、ここからであれば演習場を見下ろすようにして見渡すことができる。


 左手には木々が乱立する森が広いがっており、中央には草腹と塹壕地帯、そして右手には建物を模した石造の建造物が立ち並んでいる。人工的なものではあるが、様々な地形が乱立する特殊な演習場だ。


 その会場の各地からは狼煙が上がっており、そこが治療所の位置となる。俺はその治療所の位置をお手製の地図へと書き込んでおく。


 …本来ならば事前にこの会場の下見をしたかったところだが、一応は軍の管理している施設であるため、今日になるまで立ち入り禁止であったのだ。


「みんな、開始位地が決まったよ。これが所属を示す襷になるから、背中に付けといてね」


 俺らが地図ではなく、実際の地形をその目で確認していると、実行委員の方に出向いていたナナがやってくる。開始位地は公平性を期すためクジ引きによるランダムなもので、直前である今の今まで秘されていたのだ。


「ナナ。どこから開始ですの?」


「一の四だね。森の奥からの開始だよ」


 ナナが他のチームに聞かれぬように小声で、されど得意げに開始位地の書かれた紙切れを手で軽く振ってみせる。視線が通るため開始早々から激戦が予想される中央エリアは避けたかったが、ナナは見事森の中を引いて見せたのだ。


 拳闘ファイト倶楽部の面々には悪いが、森の中こそが俺ら狩人のもっとも得意とするフィールドだ。思いのほか良い出だしに、俺はナナに企むような悪い笑みを返した。


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