第250話 私はそこまでやってない
◇私はそこまでやってない◇
「容疑者は一部の犯行への関与は認めたものの、昨夜の事件に関しては容疑を否認しており…、現在は黙秘を貫いていると…」
サフェーラ嬢が執行部から仕入れたであろう情報を、俺は確認するかように繰り返した。サフェーラ嬢が執行部内に伝を持っているのか、あるいは人相書きを都合したことで代わりに情報を貰ったのか、彼女の話すことは今さっき判明したばかりのことだそうだ。
こちらからはメルルがサフェーラ嬢にタルテの薬草畑の状況を説明する。まさか彼女もタルテの畑が被害に会うとは思っていなかったようで、不憫に思うような眼差しをタルテに向けている。
「ねぇ、サフェーラちゃん。確保されたのは人相書きの一人だけなの?」
ナナがサフェーラ嬢に質問を投げかける。昨日の推理では見張りに人を割いていたことから、複数人の犯行、かつ薬草に詳しくないことを含め兵士科の人間が怪しいとふんでいた。しかし、サフェーラ嬢の齎した情報では人相書きの男しか挙がっていない。
「ええ。兵士科というところは当たりましたが、彼が言うには他に協力者は居ないそうです」
「…誰かを庇っているのでしょうか?それともあの痕跡は別の要因で付いたものだとか?」
メルルはサフェーラ嬢からメモ書きを受け取ると、そこに書かれている情報を確認しながらそう呟いた。俺は隣から覗き込むようにして、そのメモ書きの情報を確認する。急いで書いたであろう走り書きではあったが、そこには人相書きの男の情報が羅列されていた。
「名前はモレスプ。兵士科所属の一回生。執行部内の学生に顔を知っている人間が居たため、今朝方人相書きを受け取ってから直ぐに確保されたと…」
「拘留された当初は惚けていたようですが…、薬草屋で目撃されたことと人相書きを突きつけたら、盗難したことを認めたみたいですわね」
しかし、認めたのはここ最近、警備の緩い薬草畑で発生した盗難事件のみ。昨夜に発生したタルテの薬草畑の盗難には関与していないと言い張っている。
「あの…!その人は何で薬草を盗んだんですか…?」
「ありきたりな理由ですが、お金に困って犯行に及んだそうですね。…結局は割に合わないと思ったらしく、前回の犯行で最後にするつもりだったと語っているようですが…」
その勝手な言い分に、サフェーラ嬢は呆れたようにため息を吐き出す。昨日、薬草屋で聞いた買値は本当に小額であった。もし本当にお金に困っていたのなら、それが解決するほどの額ではない。そのため、高価で売れるだろうタルテの薬草に目を付けるのもありそうな話ではあるが…。
「タルテの薬草を盗んだのは、罰が重くなるだろうから否定しているのか?高価な薬草だしな」
「…どうだろう。兵士科は準軍属扱いだから、薬草畑の盗みを働いた時点で被害額に関らず、結構な厳罰になるとは思うけど…。それでも学生だから、鞭打ちですむのかな…?」
俺の疑問にナナが答えてくれる。確証がある訳ではないようだが、彼女が言うには既に厳罰が確定しているようだ。確かに彼がやったのは物資の横流しのようなものだ。軍属でそのようなことをすれば、除隊されるような犯罪だろう。
その辺の塩梅は犯人であるモレスプも把握しておらず、少しでも退学の可能性を避けるために否定しているのだろうか?
「あの…、その人は結局薬草には詳しくないんですよね…?」
俺らが悩んでいると、タルテが口を開いた。何か思うことがあるのかと、俺らはタルテに問うように顔を向けた。
「盗まれた薬草なんですけど…、高価だけど…どれも出回っている物ばかりなんです…!もっと高くてもっと希少な薬草は無事でした…!」
「…つまり、足の付きにくい薬草が狙って盗まれたって事かしら?」
確かにそうであるならば少々毛色が異なるようにも思える。…安価で買い叩かれたから高価な薬草に目を付けたという可能性もあるが、そもそも薬草園に出入りしていない人間には実際には何が植わっているかは知ることができないはずだ。
三回も適当な採集をするほど薬草知識の無い人間が、忍び入った薬草園で的確に足の付きにくい薬草を吟味できるとは思えない。
もしかしたら別に犯人がいる。そんな考えが俺らの間に蔓延したところで、一旦思考することを止めるように、俺らにへと声を掛けるものが現れた。
「ああ、今回はここに居たのだな。…癪だがこの人相書きは役立った。協力に感謝する」
声の主は執行部であるアレックスだ。彼は俺の書いた人相書きをこちらに差し出すようにして歩み寄ってきた。その後ろにはブランの姿もある。…彼の容疑は晴れた筈なのだが、なぜか執行部の人員らしき男が、ブランを見張るように連れ立っている。
「この人相書きは返却すべきか?役目は終わったが、ここまで手が込んでいるとなると安易に捨てるのも憚れる」
「へぇ。アレックスにも描画の良し悪しを判別する目が付いていたんだ」
「茶化すのはよせ。わざわざこうして足を運んでやったのだぞ。それで、これの所有者は誰になるんだ?」
アレックスの質問に答えるように、みなの視線が俺に向く。その視線で誰が所有者か判断したのだろう。アレックスが俺に問うように人相書きを差し向けた。
「それは譲渡するつもりで渡しました。捨ててもらっても良いですし、気に入ったのなら額にでも入れて飾ってください」
「…流石にこんな男の顔を飾る趣味は無い。返却するからそちらで捨ててくれ」
そう言ってアレックスは俺に人相書きを渡してくる。固辞する理由も無いため、俺は素直に人相書きを受け取った。
「…ところで、アレックス。なんでブランが一緒なの?まさか昨日からずっと拘束してた訳じゃないよね?」
ナナの視線がアレックスの後ろに控えるブランに向く。少し怒気の孕んだナナの質問をアレックスは鼻で笑うことで返した。
「ご心配をかけたようですが、昨日はちゃんと帰れました。…この後また話をする羽目になったようですが…」
「ふん。私は一晩拘束してもよかったのだがな。レイファンが煩いから開放したのだ」
「夜になっても返さないのは流石に不味いですよ。執行部である自分たちが規則を破るわけにはいきません」
口ぶりからして、ブランの横に立つ男がレイファンなのだろう。アレックス同様、神経質そうな雰囲気を纏っているが、彼の方はどちらかと言うと公平な観点でブランを見ているようだ。しかし、ブランの味方と言うわけでもないようで、レイファンは監視するようにブランの方へと意識を割いている。
「ちょっと待ってよ。例の人相書きの男が自白したんでしょ?なんでブランにまた話を聞くことになってるの?」
「…何故、君がその情報を知っているかは詮索はしないが…、今回話を聞くのは今朝発覚した盗難事件のほうだ。…そう言えば、被害者は君らの友人らしいな。後でそちらにも話を聞きに行くとするか…」
アレックスの視線がちらりとタルテに向く。一応はタルテの情報と顔は一致しているようだ。…どうやら未だにアレックスは完全にブランへの疑いを晴らしてはいないようだ。俺らが気が付いたように彼らも共犯者の可能性を疑っているのだろうか…、あるいは拘束されたモレスプが今朝の犯行を否定しているから別件の犯人として疑っているのか…。
文句は言わせない。そう言いたげな顔でアレックスは踵を返し、レイファンとブランを引きつれ俺らの元から離れていった。
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