第249話 爺ちゃんの名前も賭けよう。勝手すぎるかな…
◇爺ちゃんの名前も賭けよう。勝手すぎるかな…◇
「こっちの足跡は…、タルテのものか。こっちの足跡は…」
タルテの薬草畑に戻った俺は、皆と共に畑に残った何かしらの痕跡を探す。もちろん、最も怪しいであろう人相書きの男は、既にサフェーラ嬢を介して執行部にも渡しているため、そちらからも調査が進んでいるはずだ。
ダイン教諭は俺が壁を飛び越えたことを鑑みて、付近で何かしらかの魔法が使われた形跡が無いか確認している。俺と同じように風の力を借りて飛び越えたとしても、その場の地面には上昇気流を束ねた際に発生する風紋が描かれる。他の属性でもそれは同じで、むしろ風属性よりもはっきりとした痕跡が残るだろう。
「ええと…それは多分、コレットさんですね…!ちょうど昨日案内した場所です…!」
新しそうな痕跡であったため期待したのだが、残念ながらハズレらしい。
…昨日の窃盗場所は正しく畑といった場所であったが、タルテの畑はレンガ造りの小道に囲いなど、ガーデンと表現すべき形態であるため、足跡などの痕跡が残りにくい。
残っている可能性のある僅かな痕跡も、この薬草畑が普段から使用されているため、埋没してしまって判断することができない。ここはやはり、ダイン教諭のように侵入方法から検討してみるべきか…。
「なぁ、タルテ。タルテは警備のためにどんな魔道具が設置されているか知っていたか?」
「いえ…、魔道具が設置されていることは知っていましたが…どんなものかは…」
「問題なく飛び越えたって事は、ハルトには何が仕掛けられているか分かったの?」
タルテも、もちろんナナもどのような魔道具が仕掛けられているかは分かっていないらしい。
先ほどの壁越えは、あの壁の上に風壁が張られていることを俺が検知したからこそ実行することができた。しかし、それを可能としたのは風に感覚を乗せられるハーフリングの種族特性だ。単なる風魔法使いというだけでは難しいだろう。
…イブキなら可能だろうが、彼女がやったとは思えない。それこそ彼女であれば盗まなくてもタルテにお願いすれば薬草を分けてもらえただろう。
俺は薬草園の構造を把握するように、風を展開させながら周囲を観察する。メインの入り口は管理小屋脇の正門。そして、もう一つの入り口は昨日調査した外の薬草畑へと続く裏口の扉。
厳密に言えば各区画も塀によって分けられ、タルテの畑に入るにも小さな扉を通る必要があるが、その区画を分けている塀は大した高さが無いため、越えようと思えば越えることができるだろう。
「裏口の管理はどうなっているんだ?入るときには署名をしたが、裏口にはそんなものは無いだろう」
「
そう言いながらタルテは管理小屋の方へと顔を向ける。そういえば昨日もタルテは裏口を出た後、コレットを率いて正門に戻っていた。
俺はタルテの畑を離れて裏口の方に向う。壁を越えたのでないのなら侵入経路はその二つに絞られる。…流石に坑道を掘られているとは思わないが、後で念のためタルテに確認してもらおう…。
「ふぅん…。ちゃんと一方通行になってるのか…」
裏口の扉は、バネ仕掛けの閂が備え付けられており、その閂は内側からのみ外すことができるようになっている。開ける際は閂を内側から外すようにスライドさせる必要があるが、閉める際には閂に付けられた斜面によって、自動で閂が押し上げられ完全に閉められると閂が作動する。言ってしまえば片側にしかドアノブが取り付けられていない扉のようなものだ。
視線を扉から離してみれば、管理小屋の窓を望むことができる。裏口と言っても完全な裏手にあるわけではないので、ここらの様子は管理小屋から監視できるようだ。
「…誰かが内側から招き入れれば、中に侵入できるけど…見つかる可能性が高いし、なにより招く必要が無い…」
招いた人間が共犯者であるならば、その者が盗めばいい。…強いて言えば利用者名簿に無い人間が犯行に及ぶことができるが、それをする意味はあるのだろうか?タルテの畑が荒らされるのであれば、昨日タルテが畑に行った後から今日までの間の利用者は状況的に容疑者だ。
俺は裏口を離れ、管理人の爺さんの元に向う。ダイン教諭がその辺りのことを既に聞き出しているだろうが、尋ねれば俺らにも教えてくれるだろうか?…タルテから犯行は昨夜と聞いてはいたのだが、何をもって昨夜の犯行と判断したのかを聞いてはいない。
都合の良いことに、管理人の爺さんは事件の調査から離れて、他の畑の植物の世話を行っている。植物園を一時的に立ち入り禁止にしているため、代わりに爺さんが世話をしているのだろう。近場ではクスシリム準教授も植物の世話を手伝っている。
「あの…、少し良いですか…?」
俺は土をいじっている管理人の爺さんに話しかける。俺がタルテの友人と知っている爺さんは、俺が訪ねれば素直に疑問に答えてくれた。
「ああ、それは見回りで確認したからじゃよ。施錠する前の畑の様子は確認しておったからの、朝の確認であの惨状では直ぐに気が付くというものよ」
管理人の爺さんが曰く、夕刻には薬草畑を見回って、異常が無いか確認するらしい。そしてその見回りの最中に裏口の扉は内部からでも開けられぬよう施錠され、最後に正門の扉も施錠するらしい。…そして裏口の扉も正門の扉も、朝方はちゃんと施錠されていたそうだ。
…言ってしまえば完全なる密室犯罪なのだろうか。何のために犯人は密室にしたのか。殺人を自殺に見せかけるために密室にするなら分かるが、今回の事件では内部に犯人が侵入したのが明確だ。
薬草が勝手に走り出して畑から抜け出したということにしたいのなら密室にする意味もあるが、残念ながら被害にあった薬草は自走する種類の薬草ではない。そもそも脱走するタイプの薬草ならば脱走防止の処置がされている。
もし犯人が先ほどの俺のような方法で侵入して、かつある程度頭が回るのであれば、裏口や表門の鍵を破壊しておくはずだ。そうすれば能力によって容疑者が絞られることも無い。
「ハルト!朗報だよ!イブキちゃんが来てくれたよ!」
俺が思考の海に沈んでいると、ナナが背後から声を掛けてくる。振り向いてみてみれば、ナナとメルルとタルテ、そしてイブキが集まって俺を呼んでいる。俺は一旦思考を留め置いて、彼女達の元に歩み寄った。
「どうした?何でイブキが?」
「アタシは単なる伝言係よ。…少しこっちの様子も気になったしね」
イブキはそういって畑の様子を確認するように目を這わしている。彼女も友人の被害状況が気になったのだろう。
「ハルト様。どうやら例の人相書きの男が見つかったそうですわ。今は執行部に拘留されているようです」
最も怪しい容疑者が確保された。それが本当ならば確かに朗報だ。昨日、薬草屋に盗難事件のことも話したため、もしかすれば未だに盗んだ薬草を売りさばけずに手元に持っている可能性も高い。
「詳しいことを話したいから、こっちを離れられるなら来て欲しいってサフェーラが行ってたんだけど…」
「ハルトさん…!畑は大丈夫です…!話を聞きに行きましょう…!」
既に荒らされた畑の処置は終えているらしい。俺らは管理人の爺さんに戻ることを伝えると、サフェーラ嬢の待つ学舎へと向い始めた。
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