第252話 盗人と企画人
◇盗人と企画人◇
「レジアータ様…。これが約束の薬草です。処理はしてありますが、時間が経っていますので早めの加工をお勧めします」
私は鞄の中から薬草園から頂いてきた薬草をレジアータ様に渡す。わざわざこの私が危険を犯してまで手に入れた薬草だと言うのに、レジアータ様は一瞥しただけで直ぐに興味をなくす。代わりに机の上から硬貨の入った皮袋を掴むと、放るようにして私に投げ渡す。
「ちゃんとあの娘の畑から採ったんだろうねぇ?単に薬草が欲しいから頼んだわけじゃないんだよ?」
「それはもちろん。場所もちゃんと確認しましたよ」
「いいね。順調だよ」
レジアータ様は私の言葉を聞いて、自身の計画が問題なく進んでいることに愉悦を覚えるかのような笑みを浮かべている。
「分かっているよね?レイファン?引き続き、今度はアレックスの情報を流してくれ」
…このような下っ端のような扱いは気に食わないが、今は彼に傅くのが賢い選択だ。
アレックスのお膝元である執行部に所属する私は腕っ節を売りにする人間ではあるが、本を正せば商家の出だ。それがなぜオルドダナ学院の兵士科に入学したかと言うと、僅かながらに私に剣術の才能があったことと、商会の跡継ぎがそうそうに兄に定まっていたためであろう。
父は私が軍閥に進むことで、取引先に食い込む算段を立てているようではあるが、正直言ってそこまで期待はしていないのだろう。なぜなら、関係性を築くには金が必要だと言うのに、父からの金銭的な補助がほとんど無いからだ。
「くくく…。そしたらまたご褒美を上げるよ。金が無い者は大変だねぇ」
「………」
腹の立つ笑みを浮かべながら、レジアータ様は金貨を指先で弾いてみせる。
私とレジアータ様の間に忠義だとかそういったものは存在しない。単にお金だけの関係だ。なぜ、こんな者の手足となって金を得ているかと言うと…、…私に金を都合していた金貸し共と連絡が取れなくなったことが原因だ。噂に聞く限りでは一夜にして滅んだとも言われているが、恐らくは夜逃げでもしたのだろう。前から胡散臭い連中だとは思っていたのだ。
学院の生徒をカジノに誘い、熱くなったところで金貸しを紹介する。私は紹介料として金貸しから幾分かのマージンを得る。カジノで人間関係を築ける上に、小遣いも得ることができるという良い商売だったのだが、それがご破算になったため、私は資金不足に陥ったのだ。
これでは食堂でも貧民に混じって安い定食を頼む必要がある。装備にも金をかけることができず、貧民のように貸し出しの品を使うしかなくなってしまう。そんな貧乏臭いことは、私のプライドが許さない。
そんな私に仕事を持ちかけてきたのがレジアータ様だ。私が金に困っていることを何処かからか聞きつけてきたのか、あるいは単なる偶然なのか…。どちらにせよ、彼の下について仕事をしていれば金がもらえる。傅くことには抵抗はあるものの、彼が高位貴族の子息ということが私のプライドへの言い訳になる。
最初の仕事は、アレックス様の情報を流すこと。そしてそれを繰り返すことで信用を得たのか、今度はとある生徒の畑から薬草を盗むように言いつけられた。彼が言うには、魔法薬の材料を入手すると同時に、敵方の魔法薬の用意を邪魔すると言う、一石二鳥の秀逸な作戦であるらしい。
正直にいって、危険の多い仕事であったが、その分彼は報酬を弾んでくれた。また、できないと言うと何かに負けた気がするので、断ることを私のプライドが許さなかった。
「それにしても…化け草ね。面白い計画だったじゃないか。僕はそういった奇抜な案は嫌いではないよ」
「…以前、実家の商会で見たことがありましたので。あれ自体は役に立たない草ですが、時折混じって納品されるんですよ」
私が実行したのは、あの獣人の畑の薬草を化け草と入れ替えるという計画だ。上手く入れ替えれば収穫するまではばれる事は無い。その頃には何も証拠は残っていないという算段だ。…当初の予定とは違い、まさか夜の間に化け草が移動するとは思わなかったが…、それでも今のところ調査は私のところには及んでいない。
問題はどうやって薬草園に侵入するかということであったが、そこの算段を立てている間に都合の良い者が現れた。同じ兵士科のモレスプだ。夜間に侵入経路を探していたところに、奴はランタン片手に薬草畑に現れたのだ。
私が丘の上に寝そべって観察したところ、モレスプは売っても大して価値の無い薬草を無造作に収穫していく。私と似たような目的ではあるが、私とは違う杜撰な計画に息を潜めながらも鼻で笑ってしまった。
そして同時に、彼のことを利用することを思いついた。執行部を焚きつけて薬草の盗難事件を解決するように促がしたのだ。案の定、手柄を欲していた執行部は簡単に調査に乗り出し、薬草園の警備の確認という名目で中に入ることが可能となったのだ。
後はレジアータ様にお願いして管理人をひき付けて貰えればいい。むしろ、すり替えた後に薬草を譲るように要求するレジアータ様と管理人の諍いを諫めることとなったので、管理人からの評価が上がり、疑われること無く薬草園を後にすることができたのだ。
「ふふふ。こちらは薬草が手に入り、奴らからは薬草を取り上げる。ついでに言えば
執行部を誘導して貧民共に容疑を掻けるように指示したのはレジアータ様だ。こちらとしても、私のことが捜査線上に浮かぶのは避けたいので率先して指示に従ったのだが、こちらも上手くいって獣人の畑の盗難事件は暗礁に乗り上げ、調査も既に終了している。誰もが目前に迫った競技会へと関心が移っているのだ。
「それで、競技会はどうするつもりですか?このままでは私はアレックスの陣営で出場することになりますよ?」
普段は敬称をつけて呼んではいるが、他人の目が無い空間でアレックス様に敬称をつけると、途端にレジアータ様の機嫌が悪くなるからあえて敬称を付けづに呼称する。
「ああ、悪いが君は彼の陣営として参加してくれ。なに、それの方が面白いことができるだろぉ?」
また何かを企んでいるのか、レジアータ様は気味の悪い笑みを浮かべながら、粘度の高そうな声でそう呟いた。
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