第253話 誉れは半分ぐらい生かす程度で

◇誉れは半分ぐらい生かす程度で◇


「おい聞いたか?騎士団も見に来るらしいぞ?これなら俺も参加すりゃよかったな」


「もう流石に受け付けも終わってるだろ?どこかのチームの補欠にでも入れてもらうのか?」


 中庭の一画に座り込んだ学生の声が俺の耳に届く。競技会が目前に迫ったことにより、学院内の話題は競技会一色になっている。廊下を歩いているだけで口々に語る生徒の話を耳にするし、なんなら学院の外でもその話題を聞くこともある。


 騎士団が視察に来るという情報は最近になって出回った情報だ。サフェーラ嬢に確認をとったところ、デマ情報などではなく本当に騎士団が視察に訪れることになっているらしい。ついでに言えば、審判も騎士団の方から人員が割かれているらしい。なんでも兵士科の教員だけじゃ人数が不足しているのだとか…。


 まぁ、騎士団が視察に来るとわかってから、既に熱くなっていた生徒達のモチベーションがより加熱されることとなった。ナナやメルルの元にもチームに入れて欲しいと願い出る生徒が多数現れるほどだ。既に俺たちはチーム編成を決めていたため、全員追い返すこととなったが、中には貧民街出身のチームメンバーとの交換を強固に要求する奴もいたため、その度にナナが辟易としていた。


 俺はそんな加熱する生徒達の間を縫うようにして、学院の門を抜けて、学生街の一画にたどり着く。そして、道脇の階段を降りて地下室へと続く扉を開いた。


「ああ、ハルト。遅かったね。もう皆揃っているよ」


「悪いな。例の調べごとをしてたんだ」


 いつもは拳闘ファイト倶楽部のリングが置かれている地下室には、運び込んだテーフル置かれ、そこにナナやメルル、そしてギルにブランの姿がある。…残念ながらタルテは調薬のために今日はお休みだ。


 ここは競技会に向けた作戦会議室だ。俺らのチームは十二人と言う人数を各四人ずつの三班に分かれて運用する予定だ。そしてここにいるナナ、ギル、ブランはそれぞれの班の班長に指名されている。


「ハルト様。例の犯人は判明しましたか?できれば薬草の渡った先も分かればよいのですが…」


「恐らく、メルルの読み通りレイファンが実行犯で間違いない。調べるに苦労していたが、奴が金に困っているという情報が入ってきた」


 メルルが薬草園の実行犯として目処をつけたのが、管理名簿に名前の記載があったレイファンだ。執行部の彼がそんな行為に手を染めるのかという疑いもあったのだが、調べてみたところレイファンにカジノに斡旋されたという生徒が出てきたのだ。


 その辺りの情報をもとに、王都の裏に詳しいホドムズに調べてみてもらったところ、レイファンの勤しんでいた小遣い稼ぎが判明した。奴は鴨を斡旋する代わりに例の妖精に壊滅させられた金貸しから金銭を受け取っていたのだ。しかし、金貸しが無くなったことで資金源が枯渇し、他の資金源を探すようになったのだ。


「しかもな、遅くまで張っていたところ、意外な関係性まで浮上したぜ?薬草の持ち込み先はアレックスじゃない、レジアータだ」


 俺は成果をひけらかすかのように、集まった面々にそのことを伝える。レイファンは執行部での繋がりがあるうえ、競技会でも彼の陣営に組しているため、レジアータとは関係の無い人物と思っていたのだが、夜遅くに彼が周囲に気を使いながら訪問したのはレジアータの部屋であった。


 さらに、学士科の生徒に聞いて回ったところ、レジアータの指示で調薬を頼まれた生徒も確認できた。その生徒が使用していたのはタルテの畑から盗まれた薬草と同じ種類のものだ。もちろん、加工されてしまったその薬草がタルテの畑から齎されたものと断言することはできないが、レイファンがいレジアータの部屋を訪れていたことも考えれば、かなり疑わしい状況だ。


「またアイツ…!?…相変わらず卑怯な事ばかり…!」


「…妙に執行部がしつこいと思っていましたが…、まぁ彼が犯人なら納得できますね…」


 俺の言葉を聞いて、ナナは憤慨したように、ブランは呆れたようにそう呟いた。


「問題は証拠になるような物が残っていない点だな。狩人ギルドで化け草の採集依頼なんかがあったどうかもそれと無く探ってみたんだが全く手掛かりなしだ」


「ですが、レイファンとレジアータの繋がりがあるという情報は役に立ちますわ。競技会で何かしらの仕掛け…、最悪、アレックスとレジアータが内通して動くことも考えられます。」


「うん…。それを元に作戦を立てようか。大丈夫、彼らのクセは把握してるよ」


 確かにメルルの言うとおり、情報的な有利を取れる可能性もある。タルテも今日は調薬のため席を外しているが、他の生徒には畑が盗難にあったせいで材料の手配ができていないと思われている。向こうからしてみても、薬効を維持したまま急成長を可能とするほどの木魔法の腕前があるとは思われていないだろう。


「それじゃぁ、作戦会議を始めようか」


「ああ、俺らはどうやって敵を倒せば良い…?」


 テーブルの上に演習場の地図を広げると、ギルが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきた。元は人数合わせにしか考えていなかった彼らではあるが、もとより地力があったためか、めきめきと実力をつけ、今では戦力として十分に通用する。


「本当は狩人流で行きたいんだがな、後でケチ付けられるのもなんだ、今回は正々堂々相手の弱点を突いていこう」


 ルールとしてはメルルの水魔法で低温の霧を撒いて体力を削ったり、タルテの魔法で大規模な落とし穴を作っても良いのだが、そういった戦わずに勝つ手法は後から文句がつく可能性もある。もちろん、俺の風魔法とナナの火魔法による煙攻めなんてのも使えない。


「ふふふ。こっちの駒は粒揃い。これで負けるほうが難しいよ」


 そう笑いながら、ナナは地図の上に戦況を現す駒を並べていった。



 「それではこれより!第一回軍事演習競技会の開催を宣言する!!」


 作戦会議から数日後、王都郊外の演習場にて多数の生徒が集まる中、魔法で増幅された声が響き渡る。冬を目前にした空は澄んだ様に晴れ、肌寒くなってきた空気とは反対に生徒達は熱気を孕んでいる。


 そして、生徒達の注目を集めていた一人の騎士が、視線に答えるかのように壇上に登り、大きく息を吸い込んだ。


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