第251話 汝は化け草なりや?
◇汝は化け草なりや?◇
「流石、タルテちゃんだね。これなら競技会にも間に合いそうだね」
盗難にあった後とは打って変わって、緑色が眩しい景色を取り戻したタルテの畑を見渡しながらナナがそう呟いた。盗まれた薬草は体力回復の
株分けした薬草を用いての急成長。本来ならば到底競技会には間に合わない状況ではあったのだが、タルテの木魔法がそれを可能としたのだ。急成長と言っても一月ほどかけての成長であるため、薬効も損なう事無く生育できているらしい。
「警備の魔道具も新しくなったそうですし…この子もいるので…もう盗まれはしません…!」
タルテはそう言いながら、手元で踊るように蠢いているハエトリソウのような植物を指でつつく。凶暴な見た目の植物ではあるが、人を食べたりする種類の植物ではない。ただ、危険な植物ではあるため、栽培の許可が降りなかったのだが、盗難対策と言うことで許可されたのだ。
ハエトリソウのような見た目の植物はその見た目から噛み付き草と呼ばれており、生態としてはオナモミに近い。動物が近づくとその凶暴な葉で噛み付き、その葉を切り離すのだ。その葉には種子が内包されており、動物に噛み付くことで遠方に種を運ばせるのだ。
この葉で噛み付かれれば、たとえ葉を取り除いたところで独特な歯型が残る。人に懐くタイプの植物であるためタルテには噛み付かないが、噛み付き草に警備させることで防犯対策としたのだ。
タルテは噛み付き草に如雨露で水をかけている。その水はただの水ではなく、クスシリム準教授から都合してもらった特殊な薬液だそうだ。噛み付き草などのような動く植物は、他の植物よりも大食らいであるそうで、土も水も専用のものを使用しているらしい。
「…まだ犯人は見つかっておりませんし、警戒は必要ですわね」
結局、タルテの畑に忍び込んだ犯人は見つかることは無かった。人相書きの男であるモレプスは相変わらずタルテの畑に盗みに入ったことは否定してるし、彼の部屋などでも盗まれた薬草は見つかっていない。近場の薬草屋にも聞き込みを行ったのだが、売り払ったという証言も得ることはできなかった。
ブランはやたらしつこく執行部に話を聞かれることになり、彼だけでなくギルなどの
何より、薬草園へと忍び込んだ方法が未だに判明していないのだ。まだ執行部は疑っている節があるが、そこが判明するまでは強く出ることはできないだろう。どちらかというと、ナナとの剣術訓練の時間が削られたということの方が大きい。それこそ、妨害のためにアレックスが故意に疑っているのではと思ったほどだ。
「結局、犯人の目的がはっきりしないんだよなぁ…。金目当てか、あるいは競技会に使う材料を求めてたのか…」
盗まれた薬草は高価なものだ。盗みに入ることと天秤が釣り合うかと言われれば微妙なところではあるが、リスクを軽視したものであれば犯行に及ぶ可能性がある。
「今は犯人探しより競技会に集中しようよ。もう参加受付も済ませちゃったしね」
執行部の取調べで邪魔はされたものの、ギルやブランを始めとする
「あれ…?これ…噛み付き草じゃないですね…?化け草です…クスシリム先生が育ててたんでしょうか…?」
タルテは並んだ噛み付き草の一株を手に取ると、それを土から抜き取った。抜いた噛み付き草の根はまるでタコのようにうねうねと蠢き、不思議なことにその特徴的な葉が解けるようにして姿を変える。
「…何その草」
「化け草です…。こんな風に近場の草に化けるんですよ…。多分、薬液を使い始めたから…夜のうちに移動してきたんだと思います…」
「へぇ…その草、移動するんだ。図鑑以外で見るのは初めてだよ」
タルテは噛み付き草改め化け草を片手に管理人の爺さんの下へ向う。歩きながらタルテが説明してくれたが、化け草は夜間のうちにより栄養が豊富な土を求めて移動するそうだ。この薬草園で誰が育てているかは分からないが、噛み付き草のために動く植物用の環境を整えたことで、移動してきた可能性が高いとのことだ。
「あん…?タルテちゃんの畑でも出たのか。外から入ってきたのかのぉ?」
管理人の爺さんはタルテから化け草を渡されると、有無を言わさずその根を引きちぎった。化け草は暫くは痛がるように激しく蠢いたが、ものの数秒で力尽きたかのようにして動かなくなった。
「あの…化け草は土を枯らすのです…。だから夜になると栄養を求めて移動するのです…」
管理人の爺さんの少々残酷に見える行為を擁護するように、タルテが俺らにそう説明した。要するに、無視することができない有害な雑草なのだろう。まるで親を殺された恨みでもあるかのように、管理人の爺さんは動かなくなった化け草を地面に捨てると、念入りに靴で磨り潰し始めた。
「クスシリム先生の畑でも出たんじゃ。厄介な植物は先生でも近場で観察ができないからのう。それで発見が遅れたようなんじゃ」
管理人の爺さんは磨り潰した化け草の破片を、足蹴にしながらそう語った。
「面白い植物ですね。移動もそうだけど…周りの草に化けるっていうのもユニークだ」
そういった不思議な生態の動物に目が無い俺は、化け草を…残念ながらレンガ造りの小道に殺害現場のように草の汁を残した無残な状態ではあるが、枝でつつきながら観察する。
「そういった動性植物を研究している者もいるがの、
爺さんは辟易としたようにそう呟く。…確かに化けて入り込むというのは厄介な習性だ。植物版の人狼のようなものだ。日常に入り込む異形というのはそれだけで恐怖をそそる。
「…ちょっと見ただけでは気が付かない…。確かにタルテも直ぐには見つけられませんでしたわね」
メルルは口元に手を当て、何かを考え込んでいる。そして、彼女の視線はそのまま管理小屋の方へと向った。
「申し訳ありませんが、入場者の名簿を見せていただけないでしょうか?例の事件があった晩の前のものを…」
「構わんが…ダイン先生や執行部がとっくの昔に調べとるぞ?」
爺さんは管理小屋の棚をあさると、中から事件前日の記録を取り出した。それを手渡さされたメルルはその記録に目を通すと、何かに気が付いたのか小さく笑みを浮かべた。
「メルル?なにか分かったの?例の犯人?」
「ええ。薬草は本当に夜の間に盗まれたのか気になりましてね。…ここには興味深い名前もありますわ」
そう言ってメルルは記録を俺らに向けると、とある名前を指差して見せた。俺らがコレットを率いて薬草園に訪問した後、そこには数人の来園者が記載されているが、一人だけ浮いている者がいる。なぜこの人が薬草園を尋ねたのか。俺はメルルが何に気が付いたのかに思い至り、足元に目を下ろした。
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