第248話 萎びた爺と薬草園

◇萎びた爺と薬草園◇


「面目ない。警戒はしていたんだが…、朝にはこんな状態で…。ゴメンなぁ、タルテちゃん…」


 管理人の爺さんが、それこそ萎びた薬草のように肩身を縮ませてタルテに謝っている。盗難に入られたのが警備の厳しい区画にあるタルテの畑と言うこともあって、薬草園には管理者の爺さんだけでなく、責任者であるクスシリム準教授や何故だかダイン教諭の姿もある。


「き…気にしないで下さい…。悪いのは盗みに入った人ですから…!」


 タルテは気に病んでいる管理人を慰めながらも、チラチラと自身の畑の方を気にしている。


 足取りの重い管理人を先頭に俺らはタルテの薬草畑へと向かう。俺やナナ、メルルは厳密には部外者であるため、ダイン教諭が俺らが着いてくることに不満そうな視線を向けるが、タルテの友人という事は知られているので口に出してまで文句を行くことは無い。


 管理小屋脇の扉を抜け、そのまた先の小さな扉を抜ければタルテの薬草畑が見えてくる。本来ならば整然と並んだ緑の列があるはずなのだが、俺らの前には所々歯抜けとなって土色を見せる畑が姿を現した。


「むぅ…。まだ少し収穫には早いのに…」


 その状況を見て、タルテは悲しむのではなく怒りを露にしている。管理人の爺さんに飴玉を貰ったときのように頬が膨れているが、その表情は幸せとは異なる表情だ。


「酷いね…。…何か痕跡は残っているかな?」


「ここは警備が厳しいと聞いていましたから、少々油断しましたわね」


 悲しんでいるのはタルテではなくナナだ。その惨状に胸を痛めるようにして眉を顰めている。メルルの方は目を細めて、汚いものを見るかのように冷たい視線を犯行現場に向けている。


 クスシリム準教授もその惨状に嫌な顔を浮かべたものの、焦ったように薬草園の奥へと進んで行く。その焦り具合が尋常ではないため、俺は不審なものを見るように準教授の後姿を見詰めた。


「ハルト様…あれは…?」


 その不自然な様がメルルの目にも留まったのか、彼女も不思議そうな顔でクスシリム準教授に視線を向ける。


「ああ…、メルル嬢。あちらは特に危ない区域ですよ。クスシリム先生はが無いか確認しにいったのでしょう」


 俺らの後ろに佇んでいたダイン教諭は、メルルに向けてクスシリム準教授の行動の理由を説明する。その言葉を聞いて、怒っていたタルテも流石に心配したような顔を薬草園の奥に向ける。


 …魔性植物の中には人食いマンイーターと呼ばれる食人植物も存在する。他にも、食わないまでも致死性の毒を振り撒く植物や寄生する植物というのもある。残骸と評するからには、それらに類する植物がこの先に茂っているのだろう。


 ほんの僅かな間、息苦しい空気が俺らの間に醸されるが、大声でクスシリム準教授の異常が無いことを知らせる声が響くと、ほっとした様にみな胸を撫で下ろした。


 死人が出ていないことに安心したのか、タルテは自身の畑に近寄ると、一株一株異常が無いか吟味するように観察していく。


「ダイン先生…、魔道具の方はどうですかな?」


「…発動した形跡はない。見た感じでは破損している物もありませんな」


 畑を確認する俺らの脇で、管理人の爺さんとダイン教諭は薬草園と外界を分ける背の高い塀の方を確認している。その話し合う言葉を聞いて、なぜダイン教諭がここに居るのかの確証を得ることができた。


 管理人の爺さんが自信を持って警備の高さを誇っていたのは、魔道具によって警備されていたからだろう。そして、ダイン教諭は魔道具を始めとする魔術を専攻とした教員だ。つまりは、薬草園を警備している魔道具はダイン教諭が監督しているのだろう。


 デブ猫の信頼を得ている辺り、ダイン教諭は学院の中でも古参の部類だ。そういった設備関係に力を貸しているのも分からなくはない。


 俺はちらりとそちらの様子を確認する。話し合っている位置から言って、周囲を囲う塀に何かしらの魔道具が仕掛けられているのだろう。…斥候としての技術を学ぶ上で、父さんからは隠密行動を阻害する魔道具のなかで基本的な物を習っている。野外で尚且つ塀に仕掛けられているとなると、自ずとその種類も限られてくる。


 そもそも、発動すると周囲に影響を及ぼす魔道具は多いものの、周囲の環境を読み取る…、前世で言えばセンサに該当する機能を有した魔道具はそう多くはない。


 この環境だと、超低魔力運用式警報装置…、人が近づいた際に発散される極少量の魔力で作動する魔道具は使えない。魔力を持った植物が多いため誤作動が抑えきれないはずだ。


 一番可能性が高いのは低強度の風壁を用いた警報装置だろうか。魔道具によって人が侵入しただけでレジストせれてしまう低強度の風壁を展開させる。つまり、風壁が破損するとそれがトリガーとなり警報装置が作動するのだ。…試しに風を誘導するのではなく感覚だけを載せるように魔法を展開してみれば、塀の上を覆うような僅かな抵抗を感じ取ることができる。


「バルハルト君。君なら…、魔法種族の君ならこの警戒を抜けられるのかね?」


 珍しくダイン教諭が俺に話しかけてきた。魔法の修練や行方不明騒動では、顔を合わせる機会は多かったものの、その声を掛ける相手は俺以外のものであった。それこそ、散在無視をしていた俺と言葉を交わすのは久方ぶりのダイン教諭がこちらに視線を向けていた。


「抜けるって…、ここにですか?どんな警備があるのか分からないのに忍び込めはしませんよ」


「別に君を疑っているわけではない。…今この場の結果だけ見れば、何者かが私の構築した魔道具の警備を掻い潜ったことになる。果たしてそれが可能なのか見てみたいのだよ…」


 俺の猜疑心を見透かしたかのようにダイン教諭が答える。少しばかりダイン教諭を探るように視線を向けるが、どうやら先ほどの台詞は本心のようで、本当に警備を突破するところを見てみたいらしい。


 …俺にその話を降る辺り、ダイン教諭にも警備の脆弱な箇所に心当たりがあるのだろう。もちろん、犯人がそれを利用したとは限らないが、俺と似たような能力を持つものであればそれが可能という訳だ。


「…まぁ、試してみますけど、俺の方法が犯人の進入方法とは限りませんよ?」


 俺はそう言いながら、先ほどの感覚で風壁の形状を厳密に把握すると、塀に向かって魔法を展開しながら駆け出す。


 魔道具の仕掛けられている塀は、日光を遮らないようにするためか平屋の家屋程度の高さだ。風壁の範囲を含めても二階程の高さしかない。


 その程度。高々その程度の高さしかないのであれば簡単に越えられる。


 上昇気流を吹かせながら、塀を垂直に駆け上る。そして風壁に触れぬギリギリの位置を掠めながら、背面跳びのようにして飛び越える。俺はそのまま塀を挟んで向こう側、薬草園の外へと姿を消した。


「…やはり、このままでは低すぎるか…。しかしこれ以上伸ばすには出力がな…。まぁ、飛び越えられたことを根拠に経費を請求できるな」


 塀の向こうにからは、ダイン教諭が悔しげに呟く声が聞こえる。少なくとも、今みなの目の前で警備に引っかかる事無く脱出することが証明された。俺は単純に塀を飛び越えたが、果たして犯人はどのようにして警備を掻い潜ったのか…。


 俺は他の抜け道を考えながら、今度は中に戻るために再び塀を飛び越えた。


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